第二百八十四話:最後の力


 自己嫌悪で死にたくなる。

 率直に言ってそんな気分だった。


 エヴァンジェルの様子は明らかにおかしかった。

 いや、彼女の様子だけではなくそれ以外にも変なことはたくさんあった。



 例えばシロのことだ。

 あんなに都合のいいタイミングで俺を助けることが出来たのは何らかの理由があったのではないかと推察することが出来る、


 ≪アー・ガイン≫のことだってそうだ。

 何をするわけでもなく、ただ上空で待機しているというのは異常なことであった。



「エヴァンジェル様は相当に無理をしてハッキング攻撃を行ったんだと思います。……≪龍の乙女≫の力にあれほどの反動があるとは」


「……気にするな、お前が悪いわけじゃない」


 つまりはそういうことなのだ。

 俺は落ち込んだ様子のルキの頭を撫でてやった。


 誰が悪いという話ではない。

 俺はエヴァンジェルたちを守ろうとして、彼女たちも俺を守ろうとしてどうにか九死に一生を得た――それだけのことだ。

 それでもどうしようもなく自らの不甲斐なさを呪う気持ちだけは尽きなかったが……。


「エヴァの容体はどうだ?」


「≪回復薬ポーション≫も投与したんですけど……。どれだけの負担になったのか、回復をするのかは……正直なところ、完全に未知数です。どのみち、こんな場所では検査もままなりません」


「そうか」


 俺は一言、そう呟くと振り払うように改めて口を開いた。



「状況をまとめてくれ。あとどれくらい猶予がある?」


「はい、それではご説明しますね」



 今はやるべきことがある。

 その気持ちには蓋をした。



「現在、≪アー・ガイン≫が動いていないのはエヴァンジェル様によるハッキング、それと再起動プログラムが大きく関与していると思われます」


「再起動プログラム……もう使ったのか」


「エヴァンジェル様ももう少しタイミングを計りたかったとは思うんですけど」


「いや、いい。続けてくれ」


「わかりました。詳しいことは省きますけど現在、再起動プログラムによって「楽園」全体のシステムが一時的にダウンしている状態です。再起動を行うための停止状態、いや小康状態とでも言うべきかな? ともかく、そんな状態で要するに活発には動けないとなっています」


 システムを再起動する以上、一時的に「楽園」内全域のシステムは停止することになる。

 とはいえ、E・リンカーにしてもモンスターたちにしてもシステムの一部であるのは間違いないが、それと同時にスタンドアローンでもあるので完全に停止することはない。


「けど、大本の「ノア」のシステムがダウンしている影響が皆無ということはあり得ません。特に≪アー・ガイン≫は言わばイベント用の特殊なモンスターですからね。そこに更にエヴァンジェルがハッキングによって≪アー・ガイン≫のルーチンプログラムに干渉した結果があの状態だと思われます」


 ルキは空を見上げ、俺も同じように見あげた。

 巨大な雲がかかり、その向こう側を見通すことは難しいが切れ間から僅かに黄金に輝く光が見て取れた。


「攻撃してこない……待機状態とでも言うべきか?」


「再起動が終わるまであの状態だと思います。「楽園」のシステム自体がダウンしているのでエクストラ・クエストも進められないでしょうから」


「なら、今の状態なら攻撃し放題ってことか?」


「それは流石に難しいと思います。システムの一部ではあっても、モンスターの全てがシステムで支配されているというわけではないので。たぶん、攻撃をしようと仕掛ければその瞬間に生物的な反応で自衛行動に移るんじゃないかと推測しています」


「なるほど……」


 俺はルキからもたらされる情報を整理しつつ、端的に一番重要なことを尋ねた。




「それで


「エヴァンジェル様からの情報だとあと十二……いえ、十一分を切ったところです」


「再起動を終えるまでに≪アー・ガイン≫をどうにかしなければ」


「次はありません。再度、同じ再起動プログラムを使っても意味はないでしょうし」


「あれはあくまで現行のシステムの穴をついたもので一発限りだとスピネルも言っていたからな……。となると次が最後のチャンスか」




 ――どのみち、消耗を考えればもう余裕はない……か。


 タイムリミットが近いと明言されるも俺は不思議と冷静だった。

 進退窮まった状況だからこそなのかもしれない。



「ルキ、俺は≪アー・ガイン≫を討つ」


「はい」


「相手に攻撃方法も近づくほどに無茶苦茶になる重力場もそれなりに慣れた。次はもっとうまく戦える。弱点も見抜いた」


「額の七色の輝石ですね?」


「なんだ知っていたのか」


「いえ、エヴァンジェル様が抜き取ってくれたデータのお陰ですよ」


「ああ、なるほどな」


「データによるとあの部分を破壊すれば。そう設計されているみたいです。生物的に死ぬかはさておくとしても破壊された時点でプレイヤーの勝利になるとシステムに組み込まれているみたいで」


「つまりは狙いどころに間違いはないということか。だがな、ルキ問題がある。攻撃力が足りない。――手段はあるか?」


「ふっふー! この天才少女のルキちゃんに抜かりはありません」


 彼女はそう言って≪龍喰らい≫を指さした。

 改めてみるとボロボロになっていたその防具には六つ目の宝玉の輝きが灯っていた。


「これは……」


「アルマン様が寝ている間に作業は済ませておきました」


 ふんすっと腰に手を当てて胸を張るルキ。

 彼女曰く、六つのコアが揃った時にこそ≪龍喰らい≫は完成するとのことだ。


 つまりはようやくルキという少女が望んだ≪龍殺し≫の装備は完成したとも言ってもいい。

 防具も武具ももはやボロボロではあったが。



「これで六つの≪龍種≫のコアの力を手にすることが出来ました。きっと今まで以上の力を出せるはずです」


「今まで以上の力と言われてもな。正直なところ、エネルギーが膨大すぎて持て余しがちだったんだが」


「それについては私とても想定外ではありました。これでも耐久性についてはかなり想定を高く見積もって作ったつもりだったんですけど、内部からのダメージが深刻のようで……」


 ルキ曰く、≪龍喰らい≫にしても≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫にしても一気にダメージが進んでいるのは外部からのダメージによるものも大きいが、それと同じくらいに内部を行きかう≪龍≫属性エネルギーの影響も多いとか。

 外部と内部からダメージを負えば劣化が急速に進むのは当然のことともいえる。

 通常戦闘時程度の消費量ならばともかく、相手が≪龍種≫ともなると俺も余力を保ちつつ戦えるほどに余裕はないわけで。


「なら、エネルギー総量が上がってもそれほど意味がないんじゃないか? 装備が壊れては元も子もない」


「確かに真っ当に戦うならば欠点ではありますけど、どのみち時間がもうない以上は後のことを気にする必要はないでしょう?」


「それは……確かに」


「それに六つ全ての使用が出来るようになって初めて使えるギミックを当然搭載しています!」


 ルキは相も変わらずロマン枠な少女であるらしい。


「こういう一発火力に関してはちょっとした一家言あるのがこのルキちゃん。むしろ、仕込んでいないとでも?」


「まあ、何かはあるとは思っていたが」


 いつもなら心配しかない火力偏重主義の悪癖であるがこういった時には頼もしくなる。




「では、説明しますね。装備の状態を考慮すれば一発限りの切り札ですけど、アルマン様ならきっと使いこなせますよ」



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