第二百七十二話:最後の龍はここに顕現せり




〈――災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫、溶獄龍≪ジグ・ラウド≫、冥霧龍≪イシ・ユクル≫、烈日龍≪シャ・ウリシュ≫、銀征龍≪ザー・ニュロウ≫、嵐霆龍≪アン・シャバール≫の全ての停止を確認〉


〈――ストーリーイベント≪六龍討伐≫の達成を確認〉



 不意に鳴り響いたその声はルキとエヴァンジェルの

 施設から発せられている警告音声とは全く別の物であることはすぐに分かった。


「なんだこれ……っ!? 頭に直接……」


「フェイルには聞こえていない……? となると本当に私たちの中でしか聞こえていないのでしょう」


 施設の奥へと急いで進む中に起きた出来事、エヴァンジェルは思わず混乱しかけるもルキはこれだけの材料でこの不可思議な現象におおよその見当がついたようだ。


「どいうことだ?」


「恐らくE・リンカーを介したプレイヤーにしか聞こえない通信みたいなものでしょうか。この「楽園」が興行用の施設だとすると大勢の人へ連絡事項がある場合、何らかの手段を持っていなければ大変ですよね? とはいえ、この「楽園」は世界観を大事にするように機構で設定されています。大音量で響かせるのも、古代にあったという携帯できる連絡端末も無理となると一番手っ取り早いのは――」


「プレイヤーなら誰もが体内に保有しているE・リンカーを利用した通信?」


「恐らくは……あっても不思議じゃありません。基本的にはそう使われる機能ではないんでしょうけど……問題は今の通達の内容です」


「確か≪六龍討伐≫の達成だとかなんとか――ということは!」


「ふふん、やっぱりアルマン様です! あれから余裕で≪アン・シャバール≫を倒したんですよ!」


「そういうことか! まあ、僕は全然心配していなかったが……心配していなかったが流石だな!」


 二人は手を取り合って喜ぶも続いて「ノア」からアナウンスに意識を切り替えるしかなかった。





〈――特別イベントクエストに移行。全天式環境操作生体システム――創世龍≪アー・ガイン≫=プロトタイプの起動を開始〉


〈――エクストラ・クエストを発令します〉


〈――イベント名「天より出でし創世の龍」〉


〈――勝利条件は創世龍≪アー・ガイン≫の撃退。「楽園」の正式オープン最後のイベントとなります、腕に覚えなるプレイヤーの皆様は奮ってご参加ください〉





「これって……」


「動き出したようだね。ここからは出たとこ勝負になる。覚悟を決めよう、ルキ、フェイル」


「はい!」


「おぅん!」



                   ◆



 極点の空。

 雲の中に彼の存在はずっと居た。


 全天式環境操作生体システム。

 そう位置付けられたモンスターというくくりから外れたモンスター。


 創世龍の名に相応しく、「楽園」という世界そのものに深く根差して作られた。

 彼の存在の役目は「楽園」の環境、主に天候などに関する管理を司っている生体システム。


 「楽園」という生態系を一から作り上げた世界。

 その管理は大地や植生など管理だけでは不十分なのだ、天候すらも手中に収めることで徹底的に管理された遊興のためだけの仮想であり現実でもある世界になる。


 創世龍≪アー・ガイン≫はその一端。

 必要不可欠であった全天式環境操作システムに『Hunters Story』内の設定を取り込み、≪アー・ガイン≫はそこに位置付けられた。


 本来であれば生体システムである必要はない。

 だが、『Hunters Story』を模倣し現実に作り上げた「楽園」の象徴的な意味合いとして≪アー・ガイン≫は――彼の者は作られたのだ。


 モンスターであってモンスターにあらず、

 龍であって龍にあらず、


 ただ≪アー・ガイン≫は組み込まれたプログラムに従い、厚い雲の中に隠されていたその黄金の巨体を揺らめかせた。


 創世龍≪アー・ガイン≫のその姿は東洋の龍を彷彿させた。

 まるで蛇のように長い身体、黄金色の鱗に爪、巨大な角が一対。


 そして、その額には七色に輝く碑石があった。


 一見すればその姿は銀征龍≪ザー・ニュロウ≫に近いが、その身体の大きさが根本から違った。

 大型モンスターすらも超える巨体――溶獄龍≪ジグ・ラウド≫と同じく、超大型モンスターと区分されるモンスターの一体であることは地上からすらも理解できた。




「今の頭に響いた声……いや、内容は――それに創世龍? いや、まさかあれが……」




 唐突に脳内に流れた音声、そして現れた見知らぬモンスターの存在に呆然としていたフィオだったがハッとして辺りを見渡した。

 今の帝都はモンスターとの戦いが繰り広げられている戦場なのだ、いくら急な出来事が起こったとしても気を抜いていい場所ではない。

 だからこそ気を取り直して警戒するもフィオの目に飛び込んできたのは、今まで荒れ狂っていたモンスターたちがまるで気圧されているかのように、辺りの兵たちと同じく空を――天を漂う≪アー・ガイン≫の姿を見ている光景だった。


「なんだ、この反応は……やはりこいつらにとってもアレは異端なのか?」


「フィオ様! い、いったい何が……あの声に、それに……それにあの巨大な龍は……っ!」


「落ち着け! 難しいとは思うが冷静さを失うな、まずは――」


 ――どうすればいい?


 頼みの綱である知識が役に立たない。

 全く知らないモンスターの存在、それだけで何とか持たせていたフィオの心はくじけそうになってしまった。


 多少なりとものであれば心を慰められる。

 だが、知らなければ自分でどうにかするしかない。


 するしかないのだが……。


 ――無理だ。


 ただ見上げるだけでわかる圧倒的な威圧感、山の如き巨大な生き物が空を飛んでいるとして、何故どうにかできると思えるのか。

 ただの絶望が広がっていく、どこか心ここにあらずと言わんばかりに戦意を失っていく兵たち。

 それを察したたがどうすることもできない。


 フィオもまた絶望が諦念に変わりそうなのを必死に抑えるので精一杯だったからだ。


「≪龍狩り≫様が……」


 ぽつり、と兵の一人が言葉を漏らした。


「そうだ、≪龍狩り≫様なら」


「≪龍狩り≫様ならきっと――でも」




「そうだ! ≪龍狩り≫を! ロルツィング辺境伯を信じよ!」




「皇子!?」


「先ほどの不可思議な声を皆聞いたはずだ。――、伝説と神話の存在である六体の≪龍種≫は討たれたのだ。誰が討ったか……聞くまでもない、≪龍狩り≫アルマン・ロルツィング以外にあり得ない」


「た、確かに……」


「あの龍はこの帝都から東に向けて飛んでいる。状況を考えれば恐らく奴が狙っているのは――」


「ロルツィング辺境伯領。もっと言えば≪龍狩り≫様を?」


「そこまではわからん。だが、その可能性は高い。ならば……あれほどの戦いを制した辺境伯ならば、きっとあの黄金の龍とて!」


 フィオ自身、これは自らに言い聞かせているかのような言葉だった。

 それでもそうとでも思わなければ動けなくなってしまう。



「我々は我々にできることをするのだ。幸い、あのモンスターが現れたことによってモンスターたちは及び腰になっている! ここで一気に押し返すぞ! 帝都を守るのだ。そして――」



 眼下での戦いになど興味もないのだろう、≪アー・ガイン≫はただ悠々と帝都の空を横断しただ向かう。



「彼の者の勝利をただ祈ろう」



 立ちふさがる最後の存在として、

 世界の王に相応しき力と威容を以て、


 資格を持ったものへと戦いを挑む。

 それだけの為に。


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