第十四話:≪飛空艇≫
「ちちうえ、ちちうえ。まだですか?」
「もう少しのはずだ。予定ではな」
「そうだね、特に問題が起きていなければ――」
その日、≪グレイシア≫の中でも高台の一画に俺たちはやって来ていた。
エヴァンジェルやレティシア、アンネリーゼだけでなくその他にも人々が集まっていた。
これから来るであろう、あるものを見るために待ちわびているのだ。
「あっ、来た! ちちうえ、あれ!」
「ああ、見えているさ」
興奮したように小さな手をぺちぺちと叩いてくるレティシアへ、俺はそう返しながらそれを見上げる。
「……本当に飛んでいるな」
そこにはこの世界の空には似つかわしくない人工物が悠然と浮いていた。
◆
「ふはははー! どうですか、アルマン様! この世界初の≪飛空艇≫! ――≪
ゆったりと地上に着陸した白亜の空を飛ぶ船からそんなことを言いながらルキは現れた。
「すごい、すごーい! ルキねえさま! ルキねえさまが作ったの!?」
「おおっ、レティシアちゃん! そうですよー、私が作ったんです! この私が! 人類初の≪飛空艇≫を建造したのです!」
「おー!」
興奮したように駆け寄ったレティシアを抱き上げるとルキはそれはもう自慢そうに話した。
「いや、まあ古文書の通りに作れば誰でもできるのではないか? そういうものだし」
「ルキは名誉欲というか名声とか案外そういうの気にする質だからね」
「そういう気質は確かにあったな」
「それに彼女の助けがあったからスムーズに作れたのも間違いはないと思うよ」
エヴァンジェルの言葉に同意するように俺は頷いた。
俺とて口で言うほど認めていないわけではない。
如何に設計図があり、それに従って建造すれば確実に作れるようになっているとはいえ、これまでにない概念の乗り物を作るのだ。
ルキでなければこうして早く建造までこぎつけて、そして≪シグラット≫から≪グレイシア≫への試験飛行に至るまでどれくらいかかったか……。
――まあ、それはそれとしてゼロから作ったかのように自慢げにレティシアに吹き込むのはどうかと思うが。
「すごいね、ルキねえさま! ルキねえさまはやっぱり天才なんだ!」
「その通り! 私こそがロルツィング領に名を遺す偉大なる天才美少女、知と美を兼ね備えたルキ・アンダーマンですからね! この程度余裕ですよ! それにこの≪
訂正。
設計図通りに作ったものを自分の発明だ、というタイプではルキはなかった。
「ちょっと待て」
「ハイ」
俺の言葉に居ずまいを正して流れるような動作で正座の体勢になるルキ。
――経験が活きているな。出来れば経験を活かすべきはそこであってほしくはなかったけど……。
「はーい、レティシアはこっちに来ようねー」
「えっ、でも」
「ほら、もっと近くで見たくないかい?」
「うん、見る! ははうえ!」
「ああ、レティシアちゃん……」
「レティに助けて貰おうと立ち回ったら許さんからな」
いつもの流れを察したエヴァンジェルが不思議そうに地面に正座をしたルキの様子を眺めるレティシアを連れて行った。
最初こそ、「いいのかな?」という顔をしていたレティシアだったがエヴァンジェルの言葉にあっさりと態度を変えて手を引かれて≪飛空艇≫の方へ。
その様子を見ながら俺は思わず呟く。
「思った以上に興奮していたな。確かに物珍しいから喜ぶとは思っていたが……」
「まあ、レティシアちゃんってそういうの好きですからね」
「そうなのか?」
「ええ、狩猟とか冒険とかそういうの」
「そういえばこっそりと隠れて鍛錬とかしていたな……意外に活発なのか?」
「……レティシアちゃんを何だと思ってたんです?」
「いや、いつも本を持ち歩いているからもっとこう……本を読むことが好きな大人しい子だと」
所謂、文学系、インドアタイプとでもいうべきか。
なんというかそういったイメージが俺はレティシアに持ってたのだが……。
「まあ、そりゃ本は好きでしょうよ。大好きなお父さんの活躍が書かれた本なわけだし」
「……えっ?」
「あれ、レティシアちゃん用にエヴァンジェル様とアンネリーゼ様が作った『Hunters Story』の絵本ですよ?」
「いやいや、あの黒い分厚い本のことだろ? 不本意ではあるが出版されている『Hunters Story』の絵本を見たことあるが、あんな背表紙の本は……」
「だから、レティシアちゃん専用にお二方が作ったんですって。知らなかったんですか?」
「聞いてない……いや、一度聞いたことはあったが答えてくれてな。レティにも直接聞いたことはあったが――逃げられた」
「ありゃありゃ、恥ずかしかったんですね。きっと」
けらけらとルキは笑った。
「まあ、ともかくそんな感じです。あの『Hunters Story』の絵本を贈り物に貰ってから肌身離さないほどにお気に入りみたいで暇さえあれば読んでいるほどにぞっこんなんですよ――英雄様にね?」
「そういうことか。……嬉しいような、むずがゆいような妙な気分だ」
「尊敬されてるってことで素直に嬉しく受け取ればいいんじゃないですかねー。まっ、物語の英雄様として尊敬され過ぎてレティシアちゃんとしてもアルマン様との付き合い方に困っているような感じですけどね」
「ああ、あの妙な態度はそのせいだったのか」
本の中の憧れの英雄が父である、という事実に上手く折り合いがつけられていないのだろう。
俺に対してだけ妙に恥ずかしがるというか、距離を取る時と甘えてくると気があるなとは思っていたのだが……こちらが距離感に悩んでいるように、レティシアも距離感に悩んでいたらしい。
「……どうしたものか」
「まあ、そのうち時間が解決するんじゃないですかね」
「そういうものか」
「そういうものですよー。それはそれとしてアルマン様」
「なんだ?」
「そろそろ……足をですね」
「まだ説教始まってないんだが?」
「ハイ」
ルキが早く叱って欲しそうだったので俺は遠慮なく説教をすることにした。
「で、いったい何をした? ……お前に任せた時点で最初からある程度は諦めているとはいえ――」
「ふふっ、流石は私とアルマン様の仲ですね。こういうのを通じ合っていると……あいたたた!? やめて、私の頭を掴んで潰そうとしないで?! 天才の頭脳が……っ! 懐かしい感じ!」
「何で少し喜んでいるんだ」
お仕置きとしてのアイアンクローでの折檻をしばし加えた後で俺はルキを解放した。
「≪飛空艇≫の基幹部分に影響を与えるような改造はしてないだろうな?」
「当然ですよ、私を誰だと思っているんです?」
「そこら辺は信じているが……まあ、いい。細かい部分は後で聞くとして一番重要な飛行に関してだがどうだった? 試験飛行の結果は」
「特に問題ないですねー。既に飛行実験自体は何度もやってますし安定したものです。今回のが長距離移動の初の試験飛行だったわけですが、それに関しても目立った問題は出ていません」
「そうか」
「まっ、一つの世界を作ってしまうような古代人の設計ですからね。そこは安心安全って感じですね」
「その安心安全なものに勝手に手を加えたやつが居るんだが?」
「やだなー、遊び心は大事なんですよアルマン様」
にへらっと笑うルキの姿にため息を吐きつつ、俺は続きを促した。
「それで他には? 操作とか難しそうなんだが」
「ああ、それに関しても問題ないですね。E・リンカー様様って感じですよ」
曰く、≪飛空艇≫の操舵は艦橋の操作盤に触れると自動的に頭に使い方が流れ込んでくる仕組みらしい。
そのお陰で全く知識が無くとも操舵が可能でそれこそ子供でも出来るという新設設計のようだ。
「飛行している間、モンスターには襲われなかったのか?」
「近くまで飛んできた来ることはあっても攻撃は仕掛けて来なかったですね。やっぱりそういった設定が組まれているんじゃないかと」
「≪飛空艇≫には攻撃を行わない……と言った感じか」
「恐らくは……。まあ、やっても精々脅かす程度じゃないですかね。それよりも問題はここからなんですけど――これを見てください」
そういってルキが取り出した紙の束にはびっしりと数字と計算式の羅列が並んでいた。
「これは?」
「≪飛空艇≫の燃料の時間消費量を算出したものです」
燃料。
そう当然のことだが空を飛ぶことが出来るこの船――≪
「今更だが反重力……って」
「ここら辺、完全に設計図通りに組み立てただけなんで全く原理がわからないんですよね。ですが、いつか解明してやりますよアルマン様!」
「ああ、うん。頑張ってくれ。まあ、それはそれとしてだ。確か燃料になるのは≪風雲石≫だったな? あれって俺がやってた時だと素材にも利用されない換金アイテムだったんだがなぁ」
「実際、今までは限られた地域でちょくちょく取れるけど使い道がない鉱石でしたからね。緑色で綺麗だから観賞用の工芸品に加工されるぐらいが精々で」
だが、そんな≪風雲石≫にも使い道はあったらしい。
≪飛空艇≫の動力機関である反重力機構、それを動かすために炉心を稼働させる必要があるのだがその炉心を動かすために最適な燃料がこそが≪風雲石≫となる。
「まさか利用価値があるとはな」
「ええ、全くです。使い道のない鉱石だと思っていたんですけどねぇ」
≪風雲石≫を燃料として炉心を稼働させれば≪飛空艇≫は空を飛ぶことが出来るわけだが問題はその≪風雲石≫の消費量だ。
≪風雲石≫を燃料として消費することで炉心は稼働するわけだが、当然燃料がなくなってしまえば動力機関は停止してしまう。
「反重力を操作する動力ですから積載重量はそれほど影響は与えないんですけど、だからといって積載できる量には物理的な限界が存在しますからね」
「だろうな。それに≪風雲石≫だけを載せるわけにはいかない。他にも食料やらなにやら乗せるべき荷物はいくらでもある」
俺の言葉にルキは頷きながら手に持った紙束に書き込みを入れながら結論を話した。
「ええ、いくら≪
「――ちょうど一往復分って感じですかね」
一往復。
それが≪
「思った以上にギリギリだな」
「結構、消費量が激しい感じです。いや、まああんな大きさのものを浮かせて動かせるんだからむしろ軽いのかもしれませんけど」
「それでもなぁ……結構使うな」
「≪飛空艇≫を大量に作って空の大航海時代! ……とかはまあ無理そうですよね」
「「ノア」も上手く調整しているというべきか。それにしてもどうするか……」
俺はルキの言葉に渋い顔になった。
一見、≪
「無いんだよな、≪風雲石≫……」
それが最大の問題だった。
ロルツィング領、いや――帝国領内において≪風雲石≫は全くといっていいほど流通していなかった。
その理由は単純、
「今まで見向きもされない鉱石でしたからね。掘って見つけてもすぐに捨てられてて全然流通してないだなんて」
それに尽きた。
需要が存在しない以上、流通もしない。
至極当然の理由だった。
「今、集められる分は集めきった。ある限りしかない」
「集めるために≪
「ああ、とはいえそれほど大量に見つかるような鉱石でもないからな。一定量集まるまでは時間がかかる」
「となると……どうします? 一応、往復する分には問題ありませんけど」
とルキに尋ねられて俺は思案にくれた。
彼女が尋ねているのは――計画をそのまま進めるのか、ということだ。
未知の部分が多い浮遊大陸≪ニライ・カナイ≫への上陸、不測の事態に備え万全を期して進めるなら≪風雲石≫がもっと集まってから実行するべきなのは確かだ。
とはいえ、
――≪
「……≪ニフル≫辺りに飛行場を作れば往復距離は短縮できるんじゃないか?」
「往復距離は短縮できるかもしれませんけどあそこは火山活動の影響もあって離着陸には向いていませんよ。それに鉱石の集積には向いているかもしれませんけど、他の物資は結局≪グレイシア≫が一番集めやすいわけですし」
「そうか……やっぱり≪グレイシア≫が≪飛空艇≫の拠点に最適か。となるとやはりこのまま実行するか、あるいは時間を置くべきか――いや、決めた」
俺は領主として決定を下すことにした。
「予定は変えない。今のまま続行する。≪ニライ・カナイ≫上陸のための先遣隊を発足する」
そうルキへ向けて俺は宣言した。
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