第五話:ルキの行方
ルキ・アンダーマン。
ロルツィング領の誇る天才発明家にして天災発明家。
≪龍殺し≫たる≪
「楽園」の真実を知る数少ない人間のうちの一人。
「開明」の一族たるアンダーマンの生き残り。
そんな彼女は今、消息不明となっている。
普通に考えれば緊急事態と言ってもいい状況なのだが――
――でも、まあ……生きてるだろ。
俺はそれほど心配はしていなかった。
何せこの七年でルキは目覚ましい進歩を遂げていた。
――≪白金級≫の一人だぞ、あいつは。
狩人の階級は昔は三つ存在していた。
初心者、新米の狩人の階級である≪銅級≫。
一般的なプロの狩人と呼ばれる階級の≪銀級≫。
その中でも高難易度の≪
そして、≪
≪
この階級の称号を持っているのはこの七年で平均的な質が丸々向上しているロルツィング領においても少なく、その数は個人で七人とパーティー換算で三組のみ。
ルキはその数少ない七人の≪白金級≫の狩人の一人だ。
――あれだけ、立派になるとはな。
七年前は研究に打ち込んでいたのもあり、実際の狩猟関係にはそれほど関わってなかったのも大きかったのだろう。
だが、俺と付き合って≪
――あくまで、狩人としては……だが。
思い返すにこの七年間は彼女にとっては退屈だったのかもしれない、と俺は振り返る。
ルキの力と貢献によって「ノア」との戦いに勝ち抜くことが出来たわけだが、戦後は彼女に色々と制限をつける羽目になった。
如何に「ノア」が初期化出来たとはいえ、「不正行為審判機構」がなくなったわけではない。
あれは元々持っている「楽園」の使用上のシステムだからだ。
「不正行為審判機構」の役目はチート行為、あるいはゲームの世界観設定を過剰に破壊しかねない因子の監視と排除。
ルキの技術はこれに抵触する恐れ――というかバリバリにひっかかる。
一応、βテスト版で稼働していた七年前の頃より正式稼働になった今の「楽園」の「不正行為審判機構」の判定はある程度は緩くなっている。
何故かと言われれば知っての通り、「楽園」は遊興の為に作れられた施設だ。
つまりは、本来であれば多くの人を呼んで遊ぶテーマパーク
大勢のプレイヤーを招いて運営するというシステム上、ある程度の許容を認めるようにデザインされていた。
具体的にいえばプレイヤー同士の間でゲーム情報をやり取りしたり、メタ的な形で「楽園」のシステムの考察を行ったり等など。
これらは世界観を壊す行為ではあるが、これらの行為もいちいち規制していたら切りが無いし楽しめない。
故にある程度許容される――無論、限度はあるが。
そういった観点から、七年前よりかは今の「ノア」は判定が緩くなっているといえるのだが――とはいえ、危険な橋をあえてわたる必要もないわけで。
そんなわけでルキの知識、技術の運用は慎重を期して行われるようになった。
――悪いことをした、とは思うが……。
下手な刺激はしない方がいいとアンダーマンが遺した地下研究所の閉鎖、≪龍喰らい≫らの封印処理と彼女とは揉めることになったものだ。
俺としても死闘を共に潜り抜けた武具と防具、思い入れも一押しで使い続けたかったんだが――仕方なかった。
最終的には対外的には機能が停止してしまったと言うことにして、ロルツィング家の家宝として残すことで彼女と合意をした。
不満はあったのだろうが、賢い彼女は危険性にしても十分理解していた。
だからこそ、最終的には納得したのだろう。
まあ、不満は凄く……有ったようだが。
――それも≪
基本的に未知なものに途轍もなく好奇心が擽られる性質をしているのがルキという存在だ。
世界が≪
≪
ルキ・アンダーマンの名は今や帝国中に響いている。
狩人としてだけでなく、研究者としても。
そんな彼女には一つの奇行がある。
それが研究や調査に行き詰ると気分転換に目的地を定めないフィールドワークにでるというものだ。
≪白金級≫の狩人の腕に、ある意味で「楽園」について最も詳しいと言っても過言ではない知識量。
そのせいで途轍もなくサバイバル能力にもたけており、一、二週間ほど姿をくらます――というのは珍しくもないことだった。
だからこそ、当初はルキの消息不明に関して――そこまで気にしていなかったのだが。
――だが、まさか一ヶ月も帰ってこないとはな。……そんなにストレスを抱えていたのか?
彼女の腕と頭脳があれば何かしらのトラブルに巻き込まれていたとしても、切り抜けてくるだろうと信頼している。
そのため帰って来ないとしたら別の理由があるのだろうと考えているがそれはいったい何なのか。
――何か面白そうな研究対象でも見つけたか、あるいはそれほどストレスを抱えていたか。いや、前者はともかく後者はな……。
あの時、最後にルキと話した時は何という会話をしたのだったか……たしか。
――「そろそろ良い年なんだから。結婚でもしたらどうだ? 相手が居ないなら色々と骨を折ってもいいが……」
――「は?」
こんな会話だったはず。
正直、あれに関しては俺としても後で深く反省したものだ。
付き合いも長いため、どうにもルキに対しては気安く接してしまうが彼女も年頃の女性、ああいった話を不躾にすれば怒ってしまっておかしくはない。
傍で聞いてたシェイラも「マジか」という顔だったし、あとでそのことを聞いたエヴァンジェルからも「キミが悪い」と詰られてしまった。
――うーん、マズかったか? でも、年齢を考えると相手探しをし始めた方がいいと思うんだが……。
この世界の結婚年齢は早い。
それを考慮した上でルキのことを慮っての発言だったのだが――どうにも怒らせてしまったらしい。
深く反省をしなければ。
だからこそ、フィールドワークと称して行方知れずとなった彼女のことは好きにさせていたわけなのだが――さすがに一月となると話は変わってくる。
「しょうがない。とりあえず、探して――ん?」
そこで気づいた。
日課としていた朝の訓練、それを中断し手にしていた≪大剣≫を下ろし振り向いた。
「……っ!?」
その視線から逃れるようにして建物の陰に隠れる小さな人影。
俺はそれを察しながら気づいていないかのように振る舞い、武具の素振りの練習を始めた。
それを察したのか恐る恐る建物の陰から顔を出し、こちらの様子を伺ってくる小さな人影。
ここはロルツィング家の私邸の裏庭、余人が入れる可能性はなく、ならばその小さな人影の正体は何なのかといえば――
「……ふぁー」
俺の娘であるレティシア以外ありえない。
「…………」
こちらに気付かれないように俺の姿を覗き見する娘の存在。
それをしっかりと認識しながらも俺は努めて意識しないように振る舞った。
そして、何も気づいていないかのように鍛錬を再開すると――しばらくするとレティシアはこちらの様子を伺うように建物の陰からひょっこりと顔を出してこちらを観察してきたのだった。
――……どうするべきか。
エヴァンジェルの言葉が頭を過る。
レティシアが俺のことを決して嫌っているわけではない、というもの。
こうしたことは最近何度かあった。
俺が朝の鍛錬を始めると決まってこうやってこっそりと伺ってくるのだ。
彼女の言っていた通り、俺に興味があるのは間違いないのだろうがはてさてどうするべきか。
普通に話しかければいいのだろうが前に一度声をかけようとしたら経験があった。
そのお陰で……まあ、何というか何とも反応がし辛い。
――娘に逃げられるのは……堪える。
レティシアの行動の真意を問いただすことも出来ず、彼女の存在に気付いても気づかないふりをしてそのまま鍛錬を行う……という傍目からとても奇妙な光景を俺たちは作り出していた。
そして、奇妙な時間はレティシアが満足するまで続けられる。
彼女は俺の鍛錬の様子をある程度見つめるとそのままこちらに声をかけることもなく去っていくのだ。
――エヴァに相談しても何故か笑われるだけだし、別に何か困っているわけでもないんだけど……なんというかむずがゆいというか。
行動の意味がよくわからないので俺としては困惑しかない。
一度、ハッキリと尋ねてみたくもあるがそれでレティシアの機嫌を損ねてしまうかと思うと……。
「娘を持つ男親ってのは大変だな。何とも……」
レティシアの気配が完全に去ったのを確認し俺はため息を吐くのだった。
◆
「アルマン様、こちらを」
昼下がり、領主としての仕事をするために政庁に赴いた俺を待っていたのはギルドからの報告書だった。
「どうかしたのか?」
「ああ、はい。実はルキさんに関して……」
シェイラに尋ね、帰ってきた言葉に俺は得心した。
「あの家出娘の情報がわかったのか?」
実力などに信頼を置いているとはいえ、彼女はロルツィング領の中でも重要な人物だ。
一応、行方不明になっている以上は情報を集めておくぐらいはしておかないといけない。
――だから、ギルドには≪調査
とはいえ、
「あまり期待はしていなかったんだけどな」
「期待していないのに≪
「あいつが本気で隠れる気になったら≪スキル≫のシステムを悪用しても逃げるからな……どうあがいても無理だろ。精々、大まかな現在地ぐらいわかれば御の字だと思ってね」
「そういえばそんなことありましたね。あの時は確か帝都に向かったアルマン様が頼んでいた≪素材≫を持って返り忘れたからでしたっけ?」
「西部でしか手に入らないレアな≪素材≫でな、交易でも手に入らないからと頼まれたんだが……うっかり忘れてしまってな。いや、入手するまではしたんだがな」
「はは、ありましたありました。というかあれ一回、アルマン様が誤魔化そうとしたから余計に拗れましたよね」
「反省はしている……。まあ、昔の話は良いだろう。今はあの家出娘の行方をだな」
ジトっとした目で見つめてくるシェイラの視線から逃れるように報告書に目を通すとそこにはルキが行方不明になる前後の目撃例がまとめられていた。
読み進めていき、その内容に俺は思わず眉をしかめることになった。
「≪終末の森≫に……? あのバカ……」
「あそこですか。禁足地じゃないですか」
≪終末の森≫、そう呼ばれているエリアが存在する。
それは≪グレイシア≫から東の森の奥、あの戦いが行われた≪霊廟≫の近くであり――創世龍≪アー・ガイン≫の骸が今も横たわっている場所だ。
「もしかしてアレを調査しに行っちゃったんでしょうか? 詳しく調べたそうにしていましたし」
「創世龍≪アー・ガイン≫に関しては手を出すと不味そうだから手は出さないでおこうと決めたはず……だが、ルキだからなぁ」
俺にとって最大の敵であった創世龍≪アー・ガイン≫だがその骸は今もあの地に横たわっている。
本来であれば倒したモンスターは解体し素材にして利用することこそ、この「楽園」の理なのだが……創世龍≪アー・ガイン≫に関しては「ノア」がどのような処理としているのか不明なため、手を出すことが出来なかった。
もしかしたら案外、創世龍≪アー・ガイン≫の素材を使った武具や防具も設定されている可能性も確かにあるにはあるのだが……。
――その特殊性を考えると倒されることを想定していない、所謂イベントボス系の存在だからなぁ。
システム的には倒してしまったこと自体バグで更にその素材を利用しようとすればどうあがいても問題行為――になってしまう可能性の方が高い。
創世龍≪アー・ガイン≫の骸に関しては放置するしかなったのだ。
――惜しいとは俺も思うんだがなぁ……。
とはいえ、利用するにはリスクも高すぎると創世龍≪アー・ガイン≫の骸があるエリアを≪終末の森≫と呼称し、そこを辺境伯の権限で以て禁足地として指定、発布するという対応をするしかなかった。
理由としては創世龍≪アー・ガイン≫の骸からは有毒な物質が出ているからなどと適当な理由をでっち上げて。
元からあの辺りは森の深層と呼ばれるエリアで上位の危険度のモンスターが跋扈する場所、狩人の中でも限られた≪金級≫以上の階級でしか入ることを推奨されない一帯、特に禁足地に指定したところで反発は生まれなかった。
――というかあの戦いの直後は復興やら何やらで大変で危険な森の奥への遠征など余裕のある狩人も居なかったしな……。
だが、それもかれこれ七年前となると事情も変ってくる。
事情を知らなければ未知の、それも神話の存在の≪龍種≫の骸など宝の山でしかない。
――出来心で手を出す……という可能性はあるか。あそこまで行ける狩人は稀だとはいえ。
少しその辺のことも考えておかないと、などと考えつつ俺は意識をルキのことへと戻した。
「さすがにそう迂闊なことをしないとは思うが……」
「どのみち≪終末の森≫に行っているので呼び戻す必要があるはずです。禁足地ということになっている以上、放置しておくのは道理が通りません」
「まあ、そうなるか。……確かにそろそろ連れ帰るべきだとは思っていた。少し知恵を借りたいこともあるしな」
「ああ、例の件ですね。確かにそれもありました。では呼び戻すにしても接触する必要がありますけど、場所が場所だですし≪金級≫以上の階級は必要ですよね。上手く≪金級≫以上の狩人の空きがあるかどうか」
シェイラの言葉に俺は少し考え、それから手で制した。
「いや、俺が行こう」
「ええぇ……またですか?」
そんな俺の言葉に彼女はダメものを見るような目で見てきた。
「なんだ、その眼は」
「もう少し領主として落ち着いて仕事をして欲しいんですけどね。この間も≪
「出来るだけ時間が取られないものにしているじゃないか」
「そういう問題じゃないんですけどね」
シェイラの言わんとしていることはわかっている。
というかもう何度も聞かされた。
領主たるもの軽々に命のやり取りがある場に出るべきではない。
至極当然の言い分で、それに対する俺の言葉もいつも通りのものだ。
「身体がなまるのが嫌だ。いざという時の場合でも動けるように維持しておく必要があるからな」
「……それもわかるんですけどね」
はあ、とシェイラはため息を吐くと話を戻した。
この辺のやり取りは結局のところ、わかりきったいつも通りのやり取りというやつだ。
「まあ、≪終末の森≫の関連だとしたらアルマン様が動いた方が早いのも事実ですね。色々と面倒なことも関わりますし」
「そうだな」
「「「楽園」の真実」に関わりかねない事案というのは面倒ですねぇ。……これを皆が知るときは来るのでしょうか?」
「いつかは来る。ここが虚構から始まった世界だと知るべき時が。そうでなくては外へと向かうことも出来ない」
「「楽園」の外の世界ですか。いまいちピンと来ませんね」
「それは俺もだよ。だが、外の世界はある。今、どうなってるか……までは不明だが。永劫の時間を箱庭の世界で過ごすわけにもいかない。何れは外へと飛び出す必要がある」
今の時点で「楽園」の真実をばら撒くわけにもいかない。
俄かに信じがたい話であるし、受け止めきれるものでもないだろう。
だからこそ、俺たちは「楽園」の真実に関しては隠すことにしたがかといって永遠にそのままでいいと考えているわけでもなかった。
何れ「楽園」から我々は出て行く、いや出なければなければならない。
「そのために――ロルツィング家。ロルツィングの当主は「「楽園」の真実」を継承する役割を持つ。皇帝陛下もまた新たな役目を押し付けて」
「まあ、うちだけではない。皇族や一部有力貴族も「楽園」に関する知識を復活させて継承させていく。来るべき日の為に……って話だ」
「それにしてはアルマン様に対する圧力が凄かったように思えますけど」
「まあ、その時はロルツィング家の果たすべき役割が大きいのだろう。だからこそ、それを絶やすな――ということだ」
「絶やすな、ですか。まあ、どれほど先のことかわかりませんけど秘匿にし過ぎて失伝しては笑い話にもなりませんからね」
「全くだ」
「しかし、そうなるとレティシア様には……」
「いつかは言うことになる。なるわけだが……」
「だが?」
「どういえばいいんだろうなぁ? それに変な重荷にもなりそうで」
まずちゃんと受け入れて貰えるかも不安だし、こんな秘密を打ち明けられそれを隠さなきゃならなくなるというのはとてもプレッシャーだろう。
だが、ロルツィング家に生まれた以上、伝えないという選択肢を取ることも出来ない。
「……はぁ。願わくば俺の代で色々と済ませることが出来れば」
「アルマン様……」
「いや、なんでもない。そうか簡単な話じゃないってことはわかっているのにな」
俺は空気を切り替えるように話を戻した。
「ルキの件のことだったな」
「ええ、アルマン様が向かわれるとのことですが。お一人――いえ、ドラゴと一緒に?」
「いや、場所も場所だ。ドラゴは当然連れて行くがそれはそれとしてサポートできる人間が欲しい。禁足地に足を踏み入れることに関しては俺が特別に許可をした、ということにすれば問題ないだろうし」
「なるほど、ではギルドに要請して募集でもかけますか?」
「いや、それについては一応頼んでみたい相手がいる。俺の方で頼んでみるとしよう」
「かしこまりました。それではパーティーの招集はアルマン様にお任せするということで――」
そう言って言葉を切るとシェイラはどこからともなく紙の山を持ってくると、ドサリと俺の目の前の机の上に置いた
「それはそれとして書類仕事です」
「……多くない?」
「外に出られる以上、余分に。やっておくべき決済を」
「わかった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます