第二百七十四話:神話の侵攻



 その空間には樹木の根のようなものが至る所へ伸びて絡まっていた。


 無数の画面がホログラムのように浮かび、よくわからない――天月翔吾の記憶にも該当しない不可思議な人工の機械群に周囲は埋め尽くされていた。


「ここであっているんだよな? よくわからない機械の部屋とかそんなのじゃないんだよな? さっぱりわからないんだが?」


「……たぶん。というか過去の知識について最も詳しいのはアルマン様でしょう? そこはもうちょっとこう――」


「残念ながら俺の記憶のずっと後だからな、「楽園」ここ」が出来たのは……。技術知識的な意味で役に立つと思うなよ?」


「胸を張って言うことじゃないと思うんですけど」


 天才を自称するルキであっても流石にどこから手を付けていいの悩んでいるらしい、彼女には珍しく気圧されているようだ。

 だが、そんな俺たちを尻目にエヴァンジェルは既に動いていた。

 無数に張り巡らされている木の根らしき一つに手を当てると室内がまるで脈動したかのような気配を放った。


「エヴァ……?」


「うん、なんとか行けそうだ。ちょっと待ってて、とりあえず簡単に調べられる範囲はサッと調べてみる。施設に関すること、それに外のことも――」


 ブツブツと呟き始めたエヴァンジェルの姿に、俺は集中力を削がないように声を潜めながらルキに対して懐を取り出したものを押し付けた。



「今のうちにこれを渡しておく」


「なんですか――って、これは!? ≪嵐霆龍の轟玉≫じゃないですか!?」



 緑色の光を放つ宝玉を渡すと「きゃー!」と言わんばかりにテンションを上げるルキ。

 その姿に元気だなと呆れつつも俺は言葉を続けることにした。


「これで≪龍喰らい≫は最大強化まで行けるんだな?」


「間違いありません。これで六つのコアが揃ったのでそれを連動すれば共振現象で――」


「細かい理屈は一先ず置いてくとして。どのくらいで準備はできる?」


「……そうですね、≪嵐霆龍の轟玉≫をそのまま使えるわけではありません。≪龍喰らい≫の強化に使えるように加工する必要があります、勿論状況が状況でしたからこうやって外での作業は想定内の事態。準備は万全です」


 そう言ってルキはフェイルを呼び寄せると背負わせていた袋の一つから器具を取り出した。

 俺の目には用途もよくわからないものだが、専門的な道具の一種であることは伺えた。


「それでもやはり多少の時間はかかります。それから並行して≪龍喰らい≫の修復も……応急処置以上のものにはなりませんけど」


 ルキは真剣な顔をしながら道具を使い≪龍喰らい≫と≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫の整備を始めた。


 ――よくよく見ると≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫の方も結構消耗しているな。刃の部分とかボロボロだ……。


「装備の整備も助かるが≪嵐霆龍の轟玉≫の方はいいのか?」


「加工の方はどうしても時間がかかるんですよ。コアにあるナノマシンの抽出が――詳しく聞きます?」


「いや、いい」


 俺はルキの言葉にそう答えた。

 ≪嵐霆龍の轟玉≫は何やら機材に組み込まれ、自動で作業が行われているようだ。

 そこから察するに急げば早くなるという性質のものでもないのだろう、ならばその間に装備の整備に労力を割くのは合理的な判断と言える。



「……すみません」


「――なにが?」



 エヴァンジェルの作業は俺に手伝うことは出来ないし、整備に関してもあくまで手入れ程度ならともかく本格的なのは不可能。

 やることがないため、俺はせめてルキの作業を邪魔をしないように努めて動かないようにしていると彼女はぽつりとつぶやいた。




「私がもっと……丈夫に作れていたら……もっと強い武具を作れてたら――「お前の作った装備は……あー、なんだ。最高にイカした≪龍殺し≫だ。それは間違いない」……」




 このメイン制御室というのはどうにも薄暗い。

 地面に座り込んでいると特にだ。

 だから、少しだけ俯いたルキの顔なんて俺には見えなかった。



「……まー、そうでしょうね! この天才美少女である私の作った装備は最高ですからね! なにせ≪龍種≫を四体もやっつけたんですよー? これは正しく伝説と言っていいでしょう。今後この記録を破られることはないでしょう。私の名は伝説の武具と防具を作った知的な才女として伝わることとなるでしょう……いやー、照れちゃうなー!」


「知的??」


「待ってください、アルマン様! 流石にそこに疑問符を持つのはおかしいでしょう! 客観的に見ても私ほどの天才で知恵と技術をもった存在はいないはずでしょう!?」


「いや、そうなんだろうけどお前を「知的」というくくりに入れることに凄い違和感が……。伝記には「頭のねじが外れた暴走女だった……」みたいな感じでいいんじゃないか?」


「絶対に嫌ですよ!? あっ、そうだ。戦後には私の銅像とか私の半生を記録した史料館とかどうです? 何せ英雄であらせられる≪龍狩り≫のアルマン様の偉業の一助を為したんですから、それぐらいは当然ですよねー!」


「自己顕示欲凄いな……まあ、確かにそれだけの功績はしているか。わかった、そこら辺は進めておいてやろう」


「おお、アルマン様にしては話が分かる!」


「じゃあ、その資金に関してはルキの研究所への特別会計から使うとして……」


「いや、そこはドンッとアルマン様の懐の大きさを示すところでですね! みみっちいですよ! 研究資金を削られるのは嫌です!」


 などとルキとくだらないことを話していると、エヴァンジェルの方で何か変化が起きたようだった。


「これは……っ、アリー見てくれ!」


 彼女の声が聞こえたかと思うと俺の目の前に画面が映し出された、ルキも手を動かしながら隣から覗き込んできた。

 表示されているのは地図だった。


「これは辺境伯領一帯のリアルタイムの様子を表したものなんだけど……」


「外のリアルタイム様子?! そんなものどうやって……いや、元々記録水晶なんてのもあっわけだし、それを考えれば手段なんていくらでも」


「みたいだね、「ノア」のでは思った以上に広い。たた、今重要なのはそこじゃないんだ。これを見てほしい」


 そう言ってエヴァンジェルが何やら操作すると、地図上に赤い点が現れた。



 その赤い点は西から――帝都の方から真っ直ぐと東進していた。

 今は砂漠を渡っている最中……いや、



「……赤い点が≪シグラット≫へと到達した」


「現地の映像は出せないのか!?」

 

「そんなに簡単に操作できるものじゃなくて、ええっとこうやればいいのか? それとも……そうだこれだ!」


 エヴァンジェルの言葉と共に映し出された画面の映像は、確かに俺の知っていた≪シグラット≫だった。

 だが、その様子は異様とも言っていい光景だった。

 ≪シグラット≫とて侵攻に備え、出来る限りの要塞化を施し狩人とて多く駐在していたはずだ。

 仮に≪龍種≫が攻め込んできたとしてもそう簡単にはやられはしない、粘ることぐらいはできるはず――画面の映像を見るまで俺はそう想定していた。



 ――だが、ではこれは何だというのか。



 映像の中の≪シグラット≫は見ただけでわかるようなとてつもない被害を受けていた。

 街の一部がまるで大地ごと抉られているかのような跡が残り、それ以外の街の区画も巨大な瓦礫が突き刺さり、至る所で負傷者が出ていた。



 赤い点が≪シグラット≫へと辿り着き、そしてエヴァンジェルが映像を繋げるまでの短い間に発生した被害である。



「そんな≪シグラット≫が……」


「……この赤い点は?」


「察しの通り十中八九、これが創世龍≪アー・ガイン≫だと思う。とにかく、どこに居るか調べられないかと色々とシステムを調べてたら見つけてね。僕たちのE・リンカーもそうだけどモンスターたちだってナノマシンを介して「楽園」のシステムに組み込まれている。なら、≪アー・ガイン≫のことだってネットワークを介すれば位置ぐらいわかるんじゃないかと思って……そうしたら桁外れのナノマシン反応を発している存在が動いてるのを見つけて」


「状況を考えれば確かに≪アー・ガイン≫であるとしか……。このスピード、移動速度が全く落ちていない。やはり空を飛んでいるとみるべきか? だったら、手も足も出なかったのはわかるが……」


 ≪シグラット≫の被害は確かに甚大なものだった。

 とはいえ、それくらいの被害なら他の≪龍種≫とて時間をかけるなりすればできないことはないだろう。


 だが、これほどの短時間で、しかもスピードも落とさずに通っただけでこれだけの破壊をするとなると……。


「いったい、何をしたんだ? エヴァ、外の映像が見れるというなら≪アー・ガイン≫自体を捉えることは出来ないか? 少しでも情報が欲しい」


「……ごめん。たぶん、外部の様子を見れるのは空気中の微粒なナノマシンを利用しているんだと思うんだけど、これが上空の方までは対応してなくて」


「そう上手くはいかないか……」


「≪シグラット≫の皆さんは大丈夫でしょうか?」


「……今は信じるしかない。≪グレイシア≫のことも」


「えっ、≪グレイシア≫って……ああ、そうか」


「俺を目的に≪アー・ガイン≫が向かって来ているというのなら、この東の果てを目指しているというのなら――」


 地図を見れば一目瞭然だ、≪シグラット≫から≪霊廟≫にまで来るのなら必ず今も移動し続けている赤い点はある場所へとぶつかる。





「――次は≪グレイシア≫の番だ」




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