第六話:同行者



「あら、アルマン様じゃない」



 ≪グレイシア≫の中心街、商店が立ち並ぶその一角にその店はあった。

 こだわりが感じられるお洒落な外装、中に入れば落ち着いた内装に棚には色とりどりのガラス瓶が並んでいる光景が飛び込んでくる。


「やあ、調子はどうだ?」


「お陰様で何とかやっていけているわ」


 俺の言葉にレメディオスはそう答えたのだった。



                    ◆



 レメディオスが店を始めたのはかれこれ三年ほど前のことだった。

 元より、そういったことに興味はあったらしい。


 扱う品は香水や化粧水などを主とした婦人を相手にしたものだ。

 元より彼の目利きは良いと評判でその趣味が高じて店を開くことに興味を持ったとか。


「本当にお久しぶりですねぇ、アンネリーゼ様やエヴァンジェル様とは顔を合わせるのですけどアルマン様とは随分と久しぶりな気がしますね」


「ここ数年は色々と忙しかったからな……」


「領地のこともそれは苦労はなさっているのでしょうけど、やはり一番はレティシア様のことかしら?」


「……かもしれないな」


「初めての子供となればそうなるのも当然でしょう。エヴァンジェル様が出産するときのアルマン様と来たら……」


「その話は勘弁してくれ」


 思わず声を上げた。

 そこら辺の話は出来ればあまり思い出したくない、俺があの頃に学んだことはああいったことに関して男は大して役に立たないという事実のみだ。


「レティシア様ももう随分と大きくなられたとか」


「ああ、子供の成長は早い」


「ほほ、親としては感慨深いのではなくて?」


 揶揄うようなレメディオスの言葉に俺は少しだけ眉をしかめた。


「うん、どうなんだろうな……」


「おや、複雑そうなお顔ですね?」


「娘との付き合い方がわからない」


 そんな俺の言葉を聞いたレメディオスは咄嗟に顔をそむけたかと思うと吹き出した。

 何ということだろう。



「……おい」


「失敬。いえいえ、アルマン様も立派な父親をやっているようで……と思いましてね」



 彼のそんな言葉に憮然としているとレメディオスは何かを探すように戸棚の方へと向かったかと思うと一つの小瓶を持ってかえってきた。


「これは?」


「うちの新作の香水です。≪アーモルの花≫をもとに作ってみたのですが中々にいい香りでレティシア様に如何かと」


「いくらなんでも早くないか?」


「女性は生まれた時から女性。すぐに興味を持つようになりますよ」


「そういうものか? それにしても≪アーモルの花≫ねぇ」


 ゲームの中においてはただの換金用のアイテムでしかなかったものだが、現実に存在する花である以上、当然それだけの価値しかないというのはあり得ない。

 レメディオスに促され小瓶の蓋を緩め俺は匂いを嗅ぐと甘みの残るスッキリと蜜のような匂いが俺の鼻腔を擽った。


「……あまり強くはないんだな」


「ええ、ですがいい香りでしょう? 贈り物として渡せばきっと喜んでくれると思いますよ?」


「商売上手になったか?」


「もう三年も経ちましたからねぇ」


 いけしゃあしゃあと言い放つ彼に対して俺はため息交じりに答えた。



「――買った」


「ありがとうございます、アルマン様」



 女性へのプレゼントの良し悪しなど正直なところ俺は得意ではない。

 レメディオスはそういったことが得意で何度か相談に乗ってもらい上手く行った実績もあるため、俺は大人しく≪アーモルの花≫の香水を購入したのだった。


「それにしても……」


 代金と引き換えに受け取った瓶を見ながら俺は呟いた。


「一つ一つに装飾まで施しているなんて手間をかけ過ぎじゃないのか?」


「いいのよ、所詮趣味に近い個人店ですもの。なら出来る限り拘りたいじゃない?」


「そういうものなのか?」


「そういうものよ。アンネリーゼ様たちならきっと同意してくださるわ。本の装丁の一つ一つを拘り抜いているわけだし」


 レメディオスの言葉に俺は何とも言えない表情をしつつ言葉を返した。


「拘りがあるのは良いことだと思うけど……。ああ、そうだった。エヴァがこの間の化粧水は良かったから今度同じものもう一箱欲しいと言っていた」


「あら、本当ですか? 御贔屓にありがとうございます」


「今度、使いをやるからその時に……」



 などと世間話をしばし行った後、俺はようやく本題に移ることになった。



「それで本日、お伺いになった用件は何なんでしょうかアルマン様。商品の注文ではないようですし」


「ああ、そうだった。久しぶりだったからつい……。実はな、そろそろルキの奴を連れ戻そうかと思っていて」


「そういえば彼女いないんでしたっけ? また家出かしら? もう少し落ち着けばいいのに」


「全くもってその通りだ」


「今度はどういった理由で飛び出していったのですか?」


「それがな、ルキの奴にそろそろ結婚でもどうかと。何なら俺が協力して相手を探してやってもいいぞと言ったら……」


「それはアルマン様が悪いですねぇ」


「やはり、そうか……。年頃だからな不用意だったよ」


「んー、そうですねぇ……まあ、そう言うことにしておきましょう。それで?」


「ああ、どうにもあいつは≪終末の森≫へと行ったみたいで」


「おや、まああの子ったら。それは事実なんですか?」


「ギルドの方にも確認を取ってみたがやはりそういった目撃例が出ている。となると呼び戻すためにはあそこに向かう必要があるんだが……」


 そこまで言うとレメディオスも今回の俺の用事について察しがついたようだった。


「なるほど、それでもしかして私に?」


「そうなる。俺一人で向かってもいいんだがやはり深層ともなると事故が怖いからなぁ」


 この場合のというのは大型モンスターが連続で現れて狩猟する羽目になるとか、複数体同時に相手にしなくてはならない状態になることを指す言葉だ。

 一体一体を倒すより狩猟の難易度は何倍も跳ね上がるため、出来得る限りの回避が推奨されている。


 今は≪ノルド≫も居るので彼らの俊敏性を借りれば「危うくなったら離脱」という手段はとりやすいがそれでもやはり確実な手段とまでは言えない。

 結局のところ、経験豊富な狩人で互いをカバーするのが一番安定する。


 俺が向かおうとしている深層のエリアならば猶更だ、あそこは上位の危険度のモンスターの生息エリア、どんな大型モンスターとどれだけの数接敵するかもわからない。

 となると経験豊富かつ力量確かな狩人仲間が欲しくなるわけで――そこで一番に思い浮かんだのがレメディオスだった。


 彼の戦歴はもはや≪グレイシア≫においても古参と言ってもいいぐらいの長さだ。

 それに実力も確かで何度も共闘して≪依頼クエスト≫に挑戦したこともあるため連携も取りやすい、そう言った観点で俺は彼にオファーを送ることにしたのだが……。



「んー、アルマン様からの申し出ですので受けたくはあるのですが……無理ですね」



 レメディオスからの返答は否であった。


「報酬ならちゃんと出すぞ? 店の運転資金にでも使うといいさ」


「いえ、そういったことではなくてですね」


「なら、拘束時間か? レメディオスが店を開き始めてから狩人としての仕事を控えるようになっているのは知っている。だが、まだ完全に引退したわけではないんだろう?」


「まあ、そうですね。狩人を引退するのはもう少し後で……とは考えています」


「残念だよ、レメディオスほどの狩人が」


「生涯現役というのはなかなか難しいですから」



 レメディオスの言葉に俺は思わず嘆息した。

 彼ほどの腕の者が狩人を引退するなど惜しいと言いようがないが……仕方のないことだと割り切るしかない。



 E・リンカー――楽園の人間であれば誰もが体内に内包している生体ナノマシン。

 この力によってゲームの世界さながらの強靭な肉体、身体能力、反射速度を狩人は発揮することが可能となる。

 大抵の傷や怪我は≪回復薬≫さえ飲めば治してくれるし、肉体の老化自体は進むが狩人であり続けるのなら効力を維持し続けることが可能、なので身体的にはそれこそ生涯にわたってやり続けることも不可能ではないのだが……精神的な部分まではどうしようもない。

 集中力の持続や緊張状態への耐性の低下などを加齢とともに感じ、レメディオスくらいの年齢になると副業を持ち始めたり、引退後の資金を貯め始めたりするのはよくあることだった。



「店のこともあるから遠出の≪依頼クエスト≫に出るのは控えているとは聞いたがそれなりの頻度で狩猟自体には出ているはずだろう?」


 だったら、と続けようとした俺の機先を制するようにレメディオスは口を開いた。


「ええ、まあ。ですが、実はちょうど武具と防具を整備に出したところでして……」


「……ああ、それは仕方ないか」


 彼の言葉に俺はタイミングが悪かったなと舌打ちしそうになるも、それを何とか耐えて同意した。

 レメディオスの口ぶりからすると異常が無いかを調べる簡易的なメンテナスではなく、細かいところまでも調べるために一回バラバラにしてまた組み立てる完全整備の方のようだ。


 となると丸三日ほどはかかるとみていいだろう、当然その間レメディオスは愛用の武具と防具を使うことは出来ないわけで……。


「ならばギルドの方で貸し出している装備でも……ってのは難しいか」


「あのですねぇ、とっかえひっかえに武具や防具を≪依頼クエスト≫の度に変えるなんてできるのアルマン様ぐらいですよ。そりゃ、私とて腕に覚えのある狩人の一人として愛用の装備でなければ戦えないとはいいませんが、場所が深層ともなると」


「そうか……そうだよな。使い慣れた装備の方がいい、とそうなるか」


「装備が返って来た後ならお付き合いしますが?」


「……別に緊急と言うほどでもないが出来れば手早く済ませたいからな。候補が居ないのならともかく、代わりを探すことにしよう」


 しばしの黙考の末、俺はそう答えた。


「タイミングが悪かったな、しかしとなるとどうするべきか」


 場所が場所だけに同伴者は腕の立つ狩人でなければならないが、腕の立つ狩人というのは大抵忙しく急には予定を組めないものだ。

 その点、レメディオスは店を構えるようになって≪グレイシア≫に居ることも多く第一候補だったのだが――当てが外れてしまった。


 さて、次は誰にあたろうかと思案にくれていると。


「アルマン様、代わりと言ったら何ですけど他に候補が居ないのでしたら私から推薦しましょうか?」


「なに?」


 不意にレメディオスがそんな提案をしてきた。


「それは助かるが……行き先は≪終末の森≫だぞ? 腕は確かではないと困る。中途半端な腕ならいない方がマシだからな」


「それなら問題はありませんよ。≪金級≫の階級の狩人ですから。とはいえ、なったのは三ヶ月ほど前ですけどね」


「なるほど、≪金級≫の狩人か……それならば問題はない、か」


「ええ、この間遠出の≪依頼クエスト≫を終えて帰った来たところなので新たな≪依頼クエスト≫は受注してなかったはずです」


「それは都合がいいな。……よし、レメディオスの紹介なら問題はないだろう。頼んでみるとするか。どこで会える?」


「ああ、それなら待っていただければそろそろ――来たようね」


 レメディオスがそう言った瞬間、店に入れるわけにもいかず外で待たせていたドラゴの声が上がった。




「きゃあぁー! か、可愛い……っ!」


「……可愛いか? 迫力もあるしカッコいいとか威厳があるならわかるけど」


「何言っているの! こ、こんなに毛並みがふわふわしてて……と、特に首周りの手触りと来たら! あっ、しかも凄い大人しい。賢い子なんだな……触らせてくれるの? ありがとうー!」


「傍目から見るとパクリといかれそうで怖いな……。それにしても立派な≪ノルド≫だな。≪装具≫もしっかりとしたものだし、それにこの体躯……」


「いいなぁ、≪ノルド≫。やっぱり欲しい……。絶対、飼う」


「そればっかりだな。まあ、実際頼りになるって話だし悪くはないと思うけど……しかし、誰の≪ノルド≫だろ。レメディオスは飼ってなかったはずだけど――ほら、行くぞ」


「も、もうちょっと……」


「後にしろ、後に。先の届け物の方を渡してから――」




 そして、もう二つほど。

 若い男女の声。


 騒がしく言いあいながら店のドアを開けて入ってきた。




「レメディオス、これ頼まれてたものなんだけど……って」


「レメディオスさん、店先の≪ノルド≫のことなんですけど……」




 俺は久しぶりに見た元気そうな二人組の狩人の姿を見て話しかけた。





「元気そうで何よりだ。アレクセイ、それにラシェル」


「「アルマン様!?」」




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