第二百七十五話:神話は天を征き


 アルマン一行が去ってからの≪グレイシア≫の防衛線は順調に事態は推移していると評価できるものであった。


 時間をかけて用意した防衛用の設備に必要な物資を速やかに運べるように整備した物流網、精強な辺境伯領の狩人に集団化した行動を得意とする西の狩人たち、それらが噛み合い膠着状態を維持は出来ていた。

 ≪龍狩り≫という巨大な戦力が無くなったのは確かに痛手ではあったが、攻めてくるモンスターの大群側にも疲弊の色が見えていたのも間違いではなかった。


「おい、気づいているか?」


「ああ、あの妙に脆い崩れるわけのわからんモンスターことだろ?」


 ≪グレイシア≫の城壁の一つ、西門を守護するために配属されていた二人組の狩人は徐に言葉を交わした。

 共にその道で生きてきて長いベテランの二人組は前線で武具を振るい、並み居る大型モンスターをのらりくらりと相手にしながらもあることに気付いていた。


 それがアッシュと呼ばれるモンスターのことだ。


 見かけは普通の大型モンスターと変わらず攻撃力も動きも全く同じ。

 だが、強靭な生命力によるしぶとさだけは持っておらず、まるで灰のように身体が崩れるからいつの間にかそんな名で呼ばれるようになっていた。


アッシュのやつ……増えてないか?」


 脆いとは言ってもそれは普段戦っている大型モンスターらと比べて……という狩人基準においての話だ。

 それでも十分に脅威であるのは変わらないだが、まともな大型モンスターを相手にするよりかは正体はわからないけど楽というのが二人の認識ではあったのだが。


「気づいたか俺もそう思っていたところだ」


「よくわからんが向こうも息が切れてきたってことでいいのかね?」


「そうであってくれれば嬉しいな……っと!!」


 ボロボロと崩れていくアッシュ個体の大型モンスターをまた一つ倒し、二人組の狩人は言葉にはせずとも僅かに期待をした。


 これならやれるかもしれない、連日連夜と攻め立てられ流石に疲弊もしてきたところだった。

 身体、というよりも精神の方が。

 流石にベテランの狩人とて堪える。


 だが、確かに潮目が変わってきた気配を感じた。


 アッシュ個体の増加にそれに先ほどの不可思議な頭に響いてきた声……二人の知らないところで、何かが動いているということだけは察することは出来た。

 最も――



「それにしても西門に配属されてよかったな兄弟。こっちもそれなり多いが東門は激戦なんだろう?」


「そりゃそうだろう。相手は主に東の森からやってくるんだから、北門も南門も相応には大変だろうけどさ。まあ、こっちはマシな方さ」


「はは、違いねぇ。楽させて貰っている分、仕事はきっちりと――ん、あれはなんだ? 空に……」


「なんだ? っち、飛行種のモンスターか。城壁の奴らが叩き落してくれなきゃ手出しができないな」


「ああ、任せるか――って、んん?」



 潮目というのは変わったところで必ずしも良くなるわけではない、そんな簡単な事実をその狩人は忘れていた。




「なんだ、あの速さ……いや、違う! あの大きさ――それにあの姿はまさか……っ!!」




                   ◆




「始まった……始まってしまった。そうだあの時もこんな……っ!」


「ちょっと、ちょっと大丈夫……? ほら、落ち着いて」


 アンネリーゼは困惑の中に居た。

 ほんのついさっきのことだ、彼女の頭の中に――いや、辺りの様子から察するに皆同じだったのだろうが何やら声が聞こえてきたと思ったらスピネルはこんな風になってしまったのだ。


 顔を真っ青にして銀色の髪を震わせて怯えるように縮こまってしまった彼女に、アンネリーゼは当惑したものの放っておくことなどできず背中を撫でて落ち着かせようとしていた。

 年齢的にはこの≪グレイシア≫の誰よりも年上のはずだが、成長しない矮躯のせいもあって幼い少女のようだ。

 アンネリーゼとしてもとても無視できるような状態ではなかった。


「一体どうしたのよ……もう」


「来る……来るんだ」


「スピネル!」


 事情を詳しく聞こうにも怯え切っていてどうにも要領を得ない。

 どうしたものかとアンネリーゼが悩んでいると青い髪の青年――ルドウィークがやってきた。


「る、ルドウィークか……」


「ここに居たのかスピネル、探したんだぞ。先ほどの放送、間違いない。≪龍狩り≫たちはやり遂げたんだ」


「じゃあ、さっきの響いてきた声って」


「ああ、内容から察するに……≪龍狩り≫は無事に六番目の龍である嵐霆龍≪アン・シャバール≫を倒したんだ!」


「やっぱり! 急に聞こえてきたら上手く聞き取れなかったんですけどそうですよね! やはり、アルマンが……っ!」


 いきなりのことで落ち着いて聞けなかったので少し不安だったが間違いではなかったことにアンネリーゼはホッとした。

 周囲の人間も聞こえていたようなので聞きたかったのだが、全く事情を知らずに聞こえてきた声に彼らは軽く混乱していたので聞くに聞けなかったのだ。


 心配していたがともかく息子はまた一つやり遂げたらしい、という事実にアンネリーゼは誇らしい気持ちと安堵の気持ちで胸を一杯にしほっと息を吐いた。



「……ってことは残る問題は――」


「そうだ、創世龍≪アー・ガイン≫……始原にして最後の龍」



 ルドウィークは答えた。


「じゃあ、スピネルがさっきから言っているのって」


「……あの時と同じだ。あの時もこんな放送が流れて、そして――いつの間にかに全ては終わってしまった」


「話には聞いたことはあるけど、本当に何も知らないの? 会ったことはあるんでしょう?」


「恐らくは……というだけだ。影が差したかと思うと気づけば瓦礫の中に埋もれていてみんな死んでいた」


「「…………」」


「不安なんだ。ここまでは確かに困難は有れど全てはの中だった。アンダーマンらが計画した英雄計画も徹底的に情報を集め、準備を重ね、六龍を倒すために費やした。その結果が≪龍狩り≫であり、その刃は確かに六龍へと届いた。だが……」


「アンダーマンらも私たちも≪龍狩り≫も……≪アー・ガイン≫について何も知らない」


「最後の龍は完全なる。本当に……≪龍狩り≫は勝てるのか? 全てが今度こそ無駄に終わるのだと、そう証明されてしまうのが――怖い」


 そう怯えるスピネルの姿は迷える子供のようであった。

 アンネリーゼには彼女がどんな人生を送ってきたか、別れと絶望を見てきたのか想像することも出来ない。

 だから安易な慰めのことなど吐けやしないが、これだけは信じられるという言葉だけは伝えられる。




「大丈夫よ、アルマンが倒してくれるわ。きっとね」


「どれほどの強さかもわからない相手だぞ?」


「関係ないわ、信じているもの。だって自慢の息子だからね」


「……ふん」




 アンネリーゼの言葉に何を思ったのか少しそっぽを向いたスピネルだが、落ち着いたのだろうか少しだけ顔色が良くなったように見えた。


「とにもかくにも事態の収拾だな。先ほどの放送で混乱が広まっている」


「事情を知らない人々からすれば怪奇現象以外の何物でもないからな」


「ああ、とはいえ動揺したぐらいで戦線が崩れるとは思わないがそれでもやれることはやっておいた方がいいだろう」


「私も手伝うわ。何ができるかはわからないけど」


「わかった、ではガノンドのところへ――ん、なんだこの振動は?」


 そう言い合って三人が動き出そうとした瞬間のことだった。

 不意に不自然なを全員が感じた。


 ここは城壁からもある程度離れた区画、早々に振動などが伝わってくる距離ではない。

 ならば空からの侵入を許して内側での戦闘が起こっているのか……三人はそんなことを考えたが段々にその振動は強くなり、更に破壊音、悲鳴や怒声などの声も大きくなっていく。



「なんだ?! 何が起きている!?」


「近づいてきている?! 城壁で何か起こったのか!? まさか、破られた……!?」


「違うわ……これ、だって東門とは反対側から――」




 、それだけは咄嗟に理解が出来た。



 まるで地面から伝わる振動に悪戦苦闘し、建物から飛び出た三人の目に飛び込んできた光景は想像もしてなかった世界だった。



「な、に……これ?」



 建物が、

 道路が、

 人が、

 ありとあらゆるものが天へと昇っていく。


 世界は暗く染まり、それはまるでに日の光が遮られたかのように――


 そう考え、空を見上げたアンネリーゼが彼の存在を認識するよりも早く。





 彼女の身体は天へと打ち上げられた。





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