第二百七十三話:合流


「もうちょっとだと思うんだけど……」


「間違いありません。たぶん、あの奥の扉の先がメイン制御室となっていると思うんですけど」


 ルキとエヴァンジェルが遺跡内の進行は障害などもあったとはいえ順調に進むことが出来た。

 それは二人が優秀だったから、というよりも条件がいくつも重なったからこそだろう。

 まずはこの施設は「楽園」にとっても重要度が高い施設であり、施設側は当然不法侵入者である二人を排除はしたいものの、あまり強引な手段を取ることは出来ない。


 例を挙げるならば一時彼女たちに悲鳴を上げさせた蜘蛛型の合成獣キメラだろうか、元より作業用として作り出されていたのもあっただろうが、彼らは捕らえようとはするものの攻撃自体は過激ではなかった。

 後から冷静になって思い返せば周囲の被害を気にしていたのだろう。

 施設内であり、何より基本的には狭い。

 他の種類の合成獣キメラも居たが似たようなものだった。


 とはいえ、本来であればそれで十分なのだろう。

 セキュリティ用のシステム自体はしっかりしており、通路の隔壁を下ろしたり鎮圧用のガスがあったりとこれらと合成獣キメラを組み合わせれば、施設の被害は最小限に侵入者を排除することは難しくない。


 そのはずであった。

 「楽園」に関するシステムなら容易にハッキング出来てしまう、偶発的に誕生したチートコードともいえる≪龍の乙女≫がなければ……。


 施設のセキュリティプログラムによる障害は足止めにならず、合成獣キメラたちも見た目のアレさだけを我慢すれば大して強くもないということが分かれば、ルキにしてもエヴァンジェルにしても押し通ることは難しくもなく。

 外で戦っているアルマンのことを気にしつつ、足早く遺跡の奥へと進んでいた二人だったが……その足は目的地の直前で止まっていた。


「ああ、もう……っ! くそっ、厄介な……。ええい、スパッとやっつけろ! 狩人だろう!」


「そうは言われてもですね……。フェイルなんとかならない!?」


「くぅーん」


 二人と一匹が足を止めている原因は目の前のにこそあった。

 腰から下は巨大な蜘蛛で上半身は≪巨人種≫を基にしたのだろう人に近い怪物。


「この施設の≪守護獣ガーディアン≫ってやつか……」


 ≪深海の遺跡≫にも居た施設を守るための防衛機構として生み出された存在。

 先ほどまでの合成獣キメラと違い、こちらは完全に戦闘を目的として設計されているのが分かる。

 純粋な力は上位モンスターに匹敵するのは既に手応えで察している。

 しかも、どうにも二人が行きたがっているメイン制御室への区画の間はぽっかりとした広い空間があり、今までの道程とは違って向こう側も存分に戦えるようだ。

 その性能を使って侵入者である二人と一匹を攻め立ててきていた。


「どうします? あの巨体ですから下がって通路の方に逃げ込めば追ってはこられないとは思いますけど」


「……そういうわけにもいかない。それじゃあ、たどり着けないからね」


「まあ、そうなりますよね。ええ、それじゃあ私に合わせてください。フェイルも援護を――って、フェイル?」


「よし、行こう!」


 敵は上位に匹敵する危険度を持つ怪物。

 ルキにしてもエヴァンジェルにしても、狩人としての腕はまだ未熟の域を出ない相手には装備があっても厳しい相手。

 それでも倒しても進まなければならない。

 エヴァンジェルがそう言って一歩を踏み出し、対する敵の≪守護獣ガーディアン≫が迎え撃とうと身構えたその時――




「……なんだそのアラクネ擬き」




 巨大な何かがエヴァンジェルの顔の横を凄まじい勢いで通過したかと思えば、≪守護獣ガーディアン≫の頭部へと突き刺さった。

 慌てて二人が振り向くとそこに居たのは……。



「アリー!」


「アルマン様ー!」


「とりあえず……合流は出来たか」



 外で戦っていたはずのアルマンの姿がそこにあった。



                   ◆



 ぞぶりっ。


 ≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫の敵の肉体を切り裂き、確かに命を奪った手応えが伝わった。

 とはいえ、相手は≪守護獣ガーディアン≫という通常のモンスターと違う存在だ。

 俺は確実に殺すために首らしき部分を跳ね飛ばし、心臓らしく部分を貫き、万が一動き出して問題ないように手足を切り飛ばして――ようやく一息をついた。


「私たち、結構大変だったのに……」


「流石に≪龍種≫でもないなら今更手古摺るわけにもいかないだろう。……大丈夫だったか二人とも?」


「わんっ!」


「ああ、すまん。フェイルもだな。二人のサポート大変だっただろう? よく頑張ったな」


「私たちフェイルに面倒を見られてた前提で話をしている!? 確かにすごく頼りになりましたが私たちだって頑張ったんですよ!」


「あー、すまんすまん」


 こんな状況だというのにいつも通りの抗議の声を上げるルキに何となくホッとしてしまう。

 なのでこちらもいつも通りのおざなりな返答をしつつ、エヴァンジェルへと向き直った。


「アリー、よく追いつけたね。結構大変だったんだけどな……」


「エヴァたちがここに来るまでの障害を排除してたからな。俺は単にその痕跡を追うだけよかった」


 いつもの彼女とは違い、血やらなにやらで汚れてはいたがエヴァンジェルはいつも通りに美しかった。

 ほんのついさっき別れたばかりだというのにとても愛おしく感じる。


 それだけ死にかけた、ということなのだろうとどこか他人事のように俺は思った。


「わかってはいたけど勝ったんだね。……まあ、信じていたし? 全然、心配してはなかったけど」


「ああ、そうだ……勝った。あの程度、この俺にかかれば大したことはなかったさ。ただ、まあ……そうだな。心配はしてくれなかったのは嬉しい反面、少し寂しい気もするな」


 エヴァンジェルの言葉に冗談めかしにそういうと、彼女はふいっと顔を逸らすとぼそりと呟いた。



「……嘘。すごく心配した」


「……あー、そうか」



 その一言に何とも言えない感情がうちで湧き上がるの感じ……。



「これは――ちゅーの流れですね!」


「「やかましいわ!」」



 無粋な外野の一言でいろいろと霧散した。



「というかアルマン様……酷い状態じゃないですか!」


「ん? ああ、心配するなとりあえず≪回復薬ポーション≫の効果も効いているから一先ず動く分には――」


「私の≪龍喰らい≫がボロボロに!?」


「怪我の心配をしろ! いや、あんまりされても困るといえば困るけど……ガン無視されるのはそれはそれでムカつく」


「理不尽!?」



 とりあえず、怪我の状態よりも損壊した≪龍喰らい≫の方を心配しながら寄ってきたルキに対して俺はアイアンクローを決めることにした。


「……本当に大丈夫なのかい?」


 心配そうにひび割れた俺の左腕を手に取りエヴァンジェルが訪ねてくるが俺は何でもないように言って見せる。


「平気、平気。このくらいはな……。――それから二人とも」


「はい?」


「なんだい?」


「さっきの……ありがとうな。二人の仕業だろう? 助かった」


「えへへ、役に立てたようで何よりです」


「アリー、君を助けになれたのならそれは幸いだ」


 二人の言葉に俺はぼそりと呟いた。


「役に立つも助けになるも今に始まったことじゃないけどな」


「何か言いました?」


「……なんでもない。其処ら辺に関しては後日改めて言うとして――ともかく、今はそれよりも急がなければ」


 空気を切り替えるように俺は少しだけ声を大きくして言った。


「さっきの頭の中に響いてきた声――ですね」


「そうか、二人にも聞こえたのか?」


「うん」


「ああ、確か「天より出でし創世の龍」……だったか」


「――イベントが進行している。そう考えて間違いないだろう、ただどれくらい進んでいるのか。創世龍≪アー・ガイン≫というのはどういう相手なのか、まるで未知数だ。時間を無駄には出来ない。目的地はこの先で間違いはないんだな?」


「ええ、間違いはありません」


「なら、先に進もう。話はそれからでいい」


 俺はそう言って話を切り上げて先に行くことを促した。

 二人も同様の意見だったのだろう、一先ず先に行こうと≪守護獣ガーディアン≫の守っていた扉の奥へと足を進め、そして――






「ここがメイン制御室……か」






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