第二百八十二話:残照



 ――「本当に行くの? 無理をしなくても……」



 ああ、わかる。

 これは昔の記憶だ。

 天月翔吾としての記憶ではない。



 俺の――アルマンとしての記憶。



 ――「これは必要なことなんだよ母さん」



 もっと詳しく言えばになって間もない頃の記憶。

 アンネリーゼが心配そうな顔で俺を見つめていた。


 ――「でも、まだアルマンは子供じゃない。領主としての仕事だって色々とあるし、学ぶことだってたくさんあるのよ」


 ――「わかっている。そっちも勿論、ちゃんと勉強するつもりだ。でも、子供だからこそ重要なんだ」


 俺たちが≪グレイシア≫に来て間もない頃の話だ、ろくに説明もされないままに辺境伯領を治める立場になるも無い無い尽くしでこれからどうしたものかと悩み、そして俺は一つの結論に至るしかなかった。


 ――「僕たちには何もない、後ろ盾も伝手も何もない。あるのは貴族という立場だけのただの他所者でしかも僕に至ってはただの子供だ。そんなの誰も話なんて聞いてくれるわけがない。特に≪グレイシア≫のような狩人の街では」


 ――「それは……」


 ――「……だからこそ僕は狩人になるしかないんだ。恐ろしく危険なモンスターが蔓延っている辺境伯領では名ばかりの貴族の地位なんてものに大した意味はない。重要なのは力、その証明だ。モンスターという脅威に立ち向かう実績を為してこそ、子供である僕でも信頼関係を築くことが出来る」


 その日は初めての狩猟に出かける日だった。

 勿論、口ではそういっていたものの実際に狩猟に出かけるなんて嫌で嫌でたまらなかった。

 ゲームでもないのに自分より遥かに大きなモンスターと殺し合いをしたいなんて誰が思えるだろう。


 だが、現実としてそんな世界に生まれ、更にはここがゲームである『Hunters Story』の世界ならば物語の中心地ともいえる≪グレイシア≫の地にまで来てしまった。

 ストーリーが始まればそれこそ一つの街なんて簡単に滅ぼすような超級のモンスターが襲ってくるという未来、その可能性に怯えていた俺には怠惰は許されなかったのだ。


 この世界にプレイヤーは――主人公はいるのか、居てくれれば倒して貰えば安心はできる。

 だが、ストーリーが起こるかもわかないし、ゲーム主人公に関して明かされている部分は殆どないので調べて存在を確かめることも出来ない。

 ここまで世界が似ていて≪龍種≫などのモンスターは存在しない、というのは甘い想定だろう。


 兎にも角にも折角領主という立場になったのだから、出来るだけ≪グレイシア≫を強くすればいい。

 いや、しなければ危険なモンスターが多い狩りゲー世界の中心地では安心が出来ない。


 とはいえ、俺はまだまだ子供でどれほど理屈をもって説いたところでまともに聞いてくれるかは怪しいものだ。

 時間をかけて信頼関係を築いていく……それじゃあ、時間が足りなくなる、≪グレイシア≫を強くする時間が。



 だからこそ、俺はこの日、狩人になろうとしていた。

 いや、なるしかない。

 ならなければならない、でなければ……そんな感じの後ろ向き全開の内心だった。



 ――「アルマン……気を付けてね? 無理をしちゃだめよ?」


 嫌で嫌でたまらない。

 モンスターに殺されるというのは食われるということだ。

 殺された後で食われるならまだしも、息があるうちに食われたら嫌だな……なんて嫌なことばかりが頭をよぎり前の日は眠れなかったものだ。


 ――「任せて母さん。僕は狩人になる。そして立派な領主になってみせるよ。」


 嫌で嫌でたまらない。

 きっと一人では耐えきれなかった。

 でも、俺にはアンネリーゼが居た。

 居たからこそ逃避の道ではなく、可能性を切り開くための道を選ぶことが出来た。


 なんてことはない、家族を守りたかったからだ。


 そして、もう一つ。

 ≪グレイシア≫に向かう前、街であった少女――エヴァンジェルのことが頭に過っていた。


 適当に『Hunters Story』のストーリーを面白おかしく話して聞かせただけの関係、ちょっとした気分転換のつもりだった。

 だが、彼女はただの創作でしかない物語を目をキラキラと輝かさせて聞いていたっけ。


 そんなことをふと思い出した。


 嫌で嫌でたまらなかった。

 そんな感情がいっぱいで俺は初めての狩猟へと赴いた。



 けれども、そうだ。



 確かにそれが大半を占めていたのは事実だったが……ああ、そうだ決してなかったのだ。



                    ◆



「――ルマン――」


「――お――くだ――」


「――をさま――い――」


 声が聞こえる。

 熱い雫のようなものが俺の頬に落ちた。



「お願いだから……私を一人にしないで……」



 その感触に意識がゆっくりと浮上し、目を開けるとそこにはくしゃくしゃな顔をしたルキがそこに居た。


「……アルマン様?」


「……ははっ。酷い顔をしているな」


「起きて一言目がそれの方が酷いですよ……ぐすっ」


 天真爛漫という言葉がルキほど良く似合う少女も居ないと俺は常々思っていた。

 良くも悪くもいつも騒がしい女の子、だからそんな顔で泣いているのがとても珍しく思えて……ついうっかりと零れてしまった。


「ああ、違いない」


 ルキの言葉に同意しながら俺の思考力はようやく戻ってきたらしい。

 徐々に鈍っていた頭が動き始めた。



「俺は生きているの……か? あの状況からよく生き延びたと思うが――っぅ!? どれぐらい眠っていた? 状況はどうなっている? それから――」


「あわわ、動かないでください! 重傷なんですからね!? 手持ちの回復用のアイテムは予備も併せて使い切っちゃったほどなんですから! 普通に心臓は一度止まってましたし」


「そうか……」


「≪龍喰らい≫がこれだけ壊れるなんて余程の攻撃を受けたんですね」


「これでも直撃は何とか避けたんだがな……それでもこの様だ。気を失って落ちるところまでは覚えていて――そこからどうやって助かった?」



 どうしたってあの状況から助かったのか目覚めたばかりというのもあるのだろうが俺には想像もつかなかった。

 何せ上空で意識を失って自由落下をしていたのだ、仮に気づいたルキたちが地上で何をしようと助けられる術なんて――


 と、そこまで思考が回ったところで倒れた状態から上半身だけを起こした俺はようやくすぐ後ろに何者かの気配を感じた。

 人ではない……強大な存在感。


 狩人としての感覚が捉え、なぜもっと早く気付かなかったと振り向くとそこには大きな口が避けられない距離に迫っており――


「その子が助けてくれたんですよ」


 ペロリッと生暖かい長い舌で俺の顔面を舐めた。


「…………」


 そこには居たのは真っ白な≪リンドヴァーン≫、エヴァンジェルが「シロ」と名付けたモンスターがそこに居た。


「お前が助けてくれたのか……」


 あくまで移動手段として利用しただけのつもりだったのですっかりと忘れていた。

 てっきりもう別の場所へと飛び去っていたのかと思っていたのだが……。


「アルマン様が眠っていたのは大体三十分ぐらいです」


「三十分も……俺としたことが。それで状況は?」


「……地上の様子は見ての通りです」


 ようやく辺りの様子に気が回る程度には余裕が回復してきたので、俺はシロの鼻先を撫でながらも周囲を見渡した。



 そこには凄惨たる光景が広がっていた。



「ここは場所的に何度か出入りをした≪霊廟≫の遺跡の出入り口の近くです」


「ここが……か?」


 そうルキに答えられても俺には実感がわかなかった。

 無数の瓦礫や土砂が至るとこに散らばり、遺跡自体も建物の形は残しているが半壊している。

 更には周囲を見渡すと無数の大小さまざまなクレーターのようなものも確認できる。


 見るも無残に様変わりした光景が広がっていた。


「アルマン様が≪イクリプス・メテオ≫の一部をどうにか砕いてくれたお陰で、大きな流星群は遺跡には直撃しませんでした。まあ、破片とか無理でしたし周囲の渓谷が落下の衝撃で崩れて山崩れみたいなものを起こして大惨事ではあったみたいですけど……幸運にもここまで影響はなかったようです」


「そうかそれはよかった」


「ここ以外がどれぐらいの被害を受けているかはちょっと考えたくないですけどね。軽く見積もっても一帯の地形が変わる程度の被害は攻撃範囲全域で発生したと思いますけど……」


 ルキの言葉の通り、これほどの被害でも俺が何とかしようとした分軽減されているのだ。

 それがなく普通に落ちた場所の被害を考えると……。




「そこら辺は今は考えないようにしよう。それよりも≪イクリプス・メテオ≫? なんだそれは……いや、≪アー・ガイン≫のあの攻撃のことなんだろうが何故そんな技名を――って、そうだ! ≪アー・ガイン≫はどうした?! 三十分の間、≪アー・ガイン≫は……」


「そのことについてなんですけど……こちらへ」


「……どうした? 何があった」


 不意に俯くように下を向いたルキに俺は猛烈に嫌な予感がした。



「――エヴァはどうした?」


「そのことも含めて……こっちです」



 多くを語らない彼女の様子に不安が増した。

 ルキに促されるように俺は立ち上がりついていく、動くと軋むような痛みを感じるが苦にはならなかった。


 最悪な可能性が脳にちらつく。

 それを必死に否定し、俺は亀のような遅さでルキの後をついていくと程なくしてその場所に到着した。


 周囲の様子と見比べると比較的綺麗な開けた場所、そこにはフェイルが寝そべっておりエヴァンジェルは彼に寄り掛かるように横たわっていた。


「エヴァ――」


 意識なく倒れている姿に一瞬ドキリとするが、狩人の鋭敏な聴覚は確かに微かに行っているエヴァンジェルの呼吸の音を捉え、俺はひとまず安心した。

 ルキもそうだが色々と大変だったのだろう、相応に薄汚れてはいるが見た限りでは大きな怪我もない。


「よかった、無事だったか……大丈夫か、エヴァ? ――エヴァ?」


 慌てて近づいて呼吸を確かめ漸く安心できた俺は改めて意識を失っている彼女の様子を見て――気づいた。



 



 エヴァンジェルは確かに肌は白く、美しい白銀色の髪を持った少女ではあるがこの白さは異様だ。

 肌は青白く、更には美しかった白銀色の髪色はどこかくすみ灰色に近い色合いになっていた。




「エヴァ……どうした? 何があった? こんな……」


「アルマン様、≪アー・ガイン≫はまだ上空に居ます。ただ、居るだけで何をするわけでもなく浮かんでいるだけで――たぶん、あの時にエヴァンジェル様は何かをしたんだと思います。――アルマン様を助けるために」




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