第十一話:会議
≪終末の森≫から≪グレイシア≫への帰り道は行きよりもスムーズに進んだ。
成り立てとはいえ行きは≪金級≫の狩人が二名だったのが、帰りは更に≪白金級≫の狩人が追加された形なのだ当然帰りの方が楽になる。
≪グレイシア≫へと辿り着いた俺は報酬をアレクセイたちに払って別れるとルキを連れてまず自身の邸宅に帰ることにした。
「うえー、私すぐに技研に行って≪創世龍の虹玉≫や≪創世龍の金鱗≫を調べるという大事な用がですね……」
「ええい、うるさい。お前は研究に集中し始めると面倒だから先に済ませる必要がある。いいからついて来い。あとその名前は迂闊に出すなと――」
アレクセイたちと別れると同時に技研――特別技術研究区域へと向かおうとしたルキの首根っこを掴み俺は歩く。
技研は元はルキに個人で使用させていた研究所兼工房が手狭になってきたために新たに用意した特別な研究区画で彼女の住処だ。
「報告なんてアルマン様がやればいいじゃないですか。私が居なくても」
「どうせルキを出せと言われるんだから呼びに行くのが二度手間になる。それに帰ってきたばかりなんだ、まずは身を休めて清めることから始めないと。どうせ好きにさせたら忘れるだろ」
「いや、それぐらいしますって」
「どうだか。好奇心のまま調査を始めてそのまま没頭する様が脳裏に浮かぶんだが?」
「……そ、そんなことはないかなー?」
「目をそらしている時点で自覚があるだろ。もうちょっとそこら辺にも気を使え、狩人としてやっているとそこら辺慣れてしまうかもしれないが……」
狩人をやっていると基本汚れる。
野外で活動しているのだから当然と言えば当然だし、モンスターとの戦いを重ねれば血やら泥やらで酷いことになる。
まあ、E・リンカーのお陰で不衛生な状態が続いたからといってどうにかなるほど狩人はか弱くはないのだが……それはそれとして。
「一ヶ月以上、野外で過ごしてたんだこう言っては何だが――匂いが」
「ちゃんと水浴びとかしてたもん! アルマン様の馬鹿!! 私だって年頃の乙女ですよ?!」
俺の言葉にルキは盛大に憤激したが、気にはなってしまったのだろう。
自らの衣服の匂いを確かめるように嗅ぎ、大人しくついてくるのだった。
◆
「やあ、お帰りアリー。おや、ルキも一緒か」
「お帰りなさい、アルマン。お疲れ様です」
俺たちが家につくとエヴァンジェルとアンネリーゼが出迎えてくれた。
帰ってきた報告だけを入れるため、少しだけギルドに顔を出した時にドラゴだけを先に帰らせたためだろう。
「ああ、ただいま」
「お邪魔します。エヴァンジェル様、アンネリーゼ様」
「少し早いですけど夕食にしますか? それとも湯浴みの方を? 浴場の準備なら出来ていますけど、夕食の方はもう少し時間が……」
アンネリーゼが用意していた手ぬぐいを受け取り俺は少しだけ考えて答えた。
「そうだな。なら、先に風呂か。……ルキ、先に入ってくるといい」
「えっ。いや、流石にアルマン様よりも先に入るのは……」
「そういうのは気にしないからな。というかうちの風呂は好きだっただろう?」
「それはそうですけど……広いし、作り込んであるし」
ロルツィング家の邸宅には作り込まれた浴場が存在する。
改築させて作らせた俺のささやかな贅沢として色々と拘っている。
天月翔吾としての記憶の影響なのだろうか、昔から衛生関係――特に風呂に関してはどうしても妥協が出来ない
「アルマンって昔からそこだけは妙に拘りがあったからねぇ。あまり貴族らしい贅沢が苦手なアルマンが唯一のらしい贅沢」
「確かにね」
「母さんやエヴァだって風呂は好きじゃないか。……ってそうじゃなくて匂いを気にしていたんだから先に入って来いという細やかな心遣いをだな。どうせ泊りになるんだし」
「誰のせいですか誰の! まあ、そういうことなら遠慮なく」
俺がそう言うとまたもや憤慨するように怒り出すルキだったが、お風呂に入れることは嬉しいのかあっさりと切り替え、勝手知ったる家の中といった風情で浴場のある別館に向かっていた彼女のことを見送ると
「母さん、着替えの方を頼む。それからエヴァ」
「なんだい?」
「少ししたら書斎の方に。あっち方面のことで話が……な」
そう言ってエヴァンジェルと共に書斎に入ると俺はルキと話したことを彼女に簡単に説明した。
「なるほど……。それで彼女を」
「まあ、そういうことだ。細かいことは後で報告の際に行う」
「やれやれ、またもや何かが……と。まあ、この七年間も別に平穏と言うほど何もなかったわけじゃないけど」
「それでも「エデン」からの情報もあって事前にある程度対応や備えは出来た。だが、今回の事例が「エデン」にとっても未知の事態だとすると……」
「ともかく、通信の準備を進めておけばいいんだね? わかったやっておくよ」
「ああ、頼む。……それからレティシアはどうした?」
「レティシアならルキのところに行ったよ。ちょうどお風呂の時間なのもあったし、それにルキにも懐いているからね。本当の姉のように」
「破天荒な性格が移らなきゃいいが……仲良くしているなら、まあいいか」
レティシアが俺へのお帰りなさいよりも一ヶ月ぶりに帰ってきたルキを優先したことに一抹の悲しみを感じつつも、異性の親より年齢の近い同性の姉代わりの方が話しやすいよなと慰めながら仮眠を取ることにした。
スイッチが切り替わるように浅い眠りにつき、しばし身体と精神を休めた俺は夕食の時間を過ごすと邸宅の地下へと向かった。
知っている者は限られており、娘であるレティシアですら知らない場所。
そこには数年前に運び込まれた水晶のような物体が鎮座していた。
「美味しかった……。アンネリーゼ様の料理はいつも美味しいです」
「そうだね、僕としても色々と師事して貰っているんだけど料理というのは思いの外奥が深い」
「エヴァンジェル様の立場なら作る必要は無いのでは?」
「愛する夫と子供には手料理を振る舞いたい、ただそれだけだよ」
「うひゃー! さ、流石です……っ!」
一体何が「流石」なのかわあからないが、戦慄しているような表情のルキを尻目に俺は手順を進める。
今、この部屋に居るのは俺とエヴァンジェルとルキの三人――アンネリーゼにはレティシアを見て貰っている。
「これでいいはず……後は繋がるかどうか」
「定例会の日は別の日だからね。気づいてくれるかどうか……」
そんな俺とエヴァンジェルの視線は部屋の中心に鎮座する大きく紫色をした結晶――≪天振結晶≫に向けられていた。
≪天振結晶≫とはなにか。
言ってしまえばこれは通信機なのだ、これは。
『Hunters Story』の世界観に合わないのではないか、という疑問が生まれるが一応記録水晶という絵と音を記憶することが出来る水晶がこの「楽園」には存在する。
そう、あくまで「楽園」の中にしか存在しないアイテムだが。
仮想空間で楽しまれていた『Hunters Story』の世界、それを現実に作りだす上でどうしてもゲーム内では可能だったが、現実ではどうしても実現が不可能な要素がどうしても出てくる。
それを解決するためにオリジナルのアイテムというものが「楽園」には投入されている。
例をあげるなら記憶水晶というものがある。
これは狩猟をしている様子を記録し、後に確認することが出来る機能をアイテム化したものだ。
そして、≪天振結晶≫もその一つ。
『Hunters Story』はソロで楽しむことも出来るが基本的にはオンラインゲーム、つまりは他人とのコミュニケーションも大事となってくるゲーム。
ゲーム内ではチャットや通信などすることで離れた場所でもコミュニケーションができるシステムが当然のようにあった。
それは『Hunters Story』の世界観設定の中には存在しないものではあったが、世界観設定の再現に固執し過ぎて遊興施設として利便性に問題が出るのも「楽園」の運営にとってあってはならないこと。
特に≪
つまりは辺境伯領周辺だけなく、帝国全土が運営の対象となった『Hunters Story Ver.1.5』では単純にプレイヤーの活動フィールドが一気に拡大している。
そのため、≪
「よし、これでいいはず。繋げるぞ」
とはいえ、この技術に関してはまだ一般化はしていない。
あくまでプレイヤー用に用意されたアイテムであり、この時代に馴染んでいる者たちからすればオーバーテクノロジーも甚だしい。
一応、古代の技術を解析した結果、出来るようになったというカバーストーリーはあるもののいきなり広めても混乱を招くだけだと判断し、もっぱら限られた者たちの間で連絡を取り合うためだけに現在は使用している。
その連絡を取り合える相手というのは勿論――
『うむ? どうしたのだ辺境伯? お主もか。今日は定例会ではなかったはずだが……』
「陛下、少し話したいことが出来まして……と、お主も?」
『≪龍狩り≫か、ちょうどいい。お前にもすぐに伝えようと思っていたのだが』
「スピネルか」
帝都と「エデン」の二つの勢力で俺たちは≪天振結晶≫を介して連絡を取り合うことが出来る。
俺がちょうどその二ヶ所と通信を繋いだタイミングに「エデン」の方でも通信を繋いでいたらしく、帝国皇帝であるギュスターヴ三世と「エデン」の連絡係を担当しているスピネルの姿が空間に現れた画面に映し出された。
『やれやれ、このような夜分に通信とはな』
「それに関しては謝罪を。ただ、可及速やかに議題にあげたい問題が発生したためその相談に……と。――そっちは?」
『こちらは報告がある。「エデン」の管理下にある「楽園」内の観測所から報告が上がって来てな。それが重要なものなので速やかに伝える必要があると考えて……』
『なるほど、のう。同時に舞い込んでくるとは何とも……では、まずは辺境伯の方から申すがよい』
「これはうちのルキが調べて判明した可能性の話なのですが」
『アンダーマン、か。……それで?』
「はい、≪アルド・ノア≫に関することで少し」
『っ、≪アルド・ノア≫……』
『ほう?』
その言葉に表情を変えた二人を相手に俺は説明を始めた。
途中、専門的な話はルキに任せつつ彼女の考察――今後起きるであろう大きな変化、その予兆が北辺の先である≪アルド・ノア≫から起こっているという事実について。
『……なるほど、のう。ふむ、≪アルド・ノア≫に関することは懸念事項の一つであった。あったが確認のしようがなかったからと放置していたが物事が動き出したと?』
「こちらではそう判断しています。現実的に変化は発生しています」
『≪アオザザミ≫の増加か。ふーむ、確かに本来「ノア」によって管理されている「楽園」においてモンスターが勝手に増えるなんてことはあり得ぬからの。自然のようでいて全てが調整された結果……。となればその異常も何らかのイベントのための予兆とみるべきか。しかし、現状こちらが知る限りのイベントの候補に類似するものは見られない』
「つまりは未知のイベント言うことになります」
『我々の立場の権限では知ることが出来なかったイベントか、あるいは「ノア」が独自に用意したイベントか。どちらにしろ備絵が必要なのは変わりないか』
「それはそうでしょうね。今までのイベントとは違い、これほどに広範囲に影響が出ているとなるとそのイベントの規模も伺えます。問題は何が起こるかということなんですけど……」
「≪龍種≫がどうとかそういう話じゃなければいいんだけどね」
「ともあれ、危険性については述べた通り。まずは連携して件の情報を出来る限り集めたいと思いこうして通信を繋いだ次第で……」
ルキとエヴァンジェルの会話に同意しつつ話を進めていると不意にスピネルが口を開いた。
『一つ、いいか? 私の報告の件なのだが……』
『むっ、そうであったな。「エデン」から何か報告があるとか』
『ああ、そして恐らくだが≪龍狩り≫が議題にあげた件とも関連している。これを見てくれ』
そういうと彼女の姿が映っていたモニターの表示が変わり、雪山の光景が映し出されてた。
恐らくは時刻は夕暮れに取られたのであろう、辺りは薄暗く更に空には厚い雲がかかり吹雪いておりとても見通しが悪い。
「これは?」
『北部の観測所で記録された映像だ』
『北部の……』
『ああ、≪龍狩り≫の話を聞くに恐らく関係している。――ここだ、この山の空を見て欲しい』
「空を?」
俺たちはスピネルに言われるがままによく見ると山の頂上のその先、厚い雲に覆われた向こう側に――
「何かがある?」
そこには確かに巨大な影があった。
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