第九話:予兆
「やっと見つけた」
「えっ、うわっ!? アルマン様! それにアレクセイにラシェル!? どうしてここに!」
「どうしてもこうしても帰って来ないからだ、この馬鹿」
「あー、また馬鹿って言ったー!」
ドラゴが一度痕跡を見つけてからは早かった。
俺たちはドラゴに導かれるように≪アー・ガイン≫の遺骸を上るとその頭部の方へと。
しばらく進んだ先には大き目のテントが三つほどある誰かが過ごしていたであろう場所を発見、だがその場には居なかったので更に奥へと進み頭頂部に差し掛かったところで――何やら作業をしているルキの姿を見つけることに成功した。
「ねー、酷くない? 馬鹿ってさー」
「あ、あはは」
「ラシェルが困っているだろうが馬鹿娘」
「また馬鹿って言ったー! 馬鹿って言う方が馬鹿なんですー!」
「またそんな子供みたいな……。もういい年なんだからもうちょっと落ち着きをだな」
「まーたそういうこと言う! まーたそういうこと言う! また「いい人紹介しようか?」とか言うんでしょ!」
「えっ、そんなこと言ったんですかアルマン様」
「いや、そのことに関しては謝る。反省してる」
「……本当ですかー?」
「ああ、確かにそういうものは押し付けるものじゃないしな。失礼な発言だった。謝るから許してくれないか?」
「そっちかー」
「……まあ、いいですけど」
一先ず、家出の切っ掛けとなった発言について謝罪を行い許しを貰った俺だが、ルキとラシェルからの視線に何とも言えない感情が籠っているような気がしてならない。
微妙に居心地が悪い、謝罪が足りなかったのかとも思ったがなんというかそういう感じではなく呆れているようななんというか。
「それでルキはここで何をやっていたんだ? 家出の件ならともかく、それはそれとして
俺はそうルキへと問いかけた。
「思った以上にガッツリ生活していやがって……」
そう言って辺りを見渡すとそこらの木を切って作ったのだろう、簡素だがしっかりした机や椅子、持ち込んできたのであろう合金製のカップや皿、調理用の鍋などなど。
――そう言えばさっき通り過ごしたテントの場所では何の魚なのか知らないが干物にしていたな……。なんというか満喫し過ぎだろう。
「ここは深層のエリアだぞ? 何を考えているんだ」
「あはは、もうアルマン様たちもわかっていると思うんですけどここって大型モンスターが近寄ってこないんですよね」
「あっ、やっぱりそうだったんですか」
「そうそう、だから結構危険とかは少ないんだよ。近くには水源もありますし、案外過ごせないこともないというか」
「だからと言ってと生活をするな……全く」
「まあまあ、積もる話もあると思いますし。とりあえず、昼食を食べながらにしません?」
笑顔でそういったルキに対して俺たちは顔を見合わせ、それか頷くこと頷くことにした。
◆
「見てくださいよアルマン様! この干物、良い感じでしょう? あっちの方角に川があるんですけどそこで捕まえて≪メザキアロワナ≫です。肉厚なんですけど干物にするとこんなに小さくなるんですねぇ。でも、その分旨味が凝縮されているって言うか」
「こっちは今朝罠で回収した≪ハザケ≫です。新鮮で生でもいけちゃいますが、この≪ヒヒイロダケ≫の粉末をかけるピリリとして美味しくて」
「あっ、こっちはサラダです。≪薬草≫と≪花月草≫を混ぜてですね、それに――」
次々とマシンガンのように喋り続けるルキの姿に、俺は「ああ、こんなやつだったな」と懐かしい気持ちになった。
たかが、一ヶ月ぶりのはずなのにと何というかとても懐かしい気持ちになる。
――というか思った以上に満喫しているのな……。
わりと食にも拘っているのルキの用意した食事は悔しいことに惜しかった。
なんでこいつはこんなにサバイバルを楽しんでいるのか俺は不思議でならない。
「くくくっ、この≪ルルイの実≫を砕いて作ったクッキーにこれでもか≪蜂蜜≫かけて――食べる!」
「す、凄いですルキさん! 何という贅沢!」
「しかも、この≪蜂蜜≫はただの≪蜂蜜≫じゃない。≪蜂蜜≫の中でも最高級の≪ハニーロイヤル≫!」
「そんな……っ! わ、私≪ハニーロイヤル≫が使われたお菓子を食べるのが夢で」
「ふふ、ラシェルちゃん。その夢が今叶うんだ。しかも、採れたて新鮮……今を逃せば次に食べられる機会がいつ来るか――今、食べなきゃ嘘でしょ!」
「い、いただきまーす!」
わいわいと騒ぐ二人を尻目にアレクセイが呟いた。
「そんな騒ぐようなことか?」
「≪ハニーロイヤル≫はかなりの高級品だからな……」
「いや、それはわかってるんだけどあのノリは……」
「女性の甘味に対する執着心は甘く見ない方がいい。それはそれとしてよくもまあ≪蜂蜜≫なんて……見つけるのも大変だろうに」
「≪ハニーハンター≫の≪護符アミュレット≫を持ち込んでいますので」
「……もうちょっと持ち込むべきスキルはあっただろう。なぜ、≪ハニーハンター≫なんだ?」
思わず突っ込んでしまったがルキのこちらに向けたドヤ顔は崩れなかった。
≪ハニーハンター≫のスキルの効果はその名の通り、≪蜂蜜≫と≪ハニーロイヤル≫の場所を察知しやすくなるというもの。
≪蜂蜜≫は≪調合≫の素材としてよく使われ、消費も激しいため需要自体はあるが≪グレイシア≫である程度入手可能なのでそこまで狩猟中に採取で確保する必要もない――『Hunters Story』のゲーム内では産廃と言ってもいいスキルの一つだった。
「わかっていませんねー。このスキルを使用することで大まかな≪蜂蜜≫や≪ハニーロイヤル≫の場所。つまり≪エビル・ビー≫の巣の位置が把握できます。そして、≪エビル・ビー≫はその生態上、近くに水源がある場所に巣を作るので水場を見つけやすいと」
「……そんなのあるのか?」
「ええ、特に≪エビル・ビー≫は巣を出来るだけ危険がない場所に作る習性があるので「巣がある=周囲は凶暴な大型モンスターの縄張りじゃない」という等式が成り立ちます。これを加味すると意外に縄張りを避けて通ることも出来てですね……」
「≪ハニーハンター≫にそんな使い方があるなんて……」
何というか「楽園」のシステムの隙を突くような手法に俺は呆れた。
天月翔吾の記憶を持っている俺とはいえ、流石にモンスター一つ一つの生態までは知っていない。
それらのことに関して調べ、いろいろと「楽園」のシステムに詳しいが故のルキだからこその手段と称賛するべきか。
「えへへー、甘い」
「甘いですねー」
(いや、単に新鮮取れたての≪ハニーロイヤル≫を外で摂取したかっただけかもしれないが……)
まあ、それはおいておくとして。
ラシェルとほっこりとした顔で≪ハニーロイヤル≫の甘みを堪能し、言いあっているルキに対して俺はここ一ヶ月のことを改めて問い出した。
「そうですねー、最初は勢いのままに飛び出したので行く場所に困りました。いっその事、帝都あたりにまで行ってやろうかと思いましたね。帝国西部も色々と変わってきているって話でしたから一度この目で見たいとも……」
「そう思い至って向かおうとしたんですけど一度は向かおうとしたんですけど、例の話を聞いて」
「例の話?」
「ええ、ここ最近交易船の往来に異変が見られるという話」
「お前のところにも届いていたのか」
「はい、ちょっと不思議に思って調べたの結果、どうも≪アオザザミ≫のせいっぽいんですよねアレ」
「≪アオザザミ≫って小型モンスターの?」
「ええ、どうにも交易船の船底をコーティングしている被膜……みたいなのってわかります?」
「ああ、確か砂が入ってこないように樹液みたいなもので覆っているアレだろ?」
「そうです、そうです。あれは植物由来の物質で出来ているんですけど、それがどうも≪アオザザミ≫を刺激するみたいで……」
「もしかしてそれでは船底に穴を開けれて……みたいな?」
「恐らくは。その後、調査を行うように言っておいたのでもうそろそろ上がってくるんじゃないかな?」
「そういうのは俺に直接……いや、まあそれはいいか。つまりは交易船の往来が不安定になっていた事件の原因は≪アオザザミ≫だと?」
「たぶん、そうじゃないかと」
「……だが、なんで急にそんな? ≪アオザザミ≫なんて前から居たし、急にそんな船を狙うようになるなんて」
アレクセイの呟きにルキは口を開いた。
「そこです。アルマン様、私が気になったのは……そこなんですよ」
「ふむ」
目を輝かせながら彼女は自身の考えを話し始めた。
「前から気にはなっていたんです。アレクセイとラシェルに頼んだ≪
「ルキさんが頼んできた≪蒼岩蟹の甲殻≫集めのことですか?」
「そうそれ、ちょっと実験に素材が必要だったから集めて貰ったけど随分と早く集めてきたじゃない?」
「そうなのか?」
「ええ。結構な量を要求しましたし。正直、もう少し時間がかかると思っていたんです。それなのに予想外に早く集めてきたんで少し疑問に思っていました。勿論、アレクセイとラシェルが狩人として優秀なのは知っています。でも、≪アオザザミ≫というモンスターは基本的には臆病ですぐに砂の中に隠れてしまう習性がありますからそれだけの数を見つけるのは手間がかかる、と」
「いや、でも結構簡単に見つかったよなラシェル?」
「うん、確かに」
俺はそんな二人の言葉に目を細めた。
「……単に二人が運よく上手く見つけられたという可能性も無くはないが、ルキは違うと考えたのか」
「はい、私は≪アオザザミ≫が増えているのではないかと考えました」
俺はルキの考察を聞いて考え込んだ。
――確かにルキの言った通り、≪アオザザミ≫はよく見かける特段珍しいモンスターじゃないが……いざ、探して素材を集めようとすると案外手間がかかるタイプだったな。
天月翔吾としての記憶にもそういったものがあった。
アレクセイとラシェルがやった≪
≪アオザザミ≫は案外、探そうとすると見つけ辛い。
だが、個体数自体が増えているのであれば確かにエンカウント率は上昇する。
「交易船に関して≪アオザザミ≫が原因だと気づいたのは……」
「そうです、仮説として≪アオザザミ≫が増えているのではないかという疑いを持っていたので。それをもとに調べてみたらわかった感じですね」
「なるほどな。だが、なぜ≪アオザザミ≫が?」
「それについては今のところは不明ですけど……どうにも≪アオザザミ≫だけでなく≪アジル砂漠≫全域で何らかの変化が発生しているのは間違いないと思います」
「≪アジル砂漠≫全域……」
「ええ、単にモンスター一種の変化というわけじゃなく、環境レベルでの変化……変動というべきもの」
「原因はわかるか?」
「そうですね、恐らくは北じゃないかと予想していますが」
「北?」
「アレクセイたちも知っているでしょ? 帝国領の北部は≪アナゥム雪山≫を代表とした険しい山岳地帯が広がっている。そんな北部から川のように南に延びて辺境伯領と帝都一帯とを別つように広がっているのが≪アジル砂漠≫なわけなんだけど、今起きている変化って言うのは≪アジル砂漠≫の中でも北部に居たモンスターたちが南下したために増えているんじゃないかなって」
「根拠はあるのか?」
「はい、まあそれなりに」
ルキの答えに俺は唸った。
彼女がそう言うということはそれなりに確証が取れた上での発言なのだろう。
「つまりは≪アジル砂漠≫の北部の一帯で何かが起きてその影響を受けてモンスターたちが移動した結果が交易船の往来を不安定化させていたと?」
「私はそのように推測しています。……ただ、≪アジル砂漠≫の北部が原因かはどうかなー? もっとその北かも」
「もっと北というと……≪アナゥム雪山≫?」
「いいえ、そのもっと北です」
ルキの言葉にアレクセイとラシェルは困惑の声を上げた。
「えっ、でも≪アナゥム雪山≫よりも北って……」
「あるのか?」
二人がそう言うのも無理はない。
一般的に≪アナゥム雪山≫を代表とした北部の山岳地帯は北の最果てと呼ばれ、その先の世界は人類は未確認の領域となっているのだから。
「――イベントか?」
「どうですかねー、でも何かが起こりそうでワクワクしますよね!」
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