第二百八十三話:献身


 誰にも言っていないことがある。

 それは≪龍の乙女≫を使う際の代償についての話だ。


 そもそもがエルフィアンとしての特性とE・リンカーの偶発的なバグに近い形で発言したスキルだ。

 何らかの欠陥があってもおかしくはなかった。


 むしろ、ある方が正しいだろう。


 だから、それを知った時に隠した。

 ようやく彼の役に立てると思ったのにきっと知れば優しいから自分だけでどうにかする道を探すだろう。


 そんなのは認められない。

 君を一人にはさせない、僕を……共に戦わせてほしい。



 だからこそ、だ。



 ≪イクリプス・メテオ≫を見た時、

 彼が倒すためではなく僕たちを守るためにそれへと挑みかかる姿を見て、



 僕は決心をしたのだ。



 今まで無意識にしていたリミッターを解除し、「楽園」のシステムへとハッキングを仕掛ける。

 時間はない、一瞬で勝負を仕掛けるしかない。


 一帯が攻撃範囲に入っていることを察し、退避を促しているルキが今はただ煩わしい。


 思考が加速する。

 リミッターを外したハッキングによってて膨大な情報処理を行い、≪アー・ガイン≫へと干渉を行う。


 スペックデータはさっき確認できた。

 まだ未完成な≪アー・ガイン≫の防壁ならばハッキングは不可能ではない。


 とはいえ、こちらは「ノア」からの電子攻撃からも施設を守らなければならないし、更には今の状況……一秒たりとも無駄にできる時間はない。



 そのためには後先のことなど考えていられない、僕はただただ≪龍の乙女≫を――使った。



 加速する、加速する、加速する。


 世界が、意識が、光になって目には見えない……だが、確かにある「楽園」のネットワークを駆け抜けていく。


 一秒が一分に、一秒が一時間にも感じられるほどに全てが引き延ばされていき――


 ずきりっ、と痛みが走った。

 最初は頭、次に腕、脚、眼、指先……至る所が痛みを発していた。



 これが≪龍の乙女≫という力の代償。

 元々が偶発的に生まれたものなのだ、どうにも酷使すると反動が来てしまうらしい。


 僕の中に流れているE・リンカーが膨大な情報処理に耐えきれず暴走している……ということなのだろうと推察している。


 ルキに相談しておけばもっと詳しく分かったかもしれないが、彼女は間違いなく彼に話してしまうだろうと思い、僕はこのことを胸に秘めることにした。



 そして、その甲斐はあったのだと思う。

 こうして、僕は――



「ありーを……たすけら……れるから……ね」



 いよいよ痛みは全身を襲い、まるで身体の中から……あるいは頭の中を直接焼かれているような感覚が奔る。

 世界が明滅し、歪み、聞こえていたはずのルキの声も聞こえなくなる。



 世界が白く染まっていく。



 ああ、やばいな。

 なんて思った。


 意識が解けて崩れていきそうになるのを感じながら、それでも≪龍の乙女≫を使い続ける。

 

 そして――



                   ◆



「エヴァ……」


「……やあ、ありー」


 エヴァンジェルが目を開けるとそこにはヘルムを外したアルマンの姿がそこにあった。


 見たことのない顔だ。

 いつも何かを背負い、領主として貴族として英雄として……そう生きてきた大人びた彼には似合わない弱弱しい顔だった。


「ちょっと……むりしちゃっ……かな?」


「ああ、後でしっかりと説教をすることになるな」


「はは……それは……こわいなぁ。ありーだって……ぼろぼろじゃないか」


「いいんだよ、俺は。慣れているんだから」


「よくなんて……ないさ。よくなんて……ないんだ……」


 エヴァンジェルはうわ言のようにつぶやいた。


「へんなはなしだ……ぼくはね、ありー。きみがはなして……くれたものがたりがすきだった。とても……わくわくして、かっこよくて……あのときのぼくをささえてくれた」


 今は亡き故郷を思う。

 アルマンが戯れに語ってくれた物語は確かにエヴァンジェルの活力を与えてくれたのだ。


「そして、きみはいつのまにか……まるでものがたりのえいゆうのような、そんなひとに……なっていた。とってもおどろいた、それで……こんやくしゃ……なんてなれて、うれしくて……ずっとありーをみれるんだって――でも、いつからだろう……きずだらけになる……きみをみていられなくなった」


 理由はわかっている。

 言ったところでどうしようもないことも、エヴァンジェルはわかっている。



「だから――」


「ありがとうな、エヴァ」


「……うん」



 アルマンは何も言わなかった。

 言いたいことならば色々とあったが……今は一先ず呑み込んだ。


 愛おしそうに彼女の顔を一撫でしようとするも、自らが武骨な防具を着たままだと思い出し、空中で停止してしまった。

 そんな彼を見て僅かに身をよじらせ、エヴァンジェルは自ら頬を摺り寄せた。



「えいゆうだったありーがすきだったのに……えいゆうなありーが……いまはきらいなんだ」


「……すまない」


「わかっ……てる。ありーにそれいがいのみちなんて……でも、きずついてほしく……ないんだ」


「――俺もだよ」



 アルマンはゆっくりとエヴァンジェルの頭を撫でると優しくまた彼女の体を横たえた。

 そして、意を決したかのようにボロボロのヘルムを被り立ち上がった。




「……いくんだね?」


「ああ、俺にはこうとしか生きれない。選択肢なんてなかったような人生ではあったけど、自分で歩いてその内に色々と捨てられないものばかりを背負うことになってしまったからな」


 後悔はあるかと聞かれればあるとアルマンは答えるだろう。

 もっとうまくやりようがあったのではないかと、いつも考えてしまうのだ。


「俺には戦うことしかできない。戦って勝利することが――英雄としての俺の役目だ」


 この閉ざされた世界を進めることを期待された英雄。

 ただ多くの強大なモンスターを討ち屍の山に築いた結果、そう呼ばれることとなった英雄。

 領主として領地と領民を脅かす外敵の悉くを滅したが故の英雄。


 どれもがアルマン・ロルツィングのことを指し、そして期待されている英雄としての在り方だ。


「だからエヴァに嫌われたとしても俺は英雄としての役目を捨てることはないだろう」


「……ばか」


「ああ、馬鹿だと思うよ。ただ……そうだな、英雄は捨てられないけど戦うために理由は変えることは出来る」


 アルマンはただ言った。





「――「君のための英雄」として戦ってくるよ。すぐに終わらせてくる」


「……ほんとうにばかだね」





 エヴァンジェルは笑った。



「るきに……ぜんぶつたえた……だから、あとは……」


「任せろ。フェイル、エヴァのことをよろしくな?」


「うぉん!」



 答えるように鳴いたけフェイルを声を背に受けながら、アルマンはやや足を引きづるようにして歩き出した。

 エヴァンジェルは上手く機能しない眼を必死に開けてその後姿をただ見続けた。



 見えなくなるまでずっと。




「かえって……きてね……」




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