外伝
第一話:七年後
帝国を揺るがす一大事件として記録されるあの騒動からかれこれ七年の月日が流れた。
天地を揺るがす一大決戦。
歴史に残るであろうモンスターとの生存競争。
……本当の意味で世界を守る戦いであったことを知る者はほんの一部しかいないものの。
この世界はまだ続いていた。
狩人とモンスターの世界。
人のよって作り上げられた偽りの楽園。
遊興のための箱庭。
だが、今や本当の意味で人が生きる世界となった場所。
そこで今も俺は生きている。
「アルマン様! 次の書類です!」
「アルマン様こちらの書類を次に……」
「ギルドからの定例報告書が……」
「なんでも一部の鉱石系アイテムの供給が滞っているため、値上がりの動きがあると商会からの陳情書が……」
「こちらは帝都からの……」
「アルマン様」「アルマン様」「アルマン様」
生きて……いや、つらいって。
俺ことアルマン・ロルツィングはそんな泣き言をなんとか心の中に収めつつ、領主としての仕事を完遂するためにペンを握りしめ挑むのだった。
◆
「ようやく終わった……」
「お疲れさまです。はい、こちらでもいかかです?」
「ああ、ありがとうシェイラ」
書類仕事に目途がついたのは夕方になる前の頃だった。
俺の奮闘を労わるようにシェイラから差し出された飲み物を飲み、ようやくホッと息を吐いた。
「全く書類仕事というのは何時まで経っても慣れないな」
「私に任せてばかりでしたからね、アルマン様は」
「……いや、そんなことはないだろう。それなりにあの時だってやってたはず」
「そうですね、それなりにはやってました。ではここであの時の私に回されていた仕事量との比較を行いましょうか?」
「私は実に素晴らしい部下を持てた。そのことを誇りに思う――ということで一つ」
「冗談ですよ」
俺の様子にクスっと笑いながらシェイラは答えるも、こちらとしてはバツが悪い。
――あの時は無茶をしたからなぁ……。
必要があった、それは間違いない。
限られた時間の中で備えるためには色々と強権を振るい、形式も無視する必要があった。
でなければあの結果にたどり着けなかっただろうと確信もしている。
そのため、その手段をとったこと自体は正しかったと思っているが……そのために色々と当時のシェイラに押し付ける羽目になったことに関しては申し訳なく思っていた。
ここ七年で改めて学んだことが一つ。
書類仕事もモンスターとの狩猟と同じく――命を懸けた戦いであること。
――むしろ終わりのない戦いである書類仕事に比べて、とりあえず殺せば終わる狩猟の方が精神的には楽では?
それが俺がたどり着いた境地であった。
「……もう七年か」
「長かったような短かったような……不思議な感覚ですね」
しみじみとしたシェイラの言葉に俺はこれまでのことを思い出した。
様々な要因が絡み合った結果、閉じた世界となった「楽園」。
それを開放するための戦いに勝利し、正常に稼働するようになった世界だったがそれで――めでたしめでたしで終わるのは創作の物語の中だけだ。
この偽物のような本物の世界においてそれで済むわけもなく、戦いを終えた俺たちに待っていたのは戦後処理という難題だった。
≪グレイシア≫だけを見ても甚大な被害が人と物の観点から発生した。
辺境伯領全体で見ても広範囲に被害を受けており、その立て直しは急務だった。
ロルツィング辺境伯領はモンスターの生息領域である東との防波堤。
ここが機能不全に陥るのはあってはならないことだった。
幸いにしてあの戦争による被害のせいか、モンスターは一時的に活発化せず消極的な活動に終始していたため、復興を最優先することで機能の回復には間に合うことには成功しした。
したが、あの時のことはあまり思い出したくない。
このロルツィング辺境伯領、諸々の過去の経緯もあり領主である俺がその全権を握っている。
だからこそ無茶が出来たわけだが、それはつまり重要な決済は全て俺がしなければならないということだ。
速度が命である復興に関する決済。
遅れれば遅れるほどに自らの首を絞めることに他ならないため、相当に無理をして頑張ったものだ。
――あの時はそう言うのが得意なシェイラやエヴァの素晴らしさが身に染みてわかったな。
戦後の一年は本当に大変だった。
今までも辺境伯領の領主として楽に過ごせていたわけではなかったが、とにかく壊れた建物や壁の修復、それに目減りした狩人の数を集めたり、その教練などに頭を悩ませたり。
兎にも角にもいつ大型モンスターらが元のように活発化し始めるかわからなかったので急ぐしかなかったのだ。
――「ノア」は今までのシステムエラー状態が解除されただけで、別に無害になったわけではないからな。
「ノア」は神だ。
この「楽園」を健全に運営するための機構。
それは変わらない。
再起動したとしても「ノア」に命じることが出来る上位権限者がいない以上、「ノア」は「ノア」に組み込まれたプログラムに則って「楽園」を運営していく。
俺たちはそれに干渉することは出来ない。
――せめて、モンスターたちの安全装置。システムに関しても復旧できていればよかったが……まあ、そんなに都合よくはいかないか。
それさえ、出来ていれば……と惜しむ気持ちはこの七年間でも燻っている。
何度か「ノア」のシステムに干渉してその部分だけでも改善できないかと議論も交わしたが、下手に手を出した結果また不具合が起きても困るということで消極的な現状維持を選択することでいつも結論は落ち着いている。
少なくとも「ノア」が能動的にモンスターに干渉して徒党を組ませて滅ぼそうとはしてこないだけで十分な進歩なのだ。
下手な手段を取るべきではない。
モンスターの脅威は相も変わらずだが――それに関しては今更と言えば今更なのだから。
「帝都の方もようやく落ち着きを見せたか」
「あちらも大変な事態でしたね」
「あっちはあっちでウチとは別の問題がな……」
戦後のロルツィング辺境伯領は大変だったが帝都の方も戦後処理は大変だった。
単純な被害の度合いと言うならロルツィング辺境伯領の方が酷かったが、帝都はあの戦いで少なくない貴族が亡くなってしまったのが問題だった。
基本的にこの世界は支配者階級として貴族が存在し、彼らのもとで領地というのは成り立っている。
当然、その支配者階級である貴族が死んでしまえばその領地の統治は不安定なものになる。
一人や二人、死んだ程度なら問題はない。
改めてその領地を治める貴族を用立てればいいだけの話なのだが……あの戦いにおいては一気に死に過ぎたのだ。
「元々、ここほどには強い狩人もいなかった。それであの騒ぎ」
「全土で活性化していましたからね」
「それで跡取りが居なくなったり、継げる人間が幼子しか居なかったりと大慌てだ。帝都自体も相当の被害が合ったというのにその穴埋めには相当に気を使っただろうな」
「それでも七年もかかるとは」
「領地のことを治める人間がいなければ領地は立ち行かない。だから不在になった場所や不在では無いものの能力に不安があるものに対しては後見人を派遣する必要があったが……まあ、貴族には貴族同士の繋がりというか関係性というか色々あるんだろう」
「能力があれば後釜に座らせればいい、ってものでもないってわけですね」
「まあ、そうなる。それに元からその領地の人間だったのならともかく急に入ってきた外様で信頼を勝ち取るというのは中々に大変でな」
「実感がこもってますね……」
「あの時はまだシェイラとも会ってなかった時期だからな。知らないだろうが随分と苦労した。……そこら辺を考えながら調整するというのは――陛下としても難しい案件だっただろうに。それでも一年である程度の見通しはたったというところで……」
「≪
あれは戦後二年目を迎えた頃だった。
突如として「ノア」のアナウンスが鳴り響いた日を皮切りに、本来であれば東よりも弱い個体しか現れなかったはずの西の方でも東の個体と遜色ない強さの大型モンスターが発見事例が多くなった。
事情を知っている人間からすれば予想されていた「楽園」の≪
正常に稼働している「ノア」は元の「ただの大掛かりな遊興施設である「楽園」」の更なる発展のため、そしてプレイヤーの満足度を維持し続けるためにゲーム性の更新を行ったのだ。
スピネル曰く、『Hunters Story Ver.1.5』。
俺――ではないが、もう一人の俺である天月翔吾が死んだ後に追加DLCとして発表された要素らしい。
内容としてはほぼロルツィング辺境伯領だけで完結していた『無印』の時と違い、ほとんど設定だけであった帝都を含めた大陸西部が解放され、≪
西部限定のモンスターや東部とは少しだけ違う生態となった大型モンスターなど、新種の大型モンスターと戦えるようになったほか、新しい素材アイテムなども増加。
それはつまり新たに武具と防具も増えることであり――
「あの時は大変でしたね。西部は安全という話がなくなって陛下も改めて考え直す必要になって頭を抱えたと聞いています」
「ああ、あったあった」
「でしょうね。……話を聞いて防具と武具の一式を揃えて領地を飛び出した領主が居るとか何とか」
「あの時点で西が混乱して貰うわけにもいかなかったんだ。交易は生命線だったし……」
「なるほど、とても政治的な理由で領地を飛び出した。流石は我らが偉大なる領主、アルマン様です。「最近、暴れてないからちょっと暴れてこよう」とか「目撃例のない新種の大型モンスターとか戦いたい」みたいな理由なはずはないですよね」
「…………」
俺は無言で目を逸らした。
シェイラもにこにことこちらを見るだけで深くは突っ込んでは来なかった。
――そういう気持ちが無かったわけではないが調査のためだから……。
≪
スピネルたちの持つ情報からしても≪
これだけの規模のアミューズメントパークを作るのだ。
年単位でのイベントを仕込んでいてもおかしくはない。
どれだけ驚異的な技術でゲームの世界を現実に作ったとしても、目新しさがなくなれば娯楽というのはあっさりと終わってしまう。
だからこそ、本格稼働前に既に開発者たちはある程度その後のイベントを組み込んでいたのだ。
今回の『Hunters Story Ver.1.5』の≪
正常に稼働するなら当然のように移行するだろうと結論を出されていた。
だからこそ、不意にそのアナウンスが流れた時も俺は驚きはしなかった。
そして、その≪
詳細については省くが、概ねスピネルらが教えてくれた≪
新エリアの開放。
新モンスターの開放、新アイテムの開放、新防具と新武具の開放。
あとはうちのルキが作っていた≪アミュレット≫とよく似た≪スキル≫を付与できる≪
装飾品の枠組みで≪スキル≫の拡張性を広げるために更新時に加えられたシステムらしい。
ルキはこれを知らずに作っていた――というわけだ。
いや、正確に言えば似ていたから許されていたとでもいうべきか。
ともかく、新≪スキル≫システムの開放。
あとは――
「ん? もう、こんな時間か」
「お迎えが来てしまったようですね」
執務室のドアの外。
カリカリと何者かが爪でドアを掻いているかのような音が響く。
そのことに俺とシェイラは顔を見合わせて立ち上がりドアを開けると――そこには大きな犬のようなモンスターがそこに居た。
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