第二百七十八話:神話に挑むということ①



 戦いというのは常にどれだけ情報を制することが出来るか、ということに尽きる。


 俺がこれまでこの世界において成果を上げられたのは天月翔吾としての記憶によって、「楽園」の元となった『Hunters Story』の様々な知識、そして実際にVR空間での戦った経験という情報があったからこそ。


 ……いや、流石にここまで頑張ってきたわけだし少しぐらいは俺が凄かったからだと自惚れることにするとしてだ。



 狩猟で勝ち抜くために重要なのは情報。

 だからこそ、俺は一つずつ積み上げていく。



 ――こうしてみるとデカいな……超大型のモンスター。ゲーム内ならともかく、この巨体が宙に浮いて飛んでいる光景だけでただのファンタジーじゃないか。


 現実感がない、それほどに≪アー・ガイン≫は巨大だった。

 東洋における龍の如く、大蛇のような長い身体は一見してその全体像を把握することすら難しい。

 尾の先端までの長さはおよそ数kmは有ろうかという長大かつ、幅自体も相当な威圧感がある。


 ――≪ジグ・ラウド≫も実際に見たときは相当に驚いた巨体だったけど、それがまさか空を飛ぶとは……。


 歩くだけで地響きを一帯に起こした溶獄龍、それと並ぶほどのモンスターが天を征く姿は確かに神の如き光景ではあるのだろうが……。


 ――こんなの倒せるわけがない……どれだけ攻撃すれば倒せるんだこいつ。


 分類上、大型の武具である≪大剣≫である≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫が頼りなく感じる。

 ≪アー・ガイン≫の巨体と比すれば爪楊枝ほどの大きさにしかならないだから仕方ないだろう。


 ――大きさだけなら≪ジグ・ラウド≫だって負けてないけど、アイツはゲーム内で何度となく戦って倒した経験があるからな……。


 対して≪アー・ガイン≫は初めて戦う相手であり未知の部分が多い。

 わからないところが多すぎるが故に、目に見えるその大きさという特徴が俺に二の足を踏ませる。


 ――……落ち着け、確かにこいつを討伐するのは難しいかもしれない。けれど、放送で言っていたイベントの内容、「天より出でし創世の龍」の勝利条件は退であると明示されていたはずだ。これが遊興として用意されたイベントである以上、必ず勝利する手段は用意されている。


 事実として≪ジグ・ラウド≫の勝利条件は討伐だったが、普通の大型モンスターと違い、超大型モンスター戦はイベント戦の色が濃いので勝利条件が特殊で討伐ではなく、撃退であることは珍しくはない。


 それを考慮するなら≪アー・ガイン≫とてそうだろう。


 ――まあ、そこら辺がバグっていなければ……の、話だけど。


 その点に関しては祈るしかない。

 これほどの強大な超大型モンスターを一人で討伐するよりかは、撃退条件を見つけ出して狙った方が賢明ではあるはずだ。


 となると次に考えるべきはどう撃退させるべきか、というものだ。


 通常のモンスターなら普通に攻撃を与え続けダメージを蓄積させていけば倒せるわけだが、撃退するタイプのモンスターだと特殊な条件を満たす必要がある。

 今回のような超大型モンスターの場合だと普通に攻撃するだけではだめで、どこか急所となる部分を正確に攻撃しないとダメージが通らない……などがある。


「っち! やっぱり駄目か……」


 試しに≪煌刃≫を使って斬り付けてみたものの、黄金の鱗は異様に固く、更にその下の筋繊維も強靭、斬撃自体は通ったものの血もろくに出て来なかった。


「最大威力なら……いや、無理か。そもそもの大きさ自体が違い過ぎる」


 ≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫で百回斬り付けたところで倒せるとは思えない……そんな手応えだった。

 このまま続けてもこちらの体力が尽きる方が先だろう。


 となるとやはり正攻法を探るしかない。


 ――一番の弱点っぽく見えるのはやはり……あの額の七色の宝玉みたいな部分かな。


 あからさま過ぎるとは思うが元がゲームのモンスターとして創作された生物なのだ、見た目にわかりやすい弱点があってもおかしくはない。

 大体、それっぽいのを狙えば正解なのだ。


 ――頭部が弱点ってのは大抵のモンスターに共通していることだからな……。だからこそ、厄介ではあるんだけど。


 頭部に弱点があるということは必然的にプレイヤーは敵と正面から相対しないといけなくなる。

 そうなると敵のモンスターからしてもプレイヤーを攻撃しやすいということでもあるわけだ。


「……っ! このっ!」


 無数に浮遊する瓦礫を足場にし、≪アー・ガイン≫の頭部へと向かおうとするがそんな俺に対して浴びせられたのは、四方八方から襲い掛かるのは浮遊していたはずの瓦礫の弾幕であった。



「ええい、厄介な……っ!」



 

 ≪アー・ガイン≫の身体の周囲では重力場というものが不安定であり、常に一定ということではなかった。

 だからこそ、宙に浮かぶ瓦礫を足場にすることも出来るのだろうがそれを一度攻撃に転用すれば、ということだって≪アー・ガイン≫にとっては難しいことではないのだろう。


「――っち!」


 来る途中で持って来たものなのか、≪アー・ガイン≫の周囲に色々なものが、その巨体の動きに合わせるように渦を巻くように浮かんでいる。

 それは建物の瓦礫だったり、この世界のスケールに合わせたような巨木、巨岩、あるいは大型モンスターの死体だったり。


 それらが意思を持つかのように俺に向かって飛んでくるのだ。


 一つ一つが相応の質量を持ち、押しつぶさんと迫ってくるというのは……何とも迫力のある光景だ。

 しかも、ただ飛んでくるだけならともかく、上下左右も不安定に重力場が入れ替わるので四方八方、というよりも全方位から攻撃が飛んでくるのだ。


「あっ、ぶな……っ!」


 今も足場の一つに退避したと思ったら、着地した瓦礫は不意に真上に向けて落ちていき、上からは下に向けて勢いよく壊れた家が落ちてきた。


 このままでは家と瓦礫のサンドイッチ。 

 それは嫌なので≪煌刃≫を使用し≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫の一振りで強引に家の残骸を吹き飛ばした。


「まだ来るか」


 行き着く暇もなく、斜め上の方向から巨岩が凄まじ勢いで突っ込んでくる。

 もう一度吹き飛ばそうかとも思ったが、あの質量、勢いのものを相手にすることはないと足場にしていた瓦礫を蹴り、別の足場に飛び移った。


 当然のことながら足場だった瓦礫と勢いよく落ちてきた巨岩の衝突エネルギーはすさまじいものがあり……両方とも爆散した。



「こういう感じか……」



 ――段々わかってきたぞ。


 ≪アー・ガイン≫の力によって持ち上げられた無数の瓦礫、それを飛び移りながら四方八方から襲い掛かる攻撃をかわし、そして≪アー・ガイン≫の額の弱点を――攻撃する。


 恐らくはそれが想定されている≪アー・ガイン≫戦の戦闘の仕方なのだろう。


 ――理解はしたがこんな難度のゲームを用意するとか、本当に「楽園」はプレイヤーにクリアをさせる気だったのか? 上空の戦場で浮遊する足場に飛び移って戦うなんて……俺は空中戦はある程度慣れてはいるとはいえ。


 それでも重力場の影響で下や上やらぐるぐると変わり、突発的に平衡感覚を失いそうになるのを抑えて飛んでいるのが今の有り様だ。

 いつもほど自由自在というほどではない、≪無窮≫の推力を使って強引に変容する重力場の網を抜け出し、そして。


「……たぶん、この重力の変容もパターンがあってちゃんと見抜けば≪龍殺し≫チートなんて使わなくても戦えるんだろうけど――これ絶対、初見でクリアさせる気がないだろう!」


 正直全くわからない。


 もう少し客観的に戦っている様子を見ることが出来れば、考察のしようがあるのだろうが≪アー・ガイン≫が巨体過ぎてろくに観察が出来ないし、上下左右にぐるぐると重力の方向も変わるのでそれに気を付けながら動くだけで精一杯だ。


 ――≪陽炎≫


 それでも少しづつ情報は集めていく。


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