第十二話:≪ニライ・カナイ≫




「これは……なんだ?」



 俺は思わずそう呟いた。

 映し出された映像の空の雲の向こうの影は見たこともない大きさを誇っている。


「明らかに何かがある。飛行可能な大型のモンスター……」


「では、ないと思います。縮尺と大まかな距離を考えると。ちょっと比較となるものが少なすぎて映像からは正確な大きさを計るのは難しいですけど……それでも大型モンスターの大きさじゃないです」


「なら、モンスターの可能性は?」


「溶獄龍≪ジグ・ラウド≫や創世龍≪アー・ガイン≫みたいな……ですか? でも、多分ですけどそれより大きいですよ?」


 エヴァンジェルの考えをルキはあっさりと否定した。

 映像越しにどうやって大まかとはいえそのサイズを弾き出したのか気になるところではあるが……それはともかくとして。


 ――≪ジグ・ラウド≫や≪アー・ガイン≫よりも大きい、だと? あれらはもはや動く山といってもいいほどのサイズを誇るんだぞ。それ以上の……しかも、空に浮かんでいるものって。


 そんなこちらの困惑など知ったことではないと言わんばかりにルキは真剣に映像を見つめ分析していく。


「というかそもそもこれってモンスターじゃないです。なんていうか飛行しているって言うか、浮いてるって感じだし生物的な動作も見られない……」


「モンスターじゃない? じゃあ、この影の正体は――」


 俺の問いかけに答えたのはルキではなかった。




『――大陸だ、≪龍狩り≫』


「は?」




 答えたのスピネルだった。

 彼女にはこの影の正体についておおよその予想がついていたらしい、そしてそれはスピネルだけではなかった。


『見せられた時にはまさかとは思っていたがやはり……そういうことなのか?』


『我々とて驚いている。だが、そうとしか考えられない』


「待て待て、そちらだけで勝手に納得しないでほしい。いや、両者がわかっているということは……そういうことなのか?」


 俺は凄まじく嫌な予感がした。

 数少なくなったエルフィアンの集団である「エデン」の一人であるスピネル、そしてエルフィアンの中でも特別な権限と立場を持つ皇帝の身であるギュスターヴ三世。


 そんな両者が理解を示している、ということは彼らにとって既知の知識であるということを示している。


『……ロルツィング辺境伯よ。どうか落ち着いて聞いてほしい』


『その……なんだ。貴殿も知っているように『Hunters Story』はとても人気のあるゲームだった。何度もアップデートを重ね、群を抜いた知名度と人気を誇った名作となった。それ故に「楽園計画」に選ばれたわけで……』


『ただ、まあ……あれだ。シリーズというのはどうしても長年続けると無理が出てくる……というのはわかるだろう? 貴様も知っている通称無印と呼ばれる最初期――このドル大陸を中心として話を広げていったわけだがどうしても限界というのは出てくる』


『世界をアップデートして≪アルド・ノア≫を創ったりもしたが……それでもマンネリ化というのは避けられない』


『どうしたって同じ大陸上の話になるからのぉ……。うむ、どうしても限界が出てくるというか』


『それでまあ……その『Hunters Story』の後期シリーズだと世界観の一新をするためにドル大陸以外の場所をメインに据えたものも登場してだな。それが浮遊大陸≪ニライ・カナイ≫といって――』


 そこまでが俺の限界だった。




「馬鹿じゃないか!? 本当に馬鹿じゃないか!? えっ、じゃあその浮遊大陸≪ニライ・カナイ≫がこれってこと!?」


『『たぶん……』』


「そんなのも創ってたってこと? 浮遊大陸とか凄いとは思いますし、私程度の頭脳では理解がおよびもつかない神の如き所業だと思いますけど……それはそれとして古代人って馬鹿なんですか??」


「遊びのためにモンスターを創ったり、大陸を創るのも大概なのにまさかさらにやってるとか予想外にもほどがある」




 思わず理性を振り切って出てしまった俺の言葉を切っ掛けにルキとエヴァンジェルが続いた。

 それに対してなぜかスピネルとギュスターヴ三世は申し訳なさそうな顔を浮かべていた。


『いや、本当にな』


『我々の創造主がなんというか……すまん』


『≪ニライ・カナイ≫がなんであるんだ』


『一応、それの実験をやっていたこと自体は察してはいたんじゃがな。うむ、まさかできているとは……』


「実験?」


『ほれ、辺境伯が創世龍≪アー・ガイン≫と戦った際に隕石攻撃を受けたじゃろう?』


「ああ、確かにあったな。あれは死にかけた……」


『なんで生きているんだ≪龍狩り≫』


『それはともかくとして、あの時に操って落としたのがどうにも人工的に作られたものであるというのがわかっての。どうにも反重力機関の実験として使われたなれの果てらしい』


「……つまりは浮遊大陸を作るための?」


『恐らくはそうだろう。それの試験のために使われ廃棄されたものを有効活用するために≪アー・ガイン≫に組み込んだといったところか』



 スピネルたちの話をまとめると計画があったことは知っていたし、実際にそのための実験を行っていたことも彼女たちは知っていた。

 とはいえ、≪アルド・ノア≫を含めどれほど進んでいるのか確かめる術がないので黙っていたらしい。



「だからといって……いや、可能性だけを言われても困っていたか」



 相も変わらずの秘密主義に文句を言いたくもなるが確証もない段階で言われていたところで何ができていたのかという話なので俺はそこで追及を辞めることにした。

 意味がない行為だし、それ以上に早急に対策を取るべき事案が発覚したのだから。



「それで……≪ニライ・カナイ≫の情報については?」


『設定上の情報なら出せるが……現状がどうなっているかはさっぱりだ。そもそもあることすら知らなかったからな。こっそり作っていたのか?』


『それもわからん。何せ八百年以上前のことだぞ? 全てを知っているのは「ノア」だけだ。それ以外は「楽園」のことなどその一端しか知る術はない。エルフィアンであったとしても、だ』


「というかアレって「楽園」のシステムの中に組み込まれているんですか?」


『それは間違いないだろうな。あれがシステム外の存在なら「ノア」は排除を行っている。それをしていないということは「楽園」のシステムに組み込まれているのは間違いない』


『ただ、わかるのはそれぐらいだ。他に現状わかっているのは≪アゼルジア山脈地帯≫の上空に≪ニライ・カナイ≫は留まっているということだけだ。それ以上のことは環境が悪すぎて観測も困難だと報告があった』


 スピネルの言葉に俺は考え込んだ。


 ――≪アジル砂漠≫へまで及んでいる異変の原因は浮遊大陸≪ニライ・カナイ≫のせいで間違いないだろう。あんなものが浮いているならそりゃモンスターたちの行動にも変化が出る。「ノア」といえどもモンスター一つ一つの活動まで干渉はしないだろうからな。


 思いのほか、異変の原因――その正体に行き着くことができたのは幸いだったが問題はここからだ。


「で、どうすればいいんでしょう? 放置は……できませんよね」


「まあ、そうなるな」


 異変の原因が仮に≪龍種≫のような強大な力を持ったモンスターであったなら、とりあえず何とか倒せばいいといいと目標もたてられるのだが浮遊大陸なんてのが急に来られても対応に困る。


「というかなんで急に……」


『あるいは創世龍≪アー・ガイン≫を倒してしまったことが影響しているのやもしれんが……確かめるすべはないな』


『原因探りよりもどうするかを決める方が大事だろう』


「放置するには確かに大きすぎる問題だものね」


 ルキやエヴァンジェルの言った通り、放置するには≪ニライ・カナイ≫は問題が大きすぎる。

 全容がまだ把握できていないとはいえ、あれほどの巨大の物体が宙に浮遊しているという時点で無視ができない。

 何かの拍子で落ちてきたらどれほどの被害が出るか、そう考えるだけで寒気がする。


「物理的な意味で無視ができないほどに大きいからな……。というか≪ニライ・カナイ≫って動いているよな?」


「まあ、そうじゃないんですかね? ≪アゼルジア山脈地帯≫がいくら環境が悪くて人が寄り付かない場所だとしてもずっと気づかないってのは無理があります」


「となると≪アルド・ノア≫から南下してきたと考えるのが自然か。……≪アゼルジア山脈地帯≫で止まるかな?」


『わからん。そこら辺に関してもどうにかして調べる必要があるな』


「……どうやってだ? 装備を固めた腕利きの狩人を集めて向かえば、≪アゼルジア山脈地帯≫を登ることはできるだろうが」


「浮いてるますからねぇ」


「シロを……いや、無理か」


「仮に≪ニライ・カナイ≫に上陸できたとしてもあれほどの大きさとなると調査には人員が必要だ。……というか≪ニライ・カナイ≫が後期のシリーズの舞台となる大陸だったというのならモンスターは当然いるよな」


『……まあ、居るんじゃないかな?』


「となると少人数だとどう考えても埒が明かない。どれほどの広さかもわからないし」


『ドル大陸よりかは小さいから』


「それは……慰めになるのか?」


 スピネルの言葉に俺は思わず突っ込んだ。



「――ともかく、どうにかして≪ニライ・カナイ≫を調査するために上陸する必要がある。問題はその手法なんだが」




 そこが肝要となってくる。


 基本的に『Hunters Story』の世界観に飛行手段は存在しない。


 一応、気球とかの手段はあるのだがこれらの使用はかなり難しい。

 何せ普通に空を飛ぶモンスターが存在する世界だ、基本的に危なっかしくて飛んでいられない。


 そのため、浮遊大陸≪ニライ・カナイ≫にどうやってたどり着くのかを俺は頭を悩ませたのだが不意にエヴァンジェルが声を上げた。



「浮遊大陸に行く方法……いや、アリーこれは問題ではないのかもしれない」


「どういうことだ?」


「よく考えてみれば≪ニライ・カナイ≫が正しい形で「楽園」に組み込まれているなら、そもそもというのはおかしい。それは「ノア」の良しとすることではないだろう?」


「……なるほど、それは一理あるな」



 「楽園」の目的は遊ばせることなのだから新ステージ、あるいは新フィールドともいえる≪ニライ・カナイ≫にたどり着く手段がないなんて致命的なまでの破綻だ。

 「ノア」がまた暴走をしてでもない限り、その手段は必ず存在する。


 そこまで考えて俺はふと気づいた。


「そう言えばどういったストーリーなんだ? その≪ニライ・カナイ≫を舞台としたシリーズというやつは」


 ドル大陸ではドル大陸の世界観設定があるように、≪ニライ・カナイ≫では≪ニライ・カナイ≫での世界観設定が存在するはずだ。

 舞台となる大陸が違うとはいえ、同じ『Hunters Story』のシリーズであるならば――


『鋭いな≪龍狩り≫』


 俺の問いかけに答えたのはスピネルだった。


『≪ニライ・カナイ≫はこの世界の古代の言葉でという意味だ。古代技術の解明によって発展したある技術によってドル大陸を飛び出した開拓団が浮遊大陸である≪ニライ・カナイ≫を見つけたのが始まりとなっている』


「それってつまり……」


『ああ、その技術というのは飛行技術――飛空艇の技術だ』


「飛空艇、それで空を……!? いや、しかしどうやって作れば」


『それに関しては問題ないじゃろう。今、下の者にギルドの方を調べさせていたがいつの間にかに発注されていた依頼人不明の≪依頼クエスト≫があるらしい。恐らく、そちらでも似たようなものが発注されているはずじゃ。あとで調べておくといい。依頼の内容は遺跡を調査して古文書を回収することらしいが……』


「イベント依頼を達成することで解放される技術……≪龍槍砲≫の時と同じだな」


『つまりはそういうことなのじゃろう』


「ひ、飛空艇技術……そんなものがあるなら私が一から作りたかったなぁ」


『仮にイベントを踏まずに作り上げることができたしても「ノア」から認められない以上、ただの排除対象としてモンスターに狙われるだけだと思うがな。それよりも、だ。これで手段の方にめどが立ったわけだ』


 スピネルの言葉に俺はしばし黙考した。


 ――確かに。一応、手段に関しては見通しはついた形になる。イベント依頼を達成する手間と恐らく素材を集める必要はあるとは思うが……。


 イベントである以上、手順通りに進めれば確実に達成される。

 ならば、





「――浮遊大陸≪ニライ・カナイ≫へ、向かう準備を進めよう」





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