第八話:≪終末の森≫



「ここが≪終末の森≫」


「七年前に帝国の……世界の危機を救った場所か」



 ≪終末の森≫――そう呼ばれている今では禁則地となっている大森林の奥の一帯、そこにはまるで山を思わせる大きさの存在が鎮座している。



「それでこれが……」


「……創世龍≪アー・ガイン≫」



 その遺骸。

 巨大すぎて最初に見た時、アレクセイとラシェルは≪アー・ガイン≫の遺骸であると認識できなかったくらいに雄大で……まるで神を思わせるよう。



 そんな超大型モンスターが絶命し、屍を晒していた。



「懐かしいなここに前に来た時は何年前だったか……」


 感慨深かく俺は過去を思い出す。


 本来であれば≪アー・ガイン≫が出てくるのは特別なイベントであり、勝利条件はあくまでも退

 狩猟ではなかったはずなのだが、結果的に≪アー・ガイン≫はこのように屍を晒すことになった。


 恐らくは俺が使ってい武具や防具が完全に「楽園」のシステムの外側の存在だったからであろうと推測されているが――事実は定かではない。


 ただ一つの事実として≪アー・ガイン≫は倒されてしまった。

 当初、倒されてしまう予定のない≪アー・ガイン≫を倒してしまい、再起動した「ノア」の「楽園」のシステム運営において問題が起きないかと冷や冷やしたが、少なくともこの七年間は特にその件での問題は発生していない。


 そもそもがかなり特殊な立ち位置なモンスターだったので通常の運営には存在しても存在しなくても問題はなかった――ということなのか。

 それは不明だが、かといって迂闊に手を出して藪蛇になってしまってはことだと禁則地としたわけだが……。




「ふむ、様子が変わっているな」


「えっ、そうなんですか?」



 俺の言葉にラシェルが驚きの声を上げた。


「ああ、見ろ。≪アー・ガイン≫の遺骸を覆う苔? みたいなのがあるだろう? 他にはあの部分、植物に覆われている」


「本当だ。……それになんていうか生臭くない?」


「そりゃだって七年も前だし……」


「そうか? 確かに七年も前の遺骸なら大抵の奴なら骨になっておかしくはない。けどさ、あの大きさだぜ? 実際、一部は骨が見えてるけど肉体の部分も残ってるじゃねーか」


「確かに」


「ああ、≪アー・ガイン≫の大きさは規格外だ。それにどうも他の野生のモンスターは≪アー・ガイン≫の遺骸には近寄らないらしい。そのせいもあってか遺骸の風化はあまり進んでいなかったのは事実だが」


 それは俺が最後に様子を見た時のことだ。

 今はどうも事情が変わっている。


 風化による損耗は遅々と進んでいる様だが、その反面植物や苔などに浸食されている部分の広がりようは異常だった。


 少なくとも俺の目にはそう見えた。


 ――まるで様だな。


 存在していても存在してなくても不都合ではないが、残り物として残り続けるのは――「楽園」の運営からすると問題のあることなのかもしれない。

 だからこそ、≪アー・ガイン≫の遺骸を処理するように。


 ――ナノマシンを使って分解していけば時間はかかるかもしれないが、大森林の一部として取り込むこと出来るだろう。


 それでいい。


 雄大で死してなお圧倒されるような気配を放つ、≪アー・ガイン≫の遺骸から意識を離し口を開いた。



「さて、それじゃあバカ娘探しを始めるぞ」


「は、はい!」


「お、おう!」



 ≪アー・ガイン≫の存在感に圧倒されていた二人であったが、俺の言葉にハッとしたように振り返った。

 ≪終末の森≫へ訪れた理由を思い出したのだろう。


「そうだったな」


「そうだよ、それが今回の≪依頼クエスト≫だったんだ。えっと細かい位置はドラゴに任せるんでしたっけ?」


「ああ、≪探知力≫に特化しているわけじゃないから範囲は狭いが≪ノルド≫の嗅覚で探した方が早い」


「狩人の一万倍でしたっけ? 凄いですよね」


「狩人の嗅覚が優れていないわけじゃない。≪ノルド≫が凄すぎるんだ。ドラゴはルキの匂いを覚えているから痕跡さえ見つければ後は辿るだけ……」


「とはいえ、それなりにかかりそうですね」


「≪終末の森≫はちょっと区画として大きすぎるよな」


「≪アー・ガイン≫が無駄に大きいから……まあ、そこら辺はともかく。さっきも言った通り、この辺りはモンスターが近づいてこない。順調ではあったもののなんだかんだ道中では神経を張って進んできたんだ。少しのんびりと歩いて回るとしよう」


「そうですね。確かになんというか……森の中の嫌な感じがしないですよね。ピリッとする感じ」


「ああ、確かにな。やっぱり死んでても≪龍種≫は怖いのかもな」


「さてな。まあ、そこら辺はどうでもいいことだ。――で、ドラゴ頼めるか?」


 俺の問いかけにドラゴは一声あげると匂いの痕跡を探すように鼻を動かし歩き始めた。

 その後を三人は追うように足を進める。


「それにしてもドラゴのことなんですけど≪探知力≫に特化していないって言うのはどういう?」


「ああ、そこら辺知らないのか。最近になって色々とわかってきたことだが……」


 と、口では言ってはいるものの情報元は「エデン」だ。

 俺がやったことは設定上を聞き、それを確かめるために色々と調べさせただけなのだが――まあ、そこら辺は良いだろう。


 ともかく、≪ノルド≫の力の話だ。


 ≪ノルド≫には主に四つの≪ステータス≫が存在するらしい。

 ≪力≫、≪速度≫、≪スタミナ≫、≪探知力≫の合計四つ。


 ≪力≫はとにかく高いほどに力が出て、攻撃した際に相手に与えるダメージに反映される。

 ≪速度≫は高いほどにより瞬発力、敏捷性が増す。

 ≪スタミナ≫は運動の持続力、そして持ち運びできる重量が向上する。

 ≪探知力≫は周囲の探知、高ければ高いほど広範囲かつ精度の高い探知が可能であり、モンスターや採取系アイテムなどを探り当てることが出来る。


 そして、これらに加えて≪レベル≫という概念があり、狩猟に参加し大型モンスターを倒せば倒すほどに成長し体格が大きくなっていくという要素がある。


 そして≪ノルド≫の≪レベル≫と≪ステータス≫には上限があり、四つの≪ステータス≫全てを極めることは設定上できないことになっている。


 つまりはどの≪ステータス≫をどこまで強化し、どの≪ステータス≫を抑えるかでプレイヤーによって個性が生まれるということだ。


「――といった感じでな。そして、≪ノルド≫は与える食事によって伸びやすくなる力が変わる」


「≪力≫を上げる食事とか≪スタミナ≫を上げる食事とかですか?」


「そうそうそんな感じ。普段から与える食事によって最終的に成長しきった≪ノルド≫の得意なこと、不得意なことが決まってくるわけだ」


「ドラゴは≪力≫とか≪速度≫が得意に育つように食事を与えたから、≪探知力≫は不得意になったってことか?」


「まあ、結果的にはそうなるな。ドラゴが好きな食事を与え続けてたらそう育ってしまったというか」


 そこら辺、説明を受けていたが気にせずに俺は育てた。

 効率だけを考えればスタイルを考えて育てた方が良かったのだろう。

 ≪力≫と≪速度≫に特化して完全に戦闘寄りだったり、≪スタミナ≫を強化することで乗って移動できる距離を飛躍的に延長する移動特化だったり、≪探知力≫を強化して採取でのアイテム集め特化だったり……。


「んー、あんまり育て方とか深く考えなくていい感じなんですか?」


「そこら辺は人によるんじゃないか、とは思うよ。そもそも≪ノルド≫は優秀だから。≪探知力≫はほとんど上げていないドラゴでも通常の狩人では及びもしないほどに鼻も耳もいいしね」


「なるほど」


「まあ、まとめると≪ノルド≫の成長に日々の食事は大きく影響してくる。だから飼うのなら食事は気にかけておくべきだという話だ。まあ、細かいところは専門店で尋ねた方が色々と詳しくわかるとは思う。他にはあとは装具だな≪ノルド≫専用の武具と防具と思えばいい。あれもだいぶ種類がある……というか狩人の武具や防具と一緒で増え続けているからな」


「ああ、そうなんですかやっぱり」


「装具の専門店に行くと種類の豊富さに驚くことになると思うぞ? ≪ノルド≫専用のスキルもあるんじゃないかって話だし」


「えっ、そうなのか」


「解析中でまだ検証は済んでいないんだけどな。ただ、まあ恐らくは正しいだろう」


 「エデン」からの情報でそれについても知っている。

 ≪ノルド≫には狩人には使えないスキルが存在するのだ。

 その種類も豊富で単純に自身のステータスを向上させるものから与えるダメージの補正を加えるもの、狩人に対するサポートスキルやアイテム採取をしやすくなるものまで様々だ。


「なんていうか色々とあるんだな≪ノルド≫って。成長のさせ方とか装具の組み合わせで全然違う能力を発揮するみたいだし」


「狩人側とどう連携で狩猟のスタイルもガラリと変わる。中々に面白い」 


 ゲーム内のシステムとしては中々に良く出来ているなと俺はつくづく思う。

 本来であれば当初はソロプレイヤーに対する救済措置に近いものだったらしいが、その後のシリーズでも定番になったとかなんとか。


 ――まあ、わかる気もする。単純に戦力的な意味でも助かるし、ペットとしての触れ合い要素とか育成の楽しみとか。アレクセイが言った通り組み合わせを試行錯誤したり……きっと楽しかったんだろうな。


 天月翔吾がそれを楽しむことは出来なかったのは非常に残念だと常々思う。

 きっと嵌っただろうな、と確信が出来るが故に。


 ――まあ、今更だな。言っても仕方ないことか。それにしてもシリーズ……続編か。


 そんなことを考えているとふとその単語が俺の頭の隅に引っかかった。



「それにしてもルキの姉さん、見つからねーな」


「そうだね。それにしてもなんでこんなところに来たんだろう?」


「あの人のことだから単に興味本位なんじゃないか?」



 ラシェルの疑問にアレクセイが答えた。

 彼の言った通り、ここはこんな特殊な場所だ。

 あのルキが興味本位で立ち入るには十分すぎる理由だったが……。


 ――そう言えばいったい何をしているんだルキの奴は……。


 俺は改めそのことに疑問を抱いた。

 いつもの家出、あるいはフィールドワークの一種だと思っていたがそれにしては長い間留まっているのは事実。

 ルキに関してはあまり深く考えても無駄だと気にしておらず、とりあえず連れて帰ろうとここまで来たわけだが。


「……アレクセイとラシェルはルキとはよく?」


「はい! ルキ姉さんとは年も近いですし時々」


「変な実験に付き合わされたりもするけどな。変な≪依頼クエスト≫ばっか発注するし。面倒な素材集めとか」


「でも、報酬は割高でいいんだよね」


「まあ、確かになー。お陰で装備も新調できたし」


「うんうん。でも、この間の≪依頼クエスト≫は大変だったよね。 ≪アジル砂漠≫の……」


「あー、≪アオザザミ≫の甲殻を集めて来いってやつか? 要求数が多かったよな」


 ――≪アオザザミ≫の……ということは≪蒼岩蟹の甲殻≫か。そんなものを集めさせてどういうつもりだ。


 ≪アオザザミ≫というのは≪アジル砂漠≫に生息している小型モンスターの名前だ。

 見た目はカニとヤドカリを合わせたようなモンスターで別段特別なモンスター……というわけではない。


 よく居る小型モンスターの一種。

 ルキが興味を示すようなモンスターではなく、恐らくは素材を何かの実験か何かで使いたかったから依頼しただけ――と考えるのが自然のことなのだろうが≪アジル砂漠≫というのが俺には引っかかった。


 話によればアレクセイとラシェルがルキを最後に見たのがこの≪依頼クエスト≫を終え、結果を報告して依頼された素材を納品したのが最後だという。


 ――ルキが勢いに任せて≪グレイシア≫から出たのは間違いないが、その後に≪終末の森≫へと向かったのは単なる気まぐれじゃなく目的がありそうに思えるな。


 そう考えるもその目的については皆目見当がつかなった。

 単に今まで我慢していたけど調べたくなっただけ、というのであれば良い――いや、良くはないのだがまだわかる。


 ただ、


 ――≪アジル砂漠≫の件、報告されていた交易船の行き来の乱れと何か関係があるのか?


 疑問は尽きない。

 だが、答えを出すには色々と情報が不足し過ぎている。



 ――なら、やはり直接尋ねた方が早いか……。



 そう俺が結論を出すのと同じタイミングでドラゴが一声、不意に声を上げた。



「あっ、アルマン様! ドラゴの様子が……」


「匂いの痕跡を見つけたようだな。よし、このままドラゴの後を追おう」



 ずんずんと先に進んでいくドラゴの後を俺たちは追っていった。



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