第二百八十八話:エピローグ①



〈――エクストラ・クエスト、イベント名「天より出でし創世の龍」のクリアをアナウンスします〉


〈――長い間のテストプレイ、プレイヤーの皆々様方。とてもお疲れさまでした〉


〈――これにより、本施設「楽園」におけるβテストは終了となります。つきましてはこれより、「楽園」は本格的な運営の開始をここに宣言します〉


〈――狩人とモンスターの世界。生と死に満ち溢れた世界唯一のアミューズメントパークをお楽しみくださいませ〉



 そんな「ノア」からのアナウンスが全世界の人間の頭の中に響いて――三ヶ月の時が過ぎた。




「ふう、ようやく今日の分は終わったか……」


「お疲れ様、アルマン。今日は早かったわね」


「俺としてはもう少しやれるつもりはあるんだがな。だが、シェイラの奴が持ってくる仕事を制限してくるから――まあ、それでも多いんだけど」


「シェイラちゃんも心配なのよ。アルマンの身体のこと」


「……そんなに心配することはないんだけどな」


 とは言うもののシェイラは聞かないだろう。

 なにせ、俺に身体がだいぶガタが来ているのは事実だからだ。


「全く、無茶をして」


「必要な無茶さ」


「わかっているわ。帰ってきてくれただけで嬉しい」


 母であるアンネリーゼはそう語った。

 ただ、少しだけ悲しげな表情をしている。


 その視線は俺の左腕だ。

 利き腕の方を失うわけにはなかったとはいえ、やはり無茶をし過ぎたみたいで回復自体はしたものの麻痺が残っていた。

 更に言えば身体全体に時たまに引き攣るような痛み……恐らくは視神経に障害が発生しているとのこと。

 原因としては特異スキルの使用が影響を与えたのではないかという、推測があるが――まあ、俺個人としてはどうでもいいことではあった。


 あれだけの強大なモンスターを相手にするための代償と考えれば安いものだ。

 動きがぎこちなくなっているだけで、日常生活は問題なく過ごすことが出来るのだから望み過ぎというものだと思っている。



「復興もだいぶ進んだわね」


「とはいえ、足りないところだらけだ。帝国全域にどれほどの爪痕を残したというのか」



 滅龍戦争。

 そう巷では一連の事件のことをこう呼んでいるらしい。


 人を滅ぼすように次々に現れた六つの龍。

 そして、最後に控えていた始原の一なる龍。



 人を滅ぼさんとする七つの龍、そしてそれ討たんとする人の英雄。



 まあ、つまりは俺なのだが。

 モンスター代表の龍と人代表の俺の戦争だったのだ、と言われているらしい。

 冗談はよして欲しい。


 そんな滅龍戦争でどれくらいの被害が出たか。

 特に最後の大侵攻と≪アー・ガイン≫のなんて被害が酷いものだ。


 ≪グレイシア≫がここまでの被害を受けるとは思えなかった。

 戻ってきたときに黒炎を上げている街の光景を見て、当時の俺がどれだけ肝をつぶしたことか。


 その後のことはよく覚えていない。

 重傷である身を無理やりに動かし、二、三週間は徹夜で陣頭指揮を執っていた気がする。


 気合と根性で。

 それで一息付ける程度に収まったと思ったらシェイラの謀反を喰らい、睡眠薬で眠らせると屋敷に放り込まれて幽閉される羽目に。



 ――「どちらにしろベットから起き上がれないんだから、何処で仕事をしても良くないか? とりあえず、次の復興予算の資料についてだが――……」



 目覚めた瞬間、口に出した言葉が悪かったらしくシェイラによる監禁指示が発令。

 アンネリーゼらも協力し、俺はこうして今も自宅に捕まっているというわけである。


「復興に関しては長い目で見るしかないわね」


「幸い、今回の件でモンスターの素材は取れすぎるほど取れた。そのお陰でしばらくは狩人に狩りに行かせる必要もない。それにモンスター側もみたいだし……今のうちにある程度形になるまで復興を進めたいところだ。」


 戦いの爪痕は深い。

 死傷者、負傷者は大勢出たし、一般住居、施設、道路などインフラ設備の破壊、そして≪グレイシア≫最大の防衛施設ともいえる城壁の損壊。

 都市一つに限ってもこれで領全体なら、国全体の被害は……となると頭の痛い話である。


 だが、そんな現実にも負けずこの時代の人々は復興に向けて動き出していた。

 それは天月翔吾の時代にはなかった、この時代の人が持っている強さなのだろう。


「まあ、何とかなるさ」


「ええ、そうね」


「それで……だけど、母さん。何か用事があったから呼びに来たんじゃないのか?」


「あっ、そうだったわ。アルマンにお客様なの」


「俺に? ふむ、誰だろう。こっちに回された分の今日の仕事は終わってしまったし、会いに行くとするかな」



                  ◆


「お久しぶりです、ロルツィング辺境伯」


「これはこれは……」


 応接間に居たのは予想外の人物だった。


「フィオ皇子、先に伝えてくれればちゃんと迎えられたものの……」


「いいんだ、此度は仰々しい要件というわけではない。ただの査察というやつさ。辺境伯領は特に被害が酷いと聞くしね。そのついでに寄った――という感じかな?」



 そういう建前で来た、つまりはそういうことなのだろう。



「そうですか。……アンネリーゼ」


「はい」


 俺がアンネリーゼに目配せをすると彼女はフィオと二人きりの空間を作ってくれた。

 ただ皇子として話をしに来た、というわけではなさそうだったからだ。



「父上曰く、「ノア」は最低限の稼働状態を維持したまま、休止状態に近いモードへと移行したらしい」


「休止状態……」


「知っての通り、「ノア」は「楽園」からの管理者からインプットされていたイベントを消化しようと動いていただけだ。それが色々な事情が噛み合って達成することが出来ず、何度もやり直してここまで至ったわけだったが――それも解消され、乗り越えることが出来た。他ならぬ君のお陰でね」


 フィオはアンネリーゼが去ったのを確認すると口を開いた。

 そこから語られるのは今の「楽園」の現状について、立場上一番よく知ることが出来るギュスターヴ三世からのものだろう。


「そういった経緯もあって無事に今までのループしていた現状を脱することは出来たが、その後については……。現在、「楽園」の最上位管理権限を持っている者が存在しない。更には再起動プログラムの影響もあって「ノア」の中に蓄積されていたデータもいったん白紙になった状態だ。本来の仕様によると管理システムとして、蓄積したデータから学習しイベントなどを発生させるプログラムもあったんだけど」


「再起動プログラムのせいで分析するデータ自体も消えた、と?」


「そういうこと。活動の指針を命令してくれる最上位管理権限者も居らず、AIとして自己判断するにはデータも足りていない以上、「ノア」は一旦休止状態に入ったというわけだ」


「なるほど、無事に休止状態に入ったというのなら……まあ、安堵はしてもいいのかな」


「一通りは……と言ったところだろう。最悪、「ノア」のシステムに何らかの致命的な障害が出る可能性もあった。それを考えれば悪くはない終わり方だった」


 そんなフィオの言葉に俺は深く同意した。

 変な話ではあるが結局のところ状況が捻じ曲がり過ぎた結果が今に至っているだけで「ノア」が全ての元凶で倒せば解決かと言われればそうとも言い切れないのが「楽園」の厄介なところであった。

 確かに「ノア」によって多くの問題や悲劇も発生したが、「ノア」が「楽園」という世界の中で重要な役割を果たしているのもまた事実。

 仮に「ノア」が破綻した場合「楽園」そのものがどうなるかはわからないし、俺たちを生かしていた狩人の力の源――E・リンカーもまた「楽園」のシステムの内側の存在なのだ。


「「ノア」に殺されたのと同じくらい、「ノア」に生かされていた――厄介なものだ」


「全くだね。だから、迂闊に干渉が出来ない。≪神龍教≫――エルフィアンたちの協力も仰いではいるけど、どうしてもね」


「そもそも、エルフィアン自体が「楽園」からすれば下位の存在だ。統括する立場である「ノア」への干渉は難しいだろう」


「それでもせめてモンスターの安全制御に関するシステムさえ復活させることが出来ればと知恵は絞っているようだけど」


「まあ、気長にやればいい。変に手を加えた結果、逆戻りになるのは勘弁だ」


「最もだね」


 俺の言葉にフィオはどこかあどけなさを感じる笑みを浮かべた。


 話をまとめるなら一先ず強制で強大なモンスターとのイベントクエスト発生、クリアできなかったらやり直しというクソみたいな環境が改善されただけで、今まで通りにモンスターはプレイヤーを喰らおうとしてくる現状には変わらないらしい。

 とはいえ、≪霊廟≫のプラント施設は壊れてしまったし大侵攻によって多くのモンスターが死んでしまったため、しばらくは小康状態は続く見通しではあるが……根本的に「楽園」の状況が変わったわけではない。


 だとしても、約束された終わりが来なくなったことは――七百年という時を経ての快挙でもあった。

 繰り返した時の中から脱却、未来へ進めたという証明。


 問題が無くなったわけではない。

 それでも少しだけ肩の荷が下りた気分になるのは……仕方ないことだろう。



「やむにやまれず、が生まれるのも――うん、気分は良くないからね」


 フィオのそんな言葉に俺は何となく事情を察したが深くは問いかけなかった。


「……帝都の方なら大丈夫じゃないのか?」


「ん? ああ、そうか……君はそこまでだったのか。冷静に考えてみると言い。本当に辺境伯周辺だけ済むなら、「楽園」をここまで大きく作る必要はなかったわけだ」


「……なるほど」


 続けられた言葉に更に俺は事情を察した。

 今までは時が進まないからこそ考える必要が無かったことに目を向けなくてはいけないらしい。


「βテストの段階は乗り越えた以上、どう進むことになるかは「ノア」の判断次第だけどね。――ああ、勿論そっちも気を付けておいた方がいいね」


「スピネルたちを捕まえて吐かせるとするか」


 どのみち、落ち着いたら聞き出す予定ではあったのだ。

 これからも悩みの種が消えないことに頭を痛めつつも、何処か少しだけ不思議とワクワクする気持ちがある自分に気付いた。



「苦労しかないよね、この世界とこの時代」


「まあ、それが人生というやつなんだろうさ。きっとな」



 この日、俺には一人の友人が出来た。

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