第二百七十一話:神話の始まり


 多少、ぎこちなくとも自身の中に眠る記憶を引き出す。

 それは無数の戦いの記憶、自身ではない自身の記憶。


 普段は意識して封じているもの。

 何故ならばそれはフィオにとって異物でしかないからだ。


 別の誰かの記憶など思い起こすだけで自分という存在が分からなくなる。

 それでも今は必要だと割り切り――疾走する。


「フィオ皇子!」


 日頃の穏やかな日常が流れる帝都の至る所で火の手が上がっている。

 喧騒と獣の唸り声、刃の打ち鳴らす音。


「こっちはいい、それよりも左から来ているぞ! 注意しろ!」


 引き連れた兵に指示を出し、なおも加速。

 視線の先には逃げ遅れたのだろうか幼い子供が一人、それを喰らわんと襲い掛かっているのは熊に似ているモンスター≪ウルス≫。


 だが、赤いはずの体毛は黒と赤の斑色をしている。

 つまり通常の個体ではない。


 ――確か原種とは違う強化種の一体……分類上は確か上位モンスターに括られていたはず。


 自体は見たこともないモンスターだ、コロッセウムで見たのも原種である≪ウルス≫が精々。

 そもそもがこちら西側のギルドでは目撃例自体も少ないだろう個体だ。

 正確な危険度を一目で見抜ける存在がこの帝都にどれだけ居るか。


 ――他では無理か。私が排除しよう。


 だからこそ知識のあるフィオが率先して動く必要性がある。

 でなければ被害は広まるばかりだ。

 防具のスキルである≪疾風≫を発動させ、一定時間の走力を強化する。


「そこっ!!」


 ≪ウルス≫の強化種が何かに気付きこちら側へ向き直そうとするも、それよりも早く勢いに載せた軽装槍の一撃が突き刺さった。


 三メートルに近い巨体がその一撃にグラリと揺らいだ。


「――よしっ! 畳みかけろ!」


「うおぉおおっ! 皇子に続けー!!」


 フィオの命令と同時に後を追ってきた近衛兵たちが一斉に襲い掛かった。

 その間に襲われそうになっていた子供の元へと駆け寄り助け起こす。


「大丈夫かい? 怪我はないか」


「皇子様ぁ……ひっぐ」


「誰か! この子を連れて下がるように!」


「はっ!」


 兵の一人を呼び寄せ任せるとフィオは再び走り出した。

 ≪ウルス≫の強化種の方は兵たちが四、五人がかりで取り囲み討とうとしている。

 相手が上位モンスターである以上、油断は禁物だが見た感じではうまく戦えているように見える。


 ――よし、あれは私が居なくても問題はない……次だ。


 余程にフィオの初撃が効いたのだろう、そこから畳みかけるように襲われ上手く対応できていない。

 無理をせずに連携を取って削って行けば危なげなく倒せるはず、ならばやるべきことはここに留まることではない。


 ――今のところは上手くいっている、か。


 フィオはそんなことを考えながら持っている武具≪クリムゾンスピア≫の柄を再度握りしめた。


 ≪クリムゾンスピア≫という深紅の2mほどの槍は上位武具に分類される獲物になる。

 当然、相応の攻撃力を保有しているが――とはいえ、単体の一撃で上位モンスターをよろけさせるほどのダメージを与えることは出来ない。

 ≪軽装槍≫という武具種は≪大斧≫や≪ハンマー≫と違い、軽さを活かした機動力や手数、リーチで戦う武具なのだ。


 では、何故フィオの一撃があれほどまでに効いたのかと言えばそこには当然絡繰がある。


 まずは≪軽装槍≫、≪重装槍≫の二種類の武具種には他の武具種にはない特徴があった。

 それが≪槍突撃ランス・チャージ≫という狩技だ。


 効果は単純なもので武具の先端を正面に向けて突撃攻撃を行った際、その走破した距離に応じて攻撃力が上昇するというもの。

 要するに遠くから突っ込めば突っ込むほど大きなダメージを与えることが出来るのだ。


 そこに更にダメージ上昇スキルである≪這い寄る一撃≫を組み合わせる。

 これは相手に敵意ヘイトを向けられていない状態で攻撃することに成功した際に、与えるダメージに倍率補正をかけるというもの。


 つまりは不意打ち専用スキルと言うべきものだが――このスキルは記憶の中の世界では死にスキル、ネタスキルと呼ばれていた。

 何せ敵モンスターの敵意ヘイトを僅かにでも稼いでいると発動条件を満たさないのだ。

 先にこちらがあちらを捉え、先制攻撃した時ぐらいにしか効果がなく、戦闘が始まってしまえばパーティー戦で他のプレイヤーが稼いでその間に殴る……という手段も無意味。

 再発動するには一度完全に逃げて、敵モンスターがプレイヤーを追わなくなってから改めて――という手間がかかる。

 そのせいもあってか倍率補正だけはかなり高く設定されてはいるものの、特殊過ぎてピーキーなスキルなのは変わりなかったのだ。



 はっきり言って向こうの世界では使いづらいスキルの筆頭格。

 だとしても――この世界の、この場、この鉄火場において最善のスキル構成であると……デイヴィット・アーサーとしての記憶がフィオに教えてくれた。



 至る所で起こっているモンスターと人との戦い。

 どこもかしこも目の前の敵に集中ばかりしている乱戦の中。


 街の中を≪疾風≫を使って走り回り、敵を捉え風のように≪槍突撃ランス・チャージ≫で迫り攻撃力を引き上げ、そして≪這い寄る一撃≫を決めることで乗算倍率のかかったダメージを与え、一撃離脱で次の得物を狙う――この繰り返し。


 本来であればあり得ない戦い方ではあるが、この戦い方で戦場を荒らしまわっている効果は確かにあった……と思う。


「皇子! ご無事であまり無理をなされないように……」


「……ここは帝都、私には守る義務と責任がある。状況はどうだ?」


「フィオ皇子のご活躍もあり、徐々に盛り返せているかと。特にこのあたり一帯に侵入してきたモンスターの駆逐には成功したようです」


「そうか、ならば余剰が出来たら備蓄倉庫の運搬の方に回ってくれ。怪我人も大勢出ているだろうし、≪回復薬ポーション≫の供給体制は確立しないと」


「この状況は何時まで続くのでしょうか?」


「さあ、わからない。それでもやれることはやらないと」


「わかりました。それでフィオ皇子の方は?」


「私は今のままでいい。このまま遊撃を行って皆の援護を行う。それが一番いい」


「……我々は勇敢な皇子を持てて幸福です。それではお気をつけて」


 そう言って近衛兵士長は去って行った。




「――何が勇敢なものだ。私は……臆病者だ。こうして火が足元に来てようやく戦っている。真実と向き合うこともモンスターと戦うことだって……君は何故戦える、アルマン・ロルツィング。どこかでまた戦っているんだろう? 君は――」



 積年の鬱屈した思いが不意に溢れ出しそうになり……フィオは気づいた。


 不意に周囲が一帯が昼にもかかわらず暗くなった。

 それだけならば日の光をただ大きな雲だけだと気にもしなかっただろう。



 だが――押しつぶすような圧迫感がそれを許してくれなかった。



 反射的に顔を上空へと向け、フィオはその目で確かに見た。

 いや、帝都に住む者で空を見上げることが出来た者ならだれもがその姿を見ただろう――



「なん、だ。あれ……あんなモンスター見たことがない」


「そうか終わったか。いや、始まるのかの。全ての最後の戦いが――」




 そこには帝都の空を横切るように黄金の龍が東に向けて飛んでいく姿があった。



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