第十六話:帝国の皇子


 リース帝国は帝政国家であり、皇帝の一族が代々帝国を支配している。

 あくまで表向き――あるいは設定を尊重した結果として。


 現皇帝ギュスターヴ三世は高齢であり、在位は既に半世紀に近くあり口では飄々とした態度を崩さずとも体力的にキツイのは間違いのない。



「故にそろそろ私に皇帝の座を……という話でね」


「そうか、いよいよか。まあ、あれだ。自由気ままな皇子としての生活を楽しめなくなって大変結構。皇帝として不自由な毎日を存分に送るといい」


「別に皇子としての身の上でも色々と大変だったんだけどなー?」


「だが、皇帝よりかは忙しくないだろう? 俺だけ領主だなんだと案件を色々抱えて苦しむなんておかしい。苦労を分かち合おうじゃないか」



 と、俺は目の前の金髪の麗人――帝国の中において継承権第一位の皇子、フィオへとそう言ったのだった。


「ははっ、酷いな。そんなに苦労分かち合いたいなら皇帝になったらことあるごとに辺境伯を帝都に呼びつけようかな? 稀代の英雄であらせられるアルマン・ロルツィング辺境伯と皇帝の仲がいいことをアピールするのは大切なことだろう?」


「絶対にやめろ」


「でも、ほら今までのように砂漠を渡るのではなく≪飛空艇≫を使って飛び越えるならだいぶ移動も楽になると思うんだけどね」


「そういったちょっとした移動用に気安く使えるほど≪風雲石≫の消費量は軽くはない。というか帝都に行くといつもパーティーになるから嫌なんだよ」


「それはしょうがないだろう? キミは≪龍狩り≫のアルマンなのだからさ。誰もがキミを称賛し、話を聞きたがるというものだ」


「褒めているようで顔が笑っているから揶揄っているのがまるわかりなんだよ、フィオ」


「ははは、我が友ながら相変わらずつれない態度だな」



 けらけら貴公子然とした凛とした顔を緩め笑うフィオの姿を見ながらなぜこうなったのか――と俺は過去を振り返った。



 七年前。

 あの戦いを終えるまでは俺とフィオの関係はただの貴族と皇族の関係でしかなかった。


 如何に貴族の中でも上位の爵位である貴族とはいえ、基本中央には居ない辺境伯のみである俺ではまず関係性自体が薄い。

 会うことも話すことも数えるぐらいの関係であった。



 では、何故今ではこんな気安く問答ができるようになったかといえば――全ては「英雄計画」に起因する。



 「英雄計画」。

 それは全ての≪龍種≫を討てるプレイヤー――を生み出すために電子データとして残っていた過去に存在していたプレイヤーの人格と記憶のデータを胎児に転写する、という手段をとった計画。


 アルマン・ロルツィングは天月翔吾の記憶を。

 フィオはの記憶を。


 それぞれ植え付けられ、そして誕生することになった。



 要するに二人は同じ境遇の仲間――唯一の、といっても過言ではない間柄だったわけだ。


 この時代ではない人間の記憶を持って生まれた……そこにはおよそ余人には理解できない様々な苦労があった。

 なにせ自己の認識では生まれ変わったと思ったらゲームがリアルになった世界を生きる羽目になったのだ。


 正直なところ、頭が狂いそうだった。

 というか同じような境遇の仲間の一人は耐え切れずに死んだとかなんとか。


 それを知った時、俺は「それはそうだろうな」と納得したものだ。

 記憶の中の時代と比べるととても不便で、更には貴族制という馴染みがない社会制度、そして極めつけに危険なモンスターが蔓延る環境……そのどれもが多大のストレスだった。



 フィオも似たようなもので戦いの後、落ち着いて話す機会が出来た時には互いに愚痴を言いあいすぐに仲間意識が生まれ仲良くなったものだ。

 互いの苦労を真の意味で吐いて分かち合える相手――それは必然だったのかもしれない。




 加えて、フィオにもう一つ――俺にはない秘密の一つを打ち明けられていた。




「それにしてもフィオが遂に皇帝か。となるとやっぱり発表するのか?」


「まあ、そうなるだろうね。知っている人は知っているとはいえ、何時までも隠して置けるものでもないわけだし……」


「帝国の歴史上、初のとなるわけか」


「ははは、そうなるね。まあ、帝国の歴史なんてものに価値があるとは思えないけども」




 継承権第一位の皇子であるはずのフィオの秘密――それは彼、ではなく彼女であるということだ。


 何故、対外的には男である皇子ということになり普段から男装しているかといえばそれは全部「英雄計画」のせいであった。

 「英雄計画」のプロセスにおいて母体となる母親への了承は情報漏洩の観点から取らずに行われた。

 秘密を守るためとはいえ、他者の子供に電子上のデータから再現した記憶と人格を胎児に転写するという行為、それらを勝手に行うという所業――必要性があったとはいえ、計画者の一人であったギュスターヴ三世は心を痛め、自らもその罪を背負おうと自身の子を巻き込むことにした。



 それがフィオだ。

 皇帝の子であるという立場もあればフォローもしやすく、「英雄」にもなりやすくなるかもしれない――そんな下心もあったと彼は述べた。



 だが、ここで一つの失敗が起きた。

 それは肝心要の「英雄」となるべく胎児に転写する人格と記憶のデータだが、「ノア」に気付かれることを避けるために最低限の選別しかできなかったということだ。

 保存されているプレイヤーのデータに干渉するだけでもかなりリスクを負う必要があるため、ある程度の条件を使いランダムにプレイヤーのデータを抽出することしか出来なかったという。


 要するに一定の条件下のもと、無作為に選別されたのが「天月翔吾」であり「デイヴィット・アーサー」であったわけだ。

 そして、プレイヤーのデータの抽出と胎児への転写はほぼ同時に行われ、細かな調整する暇も結果――




 フィオは女性として生まれながら、男としての記憶と人格を植え付けられて生まれてしまった……というわけだ。




 俺も大概に悩みを抱えて生きてきたがフィオはそれに加え女の身体と男の心を抱えながら生きる羽目になったのだ。

 彼女は望み通りの戦えるだけの知識と経験を持ちながら、狩人としてモンスターと戦おうとはせずにただ一人の皇子として振る舞って生きてきた。



 ただ、それも七年前の話。

 あの戦いで帝都で大立ち回りをしてからというもの、なにか吹っ切れたかのように変わったとギュスターヴ三世は言っていた。



「それにしてもフィオが参加することになるとはな」


「それは当然さ。キミは体験しなかったようだけど私……というかデイヴィット・アーサーは≪ニライ・カナイ≫を舞台とした頃をやっていた。知識も経験も記憶にある私が先遣隊に加わるのは頼もしいだろう?」



 彼、いや彼女がこの≪ニライ・カナイ≫上陸のための先遣隊に加わっている理由はそれに尽きた。

 一口に同じような境遇とはいっても「天月翔吾」と「デイヴィット・アーサー」は実のところ体験していた『Hunters Story』のバージョンに差異があったのだ。


 「天月翔吾」は初期の頃のバージョン、「デイヴィット・アーサー」は後期のバージョンだ。


 そのため、フィオは参加することになったのだ。


「それはまあ……そうだな」


「それに――それだけという話でもない。次期皇帝である私が先遣隊の代表として≪ニライ・カナイ≫へと降り立つ。ここに意味がある……だろ?」


 彼女が言っているのは≪ニライ・カナイ≫の領有問題についてだ。

 今のところ、今回の先遣隊の派兵で拠点を作りそれから調査を繰り返して調べていく予定となっているわけだが……それを誰が主導するかという話。


「≪ニライ・カナイ≫へと至るための≪飛空艇≫――≪天磐船アマノイワフネ≫はロルツィング家が造船して所有している。それに今回の遠征も持ち出しは辺境伯領の方が多いし、ロルツィング家に華を持たせるべきは無いか……という話もあるんだが?」


「勘弁してくれ、いくらなんでもキャパオーバーだ。今の領地の運営でも手いっぱいだというのに」


「まあ、そうなるよね。だからこそ、私だ。浮遊大陸≪ニライ・カナイ≫への上陸の陣頭指揮を私が取ることで、スムーズに≪ニライ・カナイ≫に関しては皇族直轄におくことが出来る」


 フィオがこの先遣隊に混じることになった大きな理由がそれだった。

 今後のことを考えれば誰かが管理する必要があるのだが、彼女が言った通り現状ではなし崩し的に俺に任されてしまう可能性が高い。


 それを防ぐための存在がフィオだ。

 第一皇子が直々に先遣隊を率いたとなれば文句を言う輩も出て来ない。


 更に言えば≪ニライ・カナイ≫での活動もしやすくなる。


「まあ、これが最善だろう」


 まあ、他の先遣隊の皆は生きた心地がしないようだが。

 それはこうして俺だけがフィオの相手をしている事からうかがえる。


 ――まっ、帝国の第一皇子相手にしろなんて無茶ぶりにもほどがあるが……その内、慣れるだろう。


 狩人の図太さを信じつつ、俺は彼女へと最終の確認を行った。


「それよりも本当にいいんだな。実績作りというのであれば最悪上陸の事実だけがあればいいと思うが」


「そう言わないでくれ。私としても懐かしき我が戦場に赴きたいという気持ちもあるんだ」


「遊びじゃないが?」


「わかっている」


 俺の言葉に真剣な表情で答えたフィオは続けた。



「だが、先ほども言った通り私はもうすぐ皇帝になる。そうなれば今までよりもずっと忙しく、また行動にも制限がかかってくる」


「…………」


「だからこそ、だからこそだ。その前に――冒険をやりたい」



 フィオの過去を知っている俺としてはその言葉は重かった。



「ずっと怖がっていた。やろうと思えばいつでも狩人になって、狩人として戦えたはずなのに。私はずっと帝都の中……安全な場所から離れようともしなかった」


「そんな私でも七年前のあの日。戦う意思を決めてモンスターたちと戦ったあの日。あの日から――私は自分が生きているのだと、私らしく生きていいのだと見つめ直すことが出来た」


「だが、だからこその後悔がある。もっと早くにあの日の勇気と決意を持てていたら私は……」



 そう呟くとフィオは少しだけ恥ずかしそうに頬を染めた。




「だから、その冒険をしたいのだ。皇帝になる前のフィオとして未知の世界を切り開く――そんな冒険を」


「手伝って、くれないか?」




 友の言葉に俺は相好を崩した。


「わかったよ、皇子様。予定通りに進める。キャンプ地の選定後、物資を降ろしたら≪天磐船アマノイワフネ≫は≪グレイシア≫へと向かわせる」


「うん」


「往復分がたまるまで動けないからそれまでは帰りたくなっても帰ることは出来ない」


「わかった」


「ロルツィング領の狩人なら野宿なんていやというほど経験しているから大丈夫だけど、フィオは大丈夫なのか? 西だとそう機会はないだろう?」


「そうでもないさ。それにこれでも七年間でそこそこ≪依頼クエスト≫とかもやったんだよ?」


「経験はありってことか。それならまあ……甘やかしはしないから」


 俺がそう言うとフィオは自信ありげに頷いた。


「どっちかというと私が君を助けてあげるからね。≪ニライ・カナイ≫のことはお任せさ」


「ああ、そこら辺は期待している」


「≪ニライ・カナイ≫だとサソリに気を付けた方がいいよー?」


サソリ? ああ、たしか資料に……」


「≪ニライ・カナイ≫から出てくるようになったモンスターでね、既存のモンスターと比べるとゲームデータの骨格から違う新種モンスターで、ロルツィング領のモンスターの動きに慣れていると思わぬ反撃を受けるかも」


「骨格というモデリングの?」


「そうそう、それ。四足とか蛇系は骨格のモデリングが流用されていたから、動きに類似性があったけど蠍型のモンスターはそれらとは完全に違うから……」


「いつもの感覚で相手をしようとすると虚を突かれかねない、と。なるほど……他には上陸前だが伝えておくべきこととかあるか?」


「うーん、そうだな。他には――」



 そんな風に二人が話していると不意に船室のドアをノックされた。




「雲を抜けました。もう間もなく目的の場所――≪ニライ・カナイ≫へと到達します」



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