第二話:ドラゴ
「おお、相変わらずドラゴは凛々しいですね。少し大きくなりました?」
「ん、そうかもな」
それは一匹の≪ノルド≫だった。
≪ノルド≫という≪相棒システム≫も≪
色々と先取りをする形でフェイルという≪ノルド≫を仲間にしていた俺たちではあったが、流石に正式に≪
≪ノルド≫が懐きやすくなったし、≪ノルド≫の飼育場のような施設を作ることで効率的に出産もするようになった。
ドラゴは俺の相棒である≪ノルド≫でフェイルの子だ。
フェイルとは違い黒い毛並みだがフェイルに負けず勇壮な性格をしている。
飼育することが可能になり人に対して……特に狩人には懐きやすくなった≪ノルド≫の存在は、狩人の世界を色々と変えてしまった。
人を乗せて運ぶこともできるし、荷物を抱えさせて運ぶことも、そして狩猟に付き添って戦うと強くたくましくなる性質を持ち合わせている。
はっきり言って頼もしい仲間だ。
賢さも明らかに高く、狩人の命令を詳細に理解して動くことができる。
まるで狩人に使われるために生まれ来たかのようなモンスター……まあ、事実そうなのだが。
ともかく≪ノルド≫の出現により、狩人らの活動範囲は非常に広まった。
≪ノルド≫に乗って移動をすれば体力を消費せずに、狩人らが走るより早く長距離を移動できるようになったのだから革命と言ってもいい。
「この子たちも≪
「………」
「正直、最初に打ち明けられた時は信じられませんでしたよ。「楽園」動向とか言われても」
「だろうな」
「でも、こんなことが……あっさりと世界が変わっちゃうのを見ると――まあ、受け入れるしかないかなって」
「すまんな」
「今更でしょ」
「楽園」の真実。
この世界、大陸は空想の世界を模倣し人工的に作られたものであり、この「楽園」は「ノア」という存在の元で管理されながら存在している。
その事実を公表するべきか、議論をしたことがある。
結論としては最終的には行うべきだが今はその時ではないという結論に至った。
いつまでも箱庭の世界の中で納まっているわけにはいかない。
とはいえ、急に真実を伝えたところで受け止められる人間がいるかどうか。
今、生きている世界が虚構であると伝えられて受け止められる人間がどれくらい居るのか……「楽園」はあまりにも時間を、歴史を重ね過ぎてしまった。
時間をかけて「真実」を伝える。
そう事情を知っている者たちと密約を交わし、「真実」は限られた者だけのなかに仕舞われた。
ただ、何事にも例外はあってその一人が俺の家臣であり筆頭内政官であるシェイラだった。
今後のことを考えれば重荷でしかない「真実」、だが彼女の有用性と立場を考えると俺には伝えないという選択肢を取ることはできなかった。
俺はシェイラに全てを話し。
彼女はただ「そっか」と呟いた。
「アルマン様はそんなものを抱えていだなんて……しりませんでしたから。それに頼られて嬉しかったのも事実ですし」
「すまないな」
俺の言葉にはシェイラは答えなかった。
ただ、無言でドラゴの顎を撫でている。
ドラゴの毛並みは完璧だ。
俺が時間がある時は念入りに手入れをしているからな。
「五年前の≪
「そうだったとしてもそうでなかったとしても。それに備えるのが狩人というものだ」
「相変わらずですね。生涯現役ってやつですか?」
「流石に生涯現役はな……とはいえ、踏ん張らないといけない時期なのも確かだからな」
「やれやれ、大変ですね?」
「ああ、大変なんだよ。それじゃあ、先に上がるがシェイラも早めに上れよ?」
「わかっていますよ」
そんな言葉を交わして俺はシェイラと別れ、帰宅の途につく。
一人ではなくドラゴを伴って。
――……こうしてみると街も随分と復興した。いや、七年前と比べると様変わりしたというべきか。
街並みを眺めながら帰り道を歩いているとそんな感慨深さを感じる。
戦いによって大規模に破壊されてしまった≪グレイシア≫ではあったが、建て直す際にちょうどいいとばかりに色々と区画整理までやったからというのもあるが、それ以外にも色々と要因はある。
大体は≪
例えば解禁された≪
今や狩人にとって欠かせない存在となった≪ノルド≫、そんな彼らに与える餌の専門店や着飾るための服飾や≪ノルド≫専用の武具や防具を取り扱う店などなど……。
「七年で馴染んだものだなぁ。そうなるように作られていたってのもあるんだろうけど」
何となくドラゴの頭を撫でながら俺は辺りを見渡した。
ざっと見ただけでもチラホラと≪ノルド≫と共に歩く狩人の姿を見かけることができた。
モンスターが街の中を歩いているというのに誰も騒ぐ様子もなく、みんな日常の風景の一部として捉えて過ごしているのが見て取れた。
――七年前だったらあり得ない光景だったな。……いや、フェイルは連れ回していたが。
やはりあれが受け入れられていたのは良くも悪くも俺だったからだ。
この地において特別な存在であると認識されている俺の管理下にあるから、という前提ありきだった気がする。
今の光景とは根底から違う。
この七年で街は変わったのだと再確認する。
「家に帰る前にドラゴの分のおやつでも買っておくか?」
「わふっ」
「そうかそうか」
徐に尋ねた言葉だったがドラゴはそれに尻尾を振って反応した。
完全にこちらの言うことを理解し、意思疎通がしやすいからこそこうして早く受け入れられたのだろう。
俺は≪ノルド≫専門店の一つに入り、ドラゴ用のおやつを購入する。
「おおっ、アルマン様。またお買い上げで?」
「ああ、中々気に入ったようだからね」
「それは良かった。いやー、店がなくなったからどうしようかと思ってましたがまさかこんな店をやることになるなんて……」
「人生何が起こるかわからないな」
「それは私の店が空に飛んでいったときによく身に沁みました」
「違いないな。とりあえずは二袋分ぐらい貰いたい」
「はいよ。それにしてもアルマン様相手ならこっちから配達してもいいと言っているのに」
「なに、街をこうやって回るのが昔から好きなんだ。それで最近はどうだい? 店の方は」
「ええ、大変盛況です。≪ノルド≫を飼う狩人も随分と増えましたからね」
「ドラゴたちは賢く勇壮で良き狩人の戦友となる存在だからな」
≪ノルド≫専門店の一つとして≪ノルド≫の餌を販売している。
ドラゴの嗅覚を刺激をするいい匂いをかぎ取っているのだろう、彼の黒い尾はフリフリとせわしなく動いている。
そんな可愛らしい一面に俺はドラゴの頭に手を伸ばしわしゃわしゃと撫でた。
「ええ、本当に。今では当たり前のように連れている狩人も多くなって。≪銅級≫の狩人連中も早く≪銀級≫になって≪ノルド≫を飼いたいと若いのが騒いでいましたよ」
「目標ができることは良いことさ」
取り留めのない近況の話をしながら俺は商品を受け取った。
「では≪ミートザクロパイ≫を二袋でよろしいですか?」
「ああ、お代はこれで。残りは酒の一つにでも使って楽しむと言い」
そう言って俺はドラゴを連れ立って外に出た。
「わふっ」
「なんだ待ちきれないのか? 全く戦う時はあんなに勇ましいのに食い意地だけは強いんだから」
紙の袋を持った俺の後ろを楽しそうについてくるドラゴ。
彼に対して軽く紙袋の中を漁り、≪ミートザクロパイ≫を一つ取り出すとドラゴへ向かって投擲。
ドラゴは綺麗にそれを口でキャッチすると嬉しそうに食べ始めた。
「うーむ、なんで≪ノルド≫の餌アイテムがパイだったんだろうな。ゲームクリエイターの趣味か?」
ゲーム内の≪ノルド≫には成長システムというのが存在していたらしい。
ルドウィークから教えて貰った内容だが簡潔にまとめると≪
前者はそのまんまな話なのだが、後者の方は要するに与える餌によって特定のステータスが向上するというものだ。
≪パイ≫はそのためのアイテムであり、材料にする≪素材アイテム≫によって≪ノルド≫がこれを食した際に伸びるステータスの項目とステータス向上率も変ってくるとか何とか。
――きっとゲーム時代は廃人が湧いただろうな。どうやったら最強の≪ノルド≫になるかとか、全≪パイ≫の種類と効果を誰よりも先に見つけ出すために極めたり、最高率な成長の為にどんな≪パイ≫を食べさせるのがどう食べさせるのが最適か……とか。
きっと楽しかったのだろうな、と思う。
天月翔吾がやることができていたら嵌っていた自覚がある。
最強の相棒≪ノルド≫を作るために色々と手を尽くしていたのだろうと思う。
「ほれ、もう一個」
「わふわふっ」
ただ、それはあくまでそれがゲームの世界だったら――の話だが。
強化の効率を考えるとあまり宜しくないとされる≪ミートザクロパイ≫。
だが、どうにもドラゴのお気に入りのようで俺はついつい食べさせてしまう。
何故だろうか、と自問すれば。
それはドラゴが生きているからだろう。
造られた存在であるのは間違いない。
ただのゲームの設定の一つとして誕生とした存在。
それを脅威に技術で現実の世界に再現した存在。
虚構。
だが、デジタルの――情報の中での存在ではなく、確かに今この瞬間を生きている生き物。
「さて、そろそろ帰るか。寄り道をあまりし過ぎるとうちのお姫様が怖いからな」
「わんっ」
きっと、だからなのだろうと思う。
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