第二百七十話:龍の咆哮


 ザシュッ、ザシュッ。


 使い慣れた狩人ナイフでの作業だが、やはりどうしたってその腕は本職よりも劣る。

 あとは単純に解体するべき相手の大きさもあるのだろう、目的のものを取り出すのはえらく時間がかかってしまった。


「≪嵐霆龍の轟玉≫……間違いないな」


 取り出した美しい宝玉を見つめ、俺はそう呟いた。


 嵐霆龍≪アン・シャバール≫を討伐し、休む間もなく行った解体作業はこれを手に入れるためだった。

 ルキの説明では≪龍喰らい≫を最終段階に強化するために必要な素材。


「≪アー・ガイン≫は動かなかったか……六龍全てを倒したら出てくるものでもないのか? いや、出て来られたら困っていたわけだが」


 正直、≪アン・シャバール≫を倒すだけでもかなりの体力と精神的な疲労をする羽目になった。

 ≪アー・ガイン≫のことを気にしすぎて余力を残そうと考えながら戦った気の持ちようの失敗、自業自得だと言われればその通りだが……。


 ――少し休みたい、が。そうもいかないか。


 全く情報のない≪アー・ガイン≫の存在がある以上、そうも言ってられない。

 俺は今にも一休みを入れたくなる身体に叱咤をし、≪アン・シャバール≫の遺骸から≪嵐霆龍の轟玉≫を取り出したのだ。


「酷い有様だな」


 死後間もない遺骸をかき分け、奥深くに合った部位を取り出したのだから全身が≪アン・シャバール≫の血と臓物で凄惨な有様だ。

 更に言えば≪龍喰らい≫そのもののダメージも大きい、全身に無数の裂傷のような傷が走り、左腕部の方は特にわかりやすいほどに損傷している。


「ゲームじゃなく現実となるとこういうのが厄介な部分だな」


 本来の『Hunters Story』の世界において武具にしても防具にしても消耗するということはない。

 ゲームの種類によっては耐久度設定などあるものもあるらしいが少なくとも『Hunters Story』ではそういうものは存在しなかった、実際そういう設定というのはゲームプレイヤーにとっては面倒さが増えるだけであまり好きだというのも居ないだろう。


 だが、現実である「楽園」においてはそういうわけにもいかない。

 武具にしても防具にしても使えば劣化するし、損傷することだってある。


 それは上位装備でも変わることはない。

 まあ、それでも基本的に上位の素材ともなれば耐久性も常識から外れたレベルではあるので精々必要なのは定期的なメンテナンスぐらいであろうが……相手が≪龍種≫ともなると次元が違うらしい。


「≪龍喰らい≫も元となっている素材が素材だ、並みの上位モンスターならここまで損傷はしないんだろうけどな」


 事実として死闘であった烈日龍≪シャ・ウリシュ≫、銀征龍≪ザー・ニュロウ≫と戦った時も結構な損傷を残していた。

 それらに関しては後にルキが修復したが当然、こんな東の果ての奥地では満足な修復などできるはずもない。

 故に創世龍≪アー・ガイン≫との連戦が予想される中、防具や武具の消耗も抑える必要性があったのだが……。


「――これではな」


 想定していた以上の消耗を強いられてしまった。

 単純な体力、精神力的な消耗。

 その他に装備の消耗に、ついで言えば身体自体にも無理をさせ過ぎた。


「少し無理をさせ過ぎたか……」


 周囲の気配を探り安全だと確認し、俺は左腕部の部位を外した。

 そこから見える地肌は酷い火傷の跡のようなものが歪な形で治っていた。

 単なる火傷の跡というわけではなく、皮膚や筋肉が異様な形で繋がっているのだ。


 これらは狩人にはよく見られる症例だったりする。

 この「楽園」における≪回復薬ポーション≫は対象のE・リンカーを活性化させ、自然治癒力を急速に増大させて怪我を治すことを可能とする。

 傷口に多少の雑菌が含まれていようとも問答無用で治癒し、多少の切り傷や火傷など飲むかかけるかしておけば痕すら残らずに治ってしまうという正しく魔法の薬である。


 まあ、実際は科学の結晶なのだがそれはともかく。

 外傷なんて≪回復薬ポーション≫さえあれば何とでもなるといっても過言ではないのだが、一つだけ欠点があるとしたらこと、ことである。


 骨折などもそうだが治る際に変なくっつけ方をすると悪化する、という場合があったりするがそれと同じだ。

 小さな怪我ならともかく、大きな怪我を負った際は安静にしておかないとその治癒力の高さから変に骨や皮、筋肉がくっついたまま回復してしまうという事態が発生するのだ。


 無論、平時で事故か何かで大怪我をした時ならそれこそ大人しくしていればいいだけの話だが――狩人の場合は違う。


 狩人が大怪我をするというときは大抵、命の危機に瀕している場合だ。

 数分もあれば完治するとしても大人しくしていられる状況ではない。

 よって傷口が治癒されている間に無理に動き、結果的に皮や筋肉、骨などが正常にくっつかない状態で回復してしまう――つまりは俺に今起こっている症状が発生するのだ。


「色々と厳しいな、痛みこそないものの腕全体が動かしにくいし……焼け爛れた痕も残ってしまったか」


 死ぬよりはマシだった。

 俺は自らに言い聞かせ、呑み込むしかなかった。


 ――意識を切り替えよう。どうせこの手の症状は後で≪グレイシア≫に戻り手術を受ければ何とかなる。幸い、神経までにはダメージは及んでいなかったようだからな。問題はこれからどうするか……。


 現状、体力的にも装備的にもダメージ的にも不安が残る状態。

 それで本当に碌な情報がない――、創世龍≪アー・ガイン≫に勝てるのか。



 そんな不安が俺の中に過ったが、かといって取れる選択は多くはない。



「まずはルキたちに合流しよう」


 彼女たちの手伝いという面もあるが、装備のメンテナンス、そして官位補修のことを考えるとルキと合流するのは最優先事項ともいえた。


 ――≪嵐霆龍の轟玉≫を渡さなきゃいけないからな。


 ≪嵐霆龍の轟玉≫以外の素材を残し、その場を離れるというのは非常にもったいない精神が刺激されたが、一先ずそれは後でいいだろう。

 そう考えて気怠い身体を動かし、その場を離れようとした――その時、



「っ!? ……なんだ?」



 バッと俺は咄嗟に西の方へと振り向いた。

 遥か遠き地にて龍の咆哮が響いた気がしたからだ。


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