第十七話:≪ロッソ・グラン≫



「あれが例の浮遊大陸?」


「北の果ての山の空の上に……」


「本当に浮いていやがる。どれくらい大きいんだ」


「わかるかよ」



 俺たちが艦橋につくとそこでは大勢の人が集まり騒いでいた。

 その視線の先にあるのは宙に浮かぶ巨大な浮遊大陸――≪ニライ・カナイ≫。



「浮遊大陸≪ニライ・カナイ≫……あれが」


「映像越しには見たんだろ?」


「影越しだ、それに下からの物だったからな全容なんてとても――」



「で、殿下!? それにアルマン様も……っ!」


「よい、許す。これから共にあの未知の世界に挑む仲間だ。あまり堅苦しいのはね」


「はっ、いえっ、しかし……」



 フィオの言葉に困ったような顔をする男。

 まあ、無理もないだろう。


「殿下がそう言っておられるのだ。まあ、ほどほどに……気にするなということで」


「はっ、はぁ……アルマン様がそうおっしゃるのでしたら」


「まあ、それよりもあれが≪ニライ・カナイ≫か――……どう見る?」


 そう俺はフィオに尋ねた。



 視線の先には巨大な大陸が浮いているという架空の物語に出てくるような光景が広がっていた。

 浮遊大陸というだけあり、島というには広大過ぎて全容が掴めない。

 ざっと見通せるだけでも広大な森林地帯に活火山のように火を噴く山々、まるで海のように広大な湖が広がっている地帯などなど。


 そして、遠目であるが故にハッキリとは認識できないが狩人として常人以上の目を持つ俺たちにはそこに息づく生物の存在を捉えていた。



 そこには確かに一つの世界が広がっていたのだ。



「……殿下?」


「――素晴らしい」


 返答がないことを訝しんだ俺がフィオの方へと視線をやると彼女は興奮に頬を紅潮させながら、窓の向こうの≪ニライ・カナイ≫の光景を食い入るように見つめていた。



「あの時と一緒だ。初めてフルダイブして見た時……そのままの……あの時の興奮が蘇るようで――」


「あー、殿下。その……感動しているところ悪いのですが」


「っ!? ああ、うん……大丈夫だ。ただ、思った以上にそっくりだったから……つい」



 俺の言葉に気を取り直し、はっと辺りを見渡したフィオ。

 周りの人間は全て≪ニライ・カナイ≫の光景に目を奪われていたため良かったものの少し迂闊な態度であった。


 ともあれ、だ。


 ――フィオの様子からするとようだな。


 ≪ニライ・カナイ≫を知らない俺にはわからないが……彼女の感動具合からすればよほどに似ているのだろう。



 空想を現実に、それを実際にやったのが「楽園」。

 そのことはよく知っていたつもりだったのだが……。



 ――どうしてそこまでベストを尽くしたのか。古代の人間ってのは……。


 皆が目を奪われている≪ニライ・カナイ≫の光景に俺はそう思わなくもなかったが、それはそれとしていつまでも呆けるように見ていても埒が明かない。

 俺としてもその雄大な姿に感じ入るものがないわけではなかったが……それはそれとして、



「フィオ、それよりも手筈通りに」


「あ、ああ」



 本来であれば人目があるところでするべき口調ではなかったが、俺と違って記憶のある彼女だからこそ感じ入るものもあるのだろう、どうにも気がそぞろなフィオに俺は小声でささやいた。


「どう見る?」


「パット見た感じ、記憶の通りだな。大まか地形も……となると――方角的には」


 ぶつぶつと少しの間呟いたかと思うとフィオは声を上げた。




「――……機首を北北東の方角へ」


「えっ?」


「殿下は機首を北北東に向けて移動せよとの命だ。燃料のこともある、いつまでもこうして眺めているわけにもいくまい? ≪天磐船アマノイワフネ≫を降ろす場所を見つけなくてはな」




 そう俺が補足すると思い出したかのように周りが慌ただしく動き始めた。

 フィオがわざわざこの艦橋に赴いたのは単に≪ニライ・カナイ≫の光景を見学するためではなく、全体の様子を眺めることでどれほど彼女の記憶の中の≪ニライ・カナイ≫と齟齬があるかを確認するためだった。


 ――反応から察するに一見してわかるほどの齟齬は見られなかったみたいだな。となるとフィオの記憶の知識はある程度参考になると見ていいか。


 であるなら、彼女の記憶から比較的安全に拠点化できる場所を選定することが可能だ。

 逆に齟齬が大きければフィオの記憶の知識があまり参考に出来ず、俺たちは手探りの状態で効果場所の選定をする羽目になっていただろう。



 ――まずは一安心、には早いか。現地を見てみるまでは……始まりの場所、≪ロッソ・グラン≫をな。



                  ◆





「浮遊大陸≪ニライ・カナイ≫が発見されたのは古代の技術である≪飛空艇≫技術が再現されたのが。その技術が広まり、≪飛空艇≫が当たり前になった時代……夢と冒険心に満ちた狩人たちは大陸の外を目指し、そしてその中のある一団が浮遊大陸≪ニライ・カナイ≫の存在を見つけたことから始まる」


「その報告を聞いたリース帝国は≪ニライ・カナイ≫を手中に収めるため、国中から人材を集め調査隊を組織し送り出した。調査隊は見事にその≪依頼クエスト≫を達成し、未知なる素材、未知なる資源、そして財宝を手に帰ってきたという」


「その調査隊の先遣隊が初めて降り立った場所こそが――≪ロッソ・グラン≫。以降はそこを拠点として調査と開拓が行われ、数十年後……いつしかそこは立派な一つの街となった。それどころか≪ニライ・カナイ≫にはいくかの街すらも出来たそうだ。未知なる浮遊大陸を開拓するために大勢の者が訪れ――」




「そして、主人公もそんな未知の浮遊大陸に憧れて渡ってきた新米の狩人の一人。彼、あるいは彼女の到来によって≪ニライ・カナイ≫の物語ストーリーは動き始まる……」


「というのが大まかな話の筋というわけですね」




 ルキの相槌に俺は頷いた。


「まあ、そうなる。俺は知らないがな」


 これから忙しくなるだろうな、という予感をひしひしと感じながら船室の一室で俺とルキは情報の整理をしていた。

 「エデン」やフィオからの情報、≪ニライ・カナイ≫を舞台としたシリーズの情報の整理だ。



 大まかな流れは今言った通り。

 つまるところ――



「≪ニライ・カナイ≫を舞台とした物語というのは未来の話……ということになるんですかね」


「そうなるな」


 俺はルキの言葉に首肯した。


「≪ニライ・カナイ≫を舞台とした物語が始まるのが先遣隊が上陸して十数年経った後の時代。つまりは――俺たちが生きている『Hunters Story』の初期の世界のシリーズ――俗称として無印時代と呼ばれていたらしいが……まあ、それはともかく。無印時代のその後の物語が≪ニライ・カナイ≫を舞台としたシリーズとなるわけだ」


 シリーズ自体は同じ『Hunters Story』シリーズのため設定上は繋がっているものの時間軸が違うというわけだ。

 そして、この点が「エデン」やギュスターヴ三世らが≪ニライ・カナイ≫の存在を予期出来ていなかった理由にも繋がっていた。


「うーん……つまり、どうなるんです? 物語の設定だと≪ロッソ・グラン≫や他数か所に街や集落があったみたいですけど、当然ながら今から上陸しようとする≪ニライ・カナイ≫にそんなものがあるわけではないですよね?」


「そう、そこら辺が問題なんだ。無印時代と≪ニライ・カナイ≫を舞台としたシリーズの時代では時間軸が違う、となると「楽園」……というか「エデン」の中ではどういう処理になっているんだ、と」


「うーん、確かに……」


「上空から見る限り、人工物らしいものは存在しなかった。となるとやはり未開拓の状態のままの≪ニライ・カナイ≫となるわけだがそうなると≪ストーリーイベント≫はどうなるのか」


「≪ストーリーイベント≫……≪六龍≫を倒すのがその≪ストーリーイベント≫だったんですよね、色々と不具合が重なった結果ああなってしまいましたけど」


「ああ。そして、この≪ニライ・カナイ≫にも≪六龍≫を討伐するようなストーリーがあるわけだが……」


「今の≪ニライ・カナイ≫には街も何も無いんですよねぇ。世界観設定的に言えば私たちこそがその調査隊の先遣隊。初めて≪ニライ・カナイ≫へと降り立った帝国人……設定上だとその後に街が出来て数十年後に事件が起きるわけですけど」


「そこら辺が良くわかないんだよなぁ」


 ルキの言葉に俺はため息を吐いた。

 その部分がスピネルたちと話しても結論が出なかった部分なのだ、時間軸があっていないため≪ニライ・カナイ≫は作られてはないだろう、よしんば計画としてはあったとしてもがあったとしても企画段階止まりだろう――と「エデン」では判断されていたのが≪ニライ・カナイ≫はこうして登場したわけで。




「つまり、我々がこうして降り立って。その後に街を作り上げることで≪ストーリーイベント≫は発生するのでしょうか?」


「どれだけ先の長い話なんだ、それは……。まあ、そうでないという確証も無いわけだが」



 ともあれ、今のところ「ノア」に異変が起きているわけでもなく≪ニライ・カナイ≫が現れたということはこれは「ノア」の意思によるものということ。

 どうしたって俺たちはそれを無視することは出来ない。



「だからこそ、とりあえず色々と行動しているわけだがな」


「調査隊の先遣隊、ですか。向かう先は≪ロッソ・グラン≫――始まりの場所。そこに行くことで何か反応が起こるか試してみると」



 今、≪天磐船アマノイワフネ≫が≪ロッソ・グラン≫へと向かっているのはルキの言った通りの理由だ。

 あるいはそこに≪飛空艇≫で降り立ち、そして拠点を作ることで何かが起きるのではないか――という予測。


 あとは単純に≪ロッソ・グラン≫という場所は比較的に安全が予想される場所だからというのもあった。

 フィオの記憶や「エデン」からの情報通りなら≪ロッソ・グラン≫の周囲は比較的に凶暴なモンスターが生息していない地域となっているはず、だからだ。



「うー、どんなところなんでしょうか! ≪ロッソ・グラン≫、それに≪ニライ・カナイ≫! ああ、どんな植生が、鉱石が、モンスターが生態系を築いているのか……っ!」


「一応、設定情報だけなら貰っているはずだが?」


「所詮は設定情報じゃないですか! それがどこまで再現されているのかわからないですし、やはり生で確かめることが大事なんですよ! ああ、アレもしたいコレもしたい……っ!」


「頼むから暴走をするな――とは言わないから、せめてキャンプ地が出来上がるまでは我慢しろよ? 一月は帰ることが出来なくなるんだ、まずはしっかりと足場固めから始めないと」


「わかってますって。でも、周辺の環境調査は必要でしょう? それはこのルキ・アンダーマンにお任せを! 持ち込みの食料があるとはいえ、それ以外に食べられるものや飲み水の確保も必要ですし、モンスターの確認だって――ね?」


「まあ、それはそうだが……単にと建物の設営とか面倒だからやりたくないだけだろ?」


「いやー、まさかそんな……」


 たははっと笑うルキの顔を見ながら俺はため息を吐きつつも、まあ適材適所なのは間違いないかと思い直す。

 実際、彼女の知見を大いに活かす必要があるのも事実だった。




「まっ、適材適所なのは事実か」


「そうでしょう、そうでしょう! この天才美女であるルキ・アンダーマンにお任せを」


「まあ、お目付け役はつけるが」


「何故に!?」


「何故ではないが?」




 大袈裟に驚くルキをジト目で見つつ、俺は心中でぼやいた。



 ――さて、どうなることやら……。



 そんなこんなで目的地である≪ロッソ・グラン≫へと辿り着くまでの時間、俺たちではあった。

 そして、



「ここが……≪ロッソ・グラン≫」


「――綺麗」



 ≪天磐船アマノイワフネ≫は≪ロッソ・グラン≫へと降り立った。

 そこは一面が紫色の花が咲き誇っている高原地帯だった。



「フィオ、ここが?」


「……いや、私が知っているのは街としての≪ロッソ・グラン≫だから。だが、場所はここで間違いはないし――この≪彼岸紫花ひがんしこう≫は街の周辺に生えていたもので間違いはない。だとすればやはりここが……」



 幻想的な紫色の花弁が風に舞い上がり宙を踊る光景、それに目を奪われながら俺たちは≪天磐船アマノイワフネ≫から≪ニライ・カナイ≫への大地へ足を踏み入れた――その瞬間、




〈――イベント・クエストを発令します〉


〈――イベント名「天の果てにて、未知を拓け」〉


〈――プレイヤーの皆さま、どうぞ存分に楽しんでいただけますように〉





「……こうなるか」


 頭に鳴り響いた案内に俺は思わずそう呟いた。



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