第七話:三人と一匹
相対するのは巨躯の狼に近い姿形をした大型モンスター、危険度は上位――名は≪ジジル・ガル≫という。
異名は≪怨獣≫という名を持ち、非常に執念深く残忍で知られるモンスター。
上位モンスターに相応しい攻撃力と俊敏性を備えているのだが、≪ジジル・ガル≫の最大の特徴は狩りを群れで行う習性があるということだ。
小型モンスターである≪ガル≫を引き連れ、あるいは遠吠えで呼ぶことでプレイヤーに多対一を強制する――その習性からゲームの中では随分と嫌われていた。
そんな記憶が俺の中の……天月翔吾の記憶の中にあった。
――実際に面倒だからな。分類上は小型モンスターでもその図体は大型犬に近い大きさがある。上位防具で身をかければダメージ自体は大したことはないが飛び掛かられるとどうしても隙が出来てしまう。
故にどうしても≪ガル≫の方にも意識を向けざるを得なくなり、本命である≪ジジル・ガル≫に集中が出来なくなるという面倒な相手だった。
――≪ジジル・ガル≫以外にも群れを作るモンスターは色々と居るが、≪ジジル・ガル≫の群れはその他よりも積極的に攻撃してくるんだよな。
ゲーム中での設定が引き継がれているのか≪ジジル・ガル≫の率いる≪ガル≫の群れは非常に好戦的だ。
単独でいるときはいっそ臆病ともいえるほどにすぐに逃げるのに、≪ジジル・ガル≫に率いられていると積極的に攻め立ててくる。
プレイヤーがダメージを受けすぎて一時撤退して態勢を立て直そうとしてもやたらと追っかけてついて来るぐらいに。
それは楽園の≪ガル≫でも変わらなかった。
一度群れとして狙う獲物と定められたら逃げても逃げても執拗に追いかけて痛めつけてくる――その執念深さから来る残忍さは≪怨獣≫の異名に相応しいともいえる。
――仮に俺が単独で遭遇していたのなら手間はかかっていたな、間違いなく。
≪龍狩り≫の異名を持っているとはいえ、依然として大型モンスターの脅威は変らない・
俺とて判断の一つを間違えれば死にかねない――狩猟とは、モンスターと狩人の戦いはそういうものだ。
とはいえ、それはあくまで俺が単独で相手取った時の場合の話だ。
「そっちに行ったよ! アレクセイ!」
「わかってるっての!」
二人の若い男女の声が暗い森の中に響き渡った。
視界の端に移るのは生意気さはそのままに精悍さをました金髪の青年となったアレクセイ、そして桃色の髪が印象的な可愛らしい女性となった成長したラシェルの姿だ。
「行くぜ――≪縮地≫」
希少な鉱石で作られた≪軽装槍≫の≪ルナ・スピア≫を片手に持ちながら走るアレクセイの動きが一瞬だけ早くなった。
それこそが≪縮地≫――任意のタイミングで発動させることが可能であり、発動させると踏み込みの際に凄まじい加速を得ることができ、通常では一息でいけない距離を移動することが出来るスキル。
目にもとまらぬ速さ、と称するしかない最速の一歩から放たれた突きの一閃は命中した≪ガル≫の頭部を粉砕し絶命させた。
それだけに留まらずその勢いを殺さないように巧みな体捌きで、≪ルナ・スピア≫を縦横無尽に振るい周囲の≪ガル≫を殺していく。
上位武具である≪ルナ・スピア≫の攻撃力もさることながら、現在アレクセイが身に纏っている≪
彼の持つ、≪
この力の後押しもあり≪ガル≫たちとの戦いを優勢に進めていくアレクセイ、当然向こうもただでは殺されまいと嚙みつきや突進などで攻撃を加えようとするも――
当たらない。当たらない。当たらない。
まるでペースを落とさずに動き続け、≪ガル≫たちの攻撃をいなし、お返しとばかりに偶にカウンターを叩き込む様に≪ルナ・スピア≫の突きの一閃が放たれる。
≪軽業≫というスキルの効果で心肺機能、反射速度などが一時的に上昇しているが故に戦い方だった。
ゲーム内においては≪スタミナ≫の消費量を減らすという効果だったのだが「楽園」においてはそういう処理になるらしい。
アレクセイはそれらのスキルを併用し、速度と技量を重視した戦いぶりで≪ガル≫たちを蹴散らしていく。
「アレクセイも頑張ってる! 私も! ≪心眼≫、≪水面の心≫、≪穿射≫!」
そんなアレクセイをサポートするようにラシェルは大きな弓を構えていた。
≪陽弓・神楽≫――放つ矢に火属性を付与する上位武具。
≪心眼≫によって相手の急所を見抜き、≪水面の心≫によって射撃時の動作のブレを軽減、≪穿射≫によって放たれた貫通攻撃となりより深く突き刺さり追加のダメージを相手に及ぼす。
――いい腕をしている……。
射手としてのラシェルの腕は相当なものだ、疾風のように動き回るアレクセイを完璧に援護している。
――いや、称賛するべきはアレクセイを含めて二人ともだな。
アレクセイもアレクセイで自身の周囲に飛んでくる矢の攻撃に注意を払っている様子はなく動き回っている。
ラシェルの腕を信頼しているのだろう、確かな信頼関係があるからこそできるコンビネーションだった。
「二人はいい狩人に育ったな。なら、俺も負けてはいられないな……そうだろう?」
二人が≪ガル≫の群れを抑え込んでいる以上、残る敵は≪ジジル・ガル≫だけだ。
鋭い牙と爪を持った煤けた紅色の毛に覆われた巨躯の狼。
とはいえ、大型モンスターのくくりとしては群れを構成するという生態故かやや小さめの体躯ではあった。
それでも子供など一飲みに出来る大きさを誇っていたが……。
「群れを率いると厄介だが単独となるとやはり迫力に欠けるっ!」
≪長刀≫の武具――≪王龍刀【天雷】≫を一閃させる。
最強の種族である≪龍種≫、その一体の素材から作られた最上位武具。
黄雷を纏い放たれる斬撃は≪ジジル・ガル≫の身体に決して浅くない傷跡を与える。
「ぐ、るぅあああっ!」
一閃、二閃。
≪飛刀≫――≪長刀≫での連続斬撃攻撃の展開速度が向上のスキルによって≪双剣≫の乱舞の攻撃さながらに放たれる斬撃。
≪ジジル・ガル≫とて黙って攻撃を受け続けるわけもなく反撃とばかりに爪や牙による攻撃を仕掛けてくるも、俺はそのモーションを読み切って余裕を以て回避し、すかさず攻撃後の隙を突くように斬りかかる。
≪ガル≫を率いての戦いの多彩さは厄介ではあるものの、単体として見るならば≪ジジル・ガル≫の動きというのは素直なものだ。
攻撃力こそ上位の危険度のモンスターらしく侮れなく、油断はできないものの俺からすれば読みやすい部類に入る。
その上、
「いい調子だ。そのまま頼むぞドラゴ」
「うぉんっ」
俺の動きをサポートするように動くドラゴの行動も≪ジジル・ガル≫を追い詰めている要因の一つだった。
器用に口で咥えた≪ノルド≫専用の武具を使い、別方向から攻撃を仕掛けるドラゴ。
そのせいか≪ジジル・ガル≫は俺に集中できていなかった。
何度となく俺に付き合って狩猟に出かけ大型モンスターと戦ってきた歴戦の≪ノルド≫であるドラゴは他の≪ノルド≫よりも逞しく大柄だ。
力もあり、そのため重量のある大型の武具も扱える。
基本的に≪ノルド≫単体の攻撃力というのは大型モンスター相手にするには足りない。
なので基本的にサポートとしての役割をさせることが多い。
例えば状態異常を引き起こす武具を使わせて≪毒≫や≪麻痺≫の状態にさせたりなどだ。
だが、ドラゴに装備させている武具は敢えての火力偏重タイプの物。
歴戦の≪ノルド≫であるドラゴはそれを自在に操り、≪ジジル・ガル≫に無視できないダメージを蓄積させていく。
「よし、このまま――」
アレクセイとラシェルの二人とはまた異なった阿吽の呼吸でコンビネーション。
俺とドラゴは息を合わせて動き回り、≪ジジル・ガル≫を翻弄しながら順調に追い詰めていくと不意に≪ジジル・ガル≫は遠吠えを上げて大きく後方へと跳躍した。
妨害する間もなかった俊敏な動き。
ダメージの蓄積によって生命力が危機に瀕したが故の行動パターンの変化。
仕切り直すかのように距離を取った≪ジジル・ガル≫を追うように俺は大きく跳躍するとドラゴの背に乗った。
「逃がすか……っ、ドラゴ!」
パターンが変化した後の≪ジジル・ガル≫は場を広く使い立体的に攻撃を仕掛けてくるようになる。
そうなると厄介になる。
故にその前に仕留めるべく、俺はドラゴの腹を蹴り最速で距離を詰める。
人を乗せているとは弾丸のように走り出す、ドラゴに振り落とされないようにしながら≪王龍刀【天雷】≫を背中の背負っている鞘へと納刀する。
「真技――」
迫る俺とドラゴを睨みつけ迎撃しようと大きな口を開け、その牙で以て攻撃を仕掛けてくる≪ジジル・ガル≫。
その姿を確かに捉えながらも俺はただ静かに≪王龍刀【天雷】≫の柄を握りしめる。
――っ、今……!
≪ジジル・ガル≫相手に突進を仕掛ける俺たちと、その俺たちを食らい殺そうと迫る≪ジジル・ガル≫。
互いの間にあった距離が一瞬で無くなった刹那の瞬間、ドラゴが背に乗せた俺を大きく跳ね上げた。
そして、すぐさま自身は身を低くし≪ジジル・ガル≫の攻撃を下に掻い潜る様子を見ながら、上空に跳ね上げられた俺は木々の枝の一つを足場にし真下の≪ジジル・ガル≫へと勢いよく跳んだ。
「≪抜刀―落星―≫」
納刀状態から放つ一撃に強力な攻撃力補正を加える≪一の太刀≫、空中攻撃時にダメージを強化する≪雲鷹≫。
それらのスキルを組み合わせ放たれた一閃を≪ジジル・ガル≫の無防備な首筋に叩き込まれ、そして――
◆
「いやー、凄いですね! 流石はアルマン様です! 全くの無傷で倒してしまうなんて……っ!」
「アレクセイとラシェルが≪ガル≫を相手にしてくれたお陰だ。助かったよ、ありがとう」
≪ジジル・ガル≫を討伐することに成功した俺たちは目ぼしい素材だけを回収するとすぐにその場を後にした。
上位のモンスターの遺骸を丸々放置するのは勿体なくはあるが目的地はまだ先である以上致し方ない。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。凄かったよねー、アレクセイ」
「そりゃ……まあ。俺もやれるようになった自覚はあったんだけどな。流石に無傷で倒すのは……くっそー」
「いや、二人とも大した動きだったよ。≪金級≫の狩人に相応しい戦いっぷりだった」
「ほ、褒められちゃったよアレクセイ」
「お、おう……まあ、当然だな」
照れくさそうに笑う二人に俺は思わず笑みをこぼした。
――実際、大したものだ。立ち回りやスキルの使い方、それに連携にとかなりの練度。彼らを選んで正解だったな。
レメディオスに推薦されて今回の動向を頼んだアレクセイとラシェルのコンビであったが、彼らの実力は俺の想定以上に伸びを見せていたのは幸いだった。
お陰で道中は順調そのものといった具合だ。
戦闘が避けられる相手ならば戦闘を避け、避けられない相手は狩るという手段で進むこと≪グレイシア≫を出て既に二日……ペース的にかなりいい具合に進んでいる。
――この具合だと明日には≪終末の森≫へはたどり着けそうだな。近くまで行けばドラゴの鼻を頼ればルキを見つけることは難しくはない。
そんな目算を立てながらドラゴの背に乗っているとラシェルが羨ましそうにこちらを見つめていることに気付いた。
「なんだ? また乗りたいのか?」
「いやー、その……えへへ」
「なら、いいさ。交代と行こう」
「いいんですか?!」
「おいおい、領主様をまた歩かせる気かよ」
「別に構わないさ。それにしてもラシェルは≪ノルド≫のことが好きなんだな」
「はい! 折角≪金級≫の狩人にもなれたんだし、飼ってみたいなって……。でも、色々と大変そうで迷ってて。お金もかかるっていうし」
「まあ、生き物だからな。この通り大きくなるから色々と食費とかも大変だ。装備一式を揃えようとするとそれなりにもかかるからな」
「そうですよね……ああ、でも可愛い」
「可愛いって思える感性がわからないんだけどな」
「戦っている時は勇ましいが日に当たって気持ちよさそうに昼寝をしている時は可愛いぞ? まあ、ともあれ色々と考えてから決めるといい。ドラゴを飼っている身からすると狩人にとっては最良の相方になるのは間違いないからな」
そんな会話を続けながら俺とドラゴ、そしてアレクセイとラシェルの三人と一匹のパーティーは森の深層と呼ばれる一帯を進み、日を跨いで次の日――≪終末の森≫へと辿り着いたのだった。
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