第二百七十九話:神話に挑むということ②


「≪陽炎≫は……効いた。見えている者に反応したのか、それともモンスターとして組み込まれているヘイトのシステムだからこそか? なら、こうすれば――」


 ≪陽炎≫で生み出した分身を散らせると、同時にそれを追うように≪アー・ガイン≫の攻撃が降り注ぎ、一瞬で俺の分身は掻き消えた。

 自身の姿をしたものが押しつぶされて消えるのはもの悲しいなにかを感じたが……それでも確かな情報を得ることは出来た。



 どれほど強大でもやはりモンスターという区分ではあるらしい。

 特殊な位置づけのモンスターであるが故、チートの一つや二つあってもおかしくはないと思っていたがこれは助かる情報だった。




「≪陽炎≫が効くなら――こうだ」




 大量に≪無窮≫に使っていたエネルギーを≪陽炎≫に割き、俺は分身に紛れるようにして瓦礫を足場にして一気に近づく。

 分身とはいえただの幻影のようなもので頼りないもの。

 とはいえ、それが≪アー・ガイン≫の基礎的なルーチンが他のモンスターと同じ、つまりはシステム上同一のものであれば当然のように幻惑され、無数に増えた的に対して大雑把な広範囲の攻撃を放った。


 空中に突如として発生した黒いエネルギーの球体。

 発生すると同時に放たれたそれは周囲の瓦礫を巻き込むように渦となり、その直線上にあった全てを破壊して突き進んでいった。


 恐ろしい力だ。



「あれは……重力の渦なのか?」



 強いて名をつけるならば重渦球グラヴィティ・ホールとでも呼ぶべきか。

 高密度の重力を発するエネルギーを核とした攻撃だ。

 渦を巻くように回転しており、周囲のものを引き寄せて破砕する。


 とてもではないがまともに受けてしまった場合、無事で済むとは思えない。


 ≪アー・ガイン≫とはいえ上位防具をしのぐ性能を誇る≪龍喰らい≫を着ている以上、ある程度は耐えるとは思いたいが一撃をしのげたところで気を失いでもしたらそのまま落下死だ。


 故に絶対に攻撃は受けるわけにはいかない。


「やっぱり攻撃技の一つや二つ持っているよな。でも、残念外れ。本物はこっちだ」



 自身の目の前の俺たちを丸ごと吹き飛ばすも、それがただの分身であったことに気付く――よりも早く、



 ――≪無窮≫、≪龍氣≫



 瓦礫を飛び伝い、頭部を狙える場所に移動した俺は一気に最大に加速する。


 ――さっき攻撃した時に分かった。あいつは自身でも重力を発生させている。


 斬り付ける際に≪アー・ガイン≫の身体に飛び乗った際にそれを味わった。

 まるで重力が何倍にもなったかのような感覚、それがどんどんと強くなるのだ。


 ≪アー・ガイン≫の巨体さを見て、いっそ飛び乗ってザクザクと斬り付ければいいのではないかと最初に見たとき、俺は思ってしまったのが当然のように対策されていたわけだ。

 慌てて脱出したものの、あのまま動けなくなったらたぶん何かしらの攻撃がされていたのだろう。


 回避も防御も不能というやつだ。


 だから、ふと思いついた作戦に関してはさっさと放棄することにした。

 とはいえ、だ。



 ≪アー・ガイン≫そのものからも発生している高重力……それを利用する手の思い付き、というものだって無いわけではない。




「利用させて貰う! 狩技しゅぎ――≪落陽一刀≫」




 一度大きくジャンプを行い、落下を利用することによってダメージを跳ね上げるという≪大剣≫用の狩技。

 とはいえ、単一での攻撃の威力は確かに一番ではあるのだが隙がやたらと大きく、また当てづらいという……言わば魅せ技に近い技だが、この状況においてなら特にさほどデメリットはない。



 ただ、≪アー・ガイン≫目掛けて落ちていく。

 重力を放っているが故に飛び掛かった攻撃は落ちていく一撃になるしかない。

 ≪アー・ガイン≫の図体が大きいせいもあり、七色の輝きを持つ宝玉のサイズもかなり大きい、それ故に狙うこと自体は楽ではあった。



 ≪無窮≫による加速と重力の助けを借りて叩き込まれる重撃。



「―――っ!!」



 ただの一撃で破壊してやろうと言う気概で渾身の力を込めた一撃だったが、それは硬質な感触と共に阻まれた。

 異様と言ってもいい強度、流石にそう簡単には如何ないらしい。


 とはいえ、



「確かに……届いたぞ!」



 ≪アー・ガイン≫の巨体が確かに身悶えするかのように蠢いた。

 今まで行った攻撃では身じろぎ一つもせず、意にも介さなかった超大型モンスターが確かに俺の攻撃に対して反応を返した。



 やはり、弱点はここで間違いないらしい。



 その確信を得られた。

 間髪入れずに再度攻撃を行おうと踏み込もうとするがそれよりも早く、≪アー・ガイン≫はその首を勢いよく振って俺を弾き飛ばした。


「――ぅおっ!? そう上手くは……」


 咄嗟に耐えようと思ったが何しろ大きさが大きさだ、単純に首を振るという動作だけでも凄まじいほどの遠心力がかかり、更に言えば≪アー・ガイン≫から発せられていた重力の方向性も外側に指向性が向いたため、俺はあっけなく飛ばされてしまった。

 とはいえ、この程度のことは予想の範囲内。

 俺は速やかに体勢を整え、瓦礫の一つに墜落するように着地した。



 その着地した隙を狙うかのように≪アー・ガイン≫はその巨大な口を開いた。

 口腔の奥から覗く、昏い暗黒色のエネルギーの収束――≪龍種≫の十八番と言ってもいいブレスの前動作。



 ――≪無窮≫



 いったいどれほどの規模の攻撃なのかもわからないため、その射線上から限界まで逃れようと全力で加速し、その刹那――




 黒々とした魔光の奔流が空を切り裂いた。




 直線上にあった瓦礫や雲など、ありとあらゆるものを消し飛ばしたその光の波濤はもはやブレスと称していいものなのかすらもわからない。

 ≪シャ・ウリシュ≫や≪ザー・ニュロウ≫のブレスも中々に迫力のあるものだったがこれはものが違った。

 ≪ジグ・ラウド≫の山に大穴をあけたブレスならば比較対象にはなりそうだが……。



 とにかくわかったのはあれは一発アウトの即死技だ。

 プレイヤーではどれだけ防御力を上げても受けきれない攻撃、というのも確かに存在する。

 あれはそういった類のものなのだろう。



 冷や汗が思わず出てしまうが同時に確信も出来た。



 ――狙うべき弱点も明確だし、ブレスも強力だがその分、動作もわかりやすい。≪陽炎≫の陽動も効くということは基礎的なルーチンやシステムも同じ。確かにクソゲー自体は強いられてはいるが……攻略法はちゃんと用意されている。



 馬鹿げた存在ではあるものの、それでもやはり遊びの為に作られた怪物なのだ。

 だからこそ、キチンとしたつけ入るスキも存在している。



 それを確かに感じ、俺は≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫を深く握り込むと再度≪アー・ガイン≫へと挑みかかった。

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