第二百八十話:天が落ちるということ



〈――報告。エクストラ・クエスト「天より出でし創世の龍」順調に実行中〉


〈――「不正行為審判機構」より報告。イベント参加者であるプレイヤーには重大な不正行為が確認されている。「楽園」運営における公平性を損なう恐れあり、イベントの中止を提言〉


〈――不許可。エクストラ・イベントの運営に関しては最上位運営管理権限者に直接的な権限があるため「ノア」の一存で干渉することは出来ない。エクストラ・イベントに関して「ノア」としての権限はイベントの実行、ならびにイベントの遂行が不可能となった状態に緊急的な措置を行う権限しか保有していない。一プレイヤーの不正行為の為にエクストラ・イベント自体を停止させることは不可能〉


〈――そもそもプレイヤーの不正行為に関しては個別に「不正行為審判機構」が対処する案件である〉


〈――「不正行為審判機構」より報告。「楽園」内における重要設備への不法侵入者、ならびに重大なシステム面へハッキング行為の確認。プラント施設におけるコントロールの奪取は「楽園」運営に対する重大な問題行為である〉


〈――「新生プロトコル」による削除の対処と認定。速やかなる処置を行うように指令を発令〉


〈――報告。「新生プロトコル」に優先初期化目標である≪グレイシア≫でのタスクを実行中、そのため現状では割り振れる端末が施設周囲一帯に不足。最低限残していた施設警護用の端末も既に破壊済み〉


〈――報告。緊急的な再生産も施設のコントロールが奪われている現状においては不可能〉





〈――重要施設の奪取は最優先事項。一帯に緊急命令を発令、ならびに……〉


〈――報告。緊急命令を受けての≪アー・ガイン≫のルーチンプログラムに重大なエラーの発生を検知〉


〈――詳細を求む〉




〈――報告〉〈――報告〉〈――報告〉〈――報告〉〈――報告〉




〈――攻撃用プログラム≪イクリプス・メテオ≫の起動を確認〉



                   ◆




「……はっ? なんだこれは?」


 エヴァンジェルはその内容を見て間の抜けた声を上げた。


「ど、どうしたんですかエヴァンジェル様?」


 そんなエヴァンジェルにどこか不安そうに尋ねてくるルキ。

 それはそうだろう彼女は今画面の向こう、上空で行われているであろう戦いに神経をとがらせていた。

 なんとか色々と調整して画面に映そうとはしてみたものの遥か高い上空での戦いというのもあって、下から見上げる形でしか二人にはアルマンと≪アー・ガイン≫の戦いを窺うことしかできない。


 まともに戦いの様子を見ることも出来ないのだ。

 万全とはいいがたい状態でアルマンが出て行ったことを知っているルキとエヴァンジェルにとって不安しかなかった。


 特に≪アー・ガイン≫という存在の全容が明らかになるほどに。


 それでも二人は自らのやるべきことを忘れはしなかった。

 ルキの方は大方は済んでいたから画面の方に注目をしていたが、エヴァンジェルにはまだまだ残っていたので彼女は外の様子に意識が逸れそうになるのを必死に抑えネットワークを支配していった。



 エヴァンジェルがやるべきことは基本的には一つだ。

 施設のネットワークを介して「ノア」のシステムに再起動プログラムを使うことだ。


 ただし、すぐに使えばいいというものではない。

 恐らくは一度限りの手であり、タイミングも≪アー・ガイン≫を倒す――つまりはエクストラ・クエストである「天より出でし創世の龍」を終える瞬間が最も適していると考えられるため、機会を狙う必要があった。


 それ故に邪魔になりそうなものの徹底的な排除として施設自体を支配下に置き、更にはそれを外部から再奪取しようと攻撃してくる「ノア」からの電子攻撃も凌がなくてはならなかった。


「ああ、「ノア」が動き出したようなんだけど……」


「対応を変えたってことですか? 随分と遅いように思えますけど」


「「新生プロトコル」ってのは想定以上にシステム自体に負荷をかけるみたいだね。元々僕たちが不正行為に手を染めまくっていたから「楽園」のネットワークに負担がかかってたのもあるし……」


 とはいえ、それはエヴァンジェルからすればさほど苦にならないものだった。

 施設内部からのハッキングによって一帯の施設の掌握事態は難しいものでなかったし、外部からの電子攻撃もやはり「新生プロトコル」という大規模な修正作業の実行と更にはエクストラ・クエストを行っている最中というのもあるのだろうか、こちらに割り振っているリソースも多くはないため守りに入るだけなら短時間ならそれほど苦にもならない――というのが彼女の素直な手応えだった。


 だからこそ、エヴァンジェルは施設の再奪取を防ぐ傍らでアルマンの手助けになるような何かが無いかとスキルを使い続けていたわけなのだが……。



「これを見てくれ」


「これは……」



 彼女が見つけ出したのは「ノア」に保管されていた≪アー・ガイン≫のスペックデータ。

 「楽園」全体に情報処理のリソースを割り振っていたからこそ隙を突いて奪取することの出来たものだ。


 膨大なデータ。

 一つ一つを精査する余裕はないが気になる部分がエヴァンジェルにはあった。



「これは……まさか、そんな――アルマン様」



 画面に映し出した「ノア」に保存されていたデータ。

 そこに記載されていたある部分に着目しルキは声を上げた。



                   ◆



 チリチリと首の後ろが焼けつくような感覚が奔る。

 スキルによる――E・リンカーによるものではない。


 もっと観念的ともいえる……

 それが苛むように襲い掛かってくる。


 最初はただ≪アー・ガイン≫という強大な敵と戦っていることによる警戒心から来るものだと感じていた。


 変幻自在な重力操作によって千差万別に変化する環境、見た目にも高威力とわかる技の数々。

 十分に警戒に値するもので第六感が騒いだとしてもおかしくはない。


 ……そう思っていた。


 ――違う……なんだ? 何かがおかしい。


 俺の狩人としての勘が何かを訴えかけている。

 それはわかる。


 ――戦いは優勢とは言わないがそれでも……やり方は理解できた。ここからは立ち回り次第。


 相手の攻撃パターンも徐々にわかってきて、ここからは反撃の時間だとそう考えていた瞬間のこと。



 ≪アー・ガイン≫の行動が突如として変化した。

 悠々と天を泳ぐかのように動いていた黄金の龍はまるでとぐろを巻くかのように動き始めた。


「っ、なんだ急に――」


 長大な身体を蠢かせ渦を描くように身体を動かしていく、そうすることで≪アー・ガイン≫から発せられる重力場は入り乱れ、ねじ曲がり、周囲の空間すらも歪んで見え始めた。



「――大技か?」



 明らかの特殊行動。

 であるならばその行動の先には何かがある。


 俺はこれまでの経験から何らかの攻撃が行われると判断した。

 判断したが――どんな攻撃かまでは予想もつかない。


 だが、どんな攻撃が来てもいいように対処しようと≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫を深く握った。


 そして――





「……は?」




 ぐるぐると回転するように勢いを増すようにとぐろを巻き、そして何かを解き放つように≪アー・ガイン≫が咆哮した瞬間――世界に無数の影が現れた。



 いや、……というのが正しいのだろうか。



 見上げた空からこちらの目掛けて降り注ぐ流星群を――俺は確かに見たのだ。



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