第十五話:約束



「おいおい、≪飛空艇≫だってよ。空を飛ぶ船だって」


「本当か?」


「俺見たぜ! 白く大きな船が浮いて飛んでいたんだ」


「マジかよ。それに浮遊大陸が見つかったって本当なのか?」


「ギルドからの発表を知らないのか? 証拠の映像が映し出されていただろう?」


「いや、いくらなんでも信じ難いって言うかさ。映像も不明瞭だし、現実感がないって言うか……」


「ロルツィング辺境伯も関わっている。まず間違いなく≪飛空艇≫も空に浮かぶ島――≪ニライ・カナイ≫と名付けたものは存在する」


「うおおっ! そうか! 空飛ぶ船に空に浮かぶ島! なんというかワクワクしてくるな!」


「ああ、それで帝都に報告したら正式に命が下ってな。≪飛空艇≫という手段を経たってことでロルツィング辺境伯は≪ニライ・カナイ≫の開拓を考えているって話で――」



 ≪グレイシア≫では今、ある話題が席巻していた。


 満を持して一気に公開した古代技術を解明し、復活させることに成功した≪飛空艇≫。

 そして、存在を認知していたもの辿り着く手段もないため秘匿していた浮遊大陸≪ニライ・カナイ≫。


 その存在の話はロルツィング領へ全域へと瞬く間に広がった。

 それほどまでに夢と冒険のある話だったからだ。




「きっと歴史に名を遺すことになるぜ。≪ニライ・カナイ≫へ踏み入れたやつらはさ」



                   ◆



 そんな騒ぎの中、俺たちは≪ニライ・カナイ≫への上陸の為に忙しい毎日を過ごしていた。

 その日、執務室の中で俺はエヴァンジェルと今後の予定について詰めていた。


「向こうについてみないことには何とも言えないが大まかな手順としてはまず≪ニライ・カナイ≫へと辿り着き、大まかな地形を確認後に着陸に向いた場所を見つけて≪天磐船アマノイワフネ≫を下ろす」


「そう簡単に見つかるといいけど……」


「こればかりは言ってみないとわからないが……恐らくは何とかなるだろう。その後の手筈は今後の拠点となる場所の選定してそこに先遣隊のキャンプ地を設営する。こらがまず第一段階だな」


「簡易的な設営だけなら一日もあればどうにかなるとは思う。そのためにあらかじめある程度組み上げたものを≪天磐船アマノイワフネ≫を載せるんだ。あとはキャンプ地の地形に合わせて調整するだけでいい。本格的なものとなると時間はかかるし、材料も現地調達になるだろうから何とも見通しが難しい」


「そこら辺は連れて行く職人たちに任せるしかないだろう。キャンプ地の設営と並行して拠点周辺調査も必要だな。モンスターの種類や強さによっては場所も変更する必要もあるからな」


「そう考えると最初の拠点づくりの選定がかなりの博打になるね。選んだ場所の状況によってやり直す必要があるわけだし」


「ああ。だが、そこら辺は恐らくは大丈夫だ。例の帝都むこうからの助っ人が自信ありげだったわけだし」


 俺の言葉にエヴァンジェルは少しだけ押し黙り、そして不安そうに口を開いた。


「助っ人の件だけど断れなかったのかい?」


「実際、助かるのも事実だからな。エヴァがそういうのもわかるが……≪ニライ・カナイ≫への上陸を成功させるなら必要な人間だと思う」


 彼女と同じく、不安がないというわけではないのだが。


「アリーがそう決めたのなら」


「参加してくれた方がロルツィング家の為にもなるしな……。まあ、話を戻すとしてキャンプ地の設営と並行して周辺の簡単な調査を行う。そして、キャンプ地の設営が完了した段階で≪天磐船アマノイワフネ≫は積荷を全て下ろして≪グレイシア≫へと帰還する予定だ」


「すぐに戻しちゃうのかい? 不測の事態に備えて現場が安定化するまで停泊するのもありなんじゃないかな。何かあったら乗って逃げればいいし」


「それも考えたんだが万が一の事態が怖い」


「万が一?」


「ああ、≪天磐船アマノイワフネ≫が壊される可能性だ」


 数度の実験を経て≪天磐船アマノイワフネ≫は飛行中にモンスターを寄せ付けないために信号のようなものを発生させていることをルキが突き止めていた。

 この信号をモンスターが受けると彼らを構成するナノマシンが反応し、忌避行動を取らせ近づかなくなってしまう。


 そのため、≪天磐船アマノイワフネ≫の航行というのは危険な大型モンスターが飛ぶこの世界であっても安全というわけだ。


 だが、あくまでそれは≪天磐船アマノイワフネ≫が飛行している時に限った話……もっといえば、動力が稼働している間のみに限られる。


「なるほど、≪天磐船アマノイワフネ≫から発せられるモンスターを寄せ付けない能力。それはあくまで動力を稼働させている時だけで停止させてしまうと発生しなくなるということか」


「ああ、そういうことだ。その状態で安全が確保されていない≪ニライ・カナイ≫に置いておくのはな。キャンプ地の設営はあくまで先遣隊が活動するための活動拠点でしかない。そりゃ周囲に最低限の罠とかは仕掛けるがハッキリ言って防衛能力はそこまでじゃない」


 将来的には兵器なども持ち込んで拠点の守りも固められるだろうが、少なくとも初上陸の段階ではキャンプ地の設営のための物資や当面の食料や≪回復薬ポーション≫などなど、持ち込む必要があるものが多くそこまでは手が回らない。

 キャンプ地の防衛は基本的に人力に依存するしかない状況だ。

 その状況で現状唯一の≪飛空艇≫である≪天磐船アマノイワフネ≫を置いておくのはリスクが高すぎると判断していた。


「確かに。万が一、≪ニライ・カナイ≫で≪天磐船アマノイワフネ≫が壊れでもしたら最悪か」


「二隻目とかも特に着手はしていないからな。一隻作るのにかかった素材の量もあるが燃料となる≪風雲石≫のこともある。二隻目を作っても両方を運用するだけの≪風雲石≫が用意できません……じゃ、置物しておくことしかできなくなるし」


「となると現状やはり≪天磐船アマノイワフネ≫一隻で色々とやりくりする必要があると。なら、確かに安全の為にさっさと≪グレイシア≫に帰還させたくもなるか」


「ああ、キャンプ地の設営と並列で≪天振結晶≫の設置も行う。それで連絡については可能だから≪天磐船アマノイワフネ≫に≪ニライ・カナイ≫の情報を持ち帰らせる意味も特にないからな」


 先遣隊の役目は大きく分けて三つ。


 第一に今後の活動の拠点となる場所の選定とキャンプ地の設営。

 第二に≪ニライ・カナイ≫の生態調査、モンスターや植生、地形などの情報の収集。

 そして、第三が――古代文明に関するものの回収。


「対外的には「古代文明の知識を解明することで誕生した≪飛空艇≫や≪天振結晶≫などの技術を考慮し、古代文明の知識の重要性を再認識した」ってことで、古代文明に由来するものを積極的に回収する任務も加えたわけだけど……これって」


「まあ、そうだな。陛下たちの依頼もあるが大事なことではあると思う」


 俺はエヴァンジェルの問いかけに肯定した。

 はっきり言ってこれは「楽園の真実」に関するものを見つけた場合、それを隠蔽するための方便だ。

 現状、≪ニライ・カナイ≫がどんな状態になっているかも見当がつかない状況。

 だから、もしかしたら「楽園の真実」にたどり着きかねない何かがあるかもしれない。


 その場合、上手く現場で対処するのも俺の役目の一つだった。


「全く厄介なものだよ。「楽園の真実」なんて」


「そうだね。いっそ全部吐けたら楽なんだけど……」


「それで国中に混乱が起こってそれで「ノア」に目をつけられたら溜まったものじゃないからな」


「どうしようもないねぇ」


「まあ、そこら辺は時間をかけて少しずつやっていくしかない」


 その後、俺とエヴァンジェルは先遣隊として赴く人員に関して意見を交換し、ある程度まとまったところでようやく一息つくことになった。


「こんなものかな?」


「現状できる限りの用意はできたと思うよ。あとは臨機応変に対応するしかない」


「全くの未知の領域だからな≪ニライ・カナイ≫。俺の記憶にもまるでない世界、か」


「どんなモンスターが居るんだろうね」


「一応、データとしては貰っているはずだろう?」


「データはデータでしかない。それはアリーだってわかってるでしょ?」


「まぁな」


 エヴァンジェルの言葉に俺は素直に頷いた。


「「エデン」たちから送られてきたものはあるがあれらはあくまで参考知識にしかならないからな。直接確認しないとなんとも……ってなんで笑っているだ?」


「いや、なに楽しそうだなって」


「冗談はよしてくれ。今までさえ色々あったというのに≪アルド・ノア≫やら≪ニライ・カナイ≫やら頭が痛いことばかりだ」


「でも、それだけじゃないんでしょ?」


「…………」


 俺は彼女の言葉にふいっと目を逸らした。

 心の中の浮き立っている気持ちを気づかれてしまったがためだ。


「愛らしい人」


「やめてくれ。……まあ、そんなわけで一月ほど領地を離れることになる」


「一月か」


「ああ、≪風雲石≫がもう一往復分溜まるまではそれくらいの時間がかかると予測されている。それまでは≪グレイシア≫に帰還した≪天磐船アマノイワフネ≫は動けない。だからこそ一月だ」


「寂しくなるねぇ」


「その間の領地のことは任せる。シェイラにも頼んだけど」


「勿論、妻として問題なく任されようじゃないか」


「すまないな、お腹の子のこともあるのに」


「まだそれほど大きくはなってないし問題はないさ。一月後のことはわからないけどね」


「ああ、ちゃんと帰るよ。何かあったら≪天振結晶≫を使って連絡をしてくれていい。まあ、あれも自由に使えるわけじゃないけど」


「わかったよ。まっ、こっちのことは任せて本当に気をつけてね?」


「わかっている。それからレティのことなんだが……」


「レティシアがどうかしたのかい?」


「その……エヴァは知っていたのか、レティがその……」


 言い淀む俺のようにエヴァンジェルは何を言いたいのか察したらしくにんまりと笑った。


「アリーのことが大好きだって? そりゃ知ってたさ。大英雄アルマンの活躍を話すと目を輝かせてだね」


「言ってくれても良かったじゃないか」


 俺の不貞腐れたような態度がツボに入ったのか彼女は吹き出した。


「しょうがないじゃないか、レティシアに口止めされていたんだ。「父上には恥ずかしいから言わないでー」って」


「恥ずかしい、のか」


「いろいろあるんじゃないかな。少し内向的な性格の子だし」


「だけど、気質的には結構お転婆じゃないか? 最近、わかってきたが」


「おおっ、よくわかったね」


「ここのところ毎日、飛行場の近くに顔を出しているって話だ。昼を届けに来た母さんに強請って連れて来てもらってな」


「ああ、そういえばそんなことをアンネリーゼ様も言っていたな。それにしてもそうか……ふふっ」


「それだけ≪天磐船アマノイワフネ≫が気に入ったんだろうな」


 レティシアはよほどあの白亜の≪飛空艇≫が気に入ったらしく見学に行っているらしい。

 領主であるの俺の一人娘ということもあり、ほぼほぼフリーパスの状態で近くまで行って絵をかいたりしているのだとか何とか。


「わりと行動的というかなんというか」


「好きなものには案外活発になる子なんだよ。ほら。僕の子だし」


「それは納得だな」


「言ったなー?」


 エヴァンジェルも普段は知的で自慢な奥さんだがこと俺の英雄譚作りの時は妙に積極的になる性格だった。



「レティシアはね、英雄譚に目を輝かせる子なんだ。僕と一緒……。まあ、でも僕は自分で剣を振るうほど活発ではなかったけどね。そこら辺はアリーの血じゃない?」


「俺のか?」


「アンネリーゼ様から色々と聞いてるよ? 小さい時からとても心配をかけていたらしいじゃないか」


「……それを言われるとつらいが。そうか、俺の血か」


「ははは、そうさ。そんな物語の英雄譚が大好きな子供が≪飛空艇≫やら浮遊大陸やら――興奮しないわけがない。きっとアリーの帰りを首を長くして待つはずさ。そして帰ってきたら朝から晩までキミの冒険の話を聞くのさ」


「それは大変だな」


「ああ、勿論僕にも聞かせて貰うよ? そりゃ≪天振結晶≫で通信はできるんだろうけどさ。それとは別にアリーの口から聞きたいんだ」



 そういってエヴァンジェルはそっと俺に抱き着いてきた。

 ふわりとした薔薇の匂いが鼻腔を擽った。





「親子揃って話を聞くから怪我をしないで返って来てね?」


「ああ、約束する。必ずだ」





 俺は彼女を抱きしめ返して穏やかに言った。

 その様子を見ていた小さな影に気付かずに。




 そして、その日から数日後。

 浮遊大陸≪ニライ・カナイ≫上陸の為、第一次先遣隊を乗せた≪天磐船アマノイワフネ≫は≪グレイシア≫を飛び立った。




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