第二百六十九話:男の戦い
「この地帯に≪黄天蝶≫なんて……それもこの数……」
異常である。
普通ではありえない。
しかも、できすぎたタイミングともなると。
「そうか、二人が……」
ここが≪霊廟≫であること。
そして、俺は一人で戦っていたわけじゃないということを思い出せば自ずと犯人はわかってしまった。
――しまったな……かっこ悪いところを見られたかもしれない。
なんて俺は思った。
思いのほか、二人の前では英雄でありたいらしい。
あるいは男の意地とでもいうべきか。
「ああ、そうだ俺はここで終わるわけにはいかないんだ」
左腕に感覚が戻ってきた。
服用した≪
凄まじい勢いで俺の身体の傷が修復されていくのが実感する。
だが、流石に怪我の度合いが大きかったのか時間がかかっているようだ。
感覚こそ戻ってきたが麻痺のお陰で緩和されていたのだろう痛みが一気に襲ってきた。
「――ぐっ、ぅううっ!」
思わず声を上げそうになるがそれを噛み殺すとようやく動くようになった左手を無理やりに動かし――≪
治りかけている状態で強引に動かしたのだ、指を一つ曲げるだけでも激痛が走る。
だが、耐える。
もうしばらくの間安静にしていれば痛みだって和らぐだろうが……それを待っているほどの余裕はない。
ギロリっと≪アン・シャバール≫はその双眸をこちらをへと向けた。
突如として現れた無数に舞う≪黄天蝶≫たち。
ただそれだけならば無視も出来ていただろうが、自身の力の源である≪雷≫属性のエネルギーを吸収するというに性質は看過できなかったらしい。
何せその影響なのか≪激昂状態≫である証でもある紫電を纏った姿は黄雷へと変わり、≪アン・シャバール≫の力が僅かなりとも削げていること表していた。
だからこそ、≪アン・シャバール≫は自らの力からすれば意に介する必要もない≪黄天蝶≫に気を取られてしまったのだろう。
本来なら起こりえない事象に警戒した、あるいは困惑したのか。
どちらにしてもほんの数十秒にも満たない間、≪アン・シャバール≫の意識から俺という存在は消えていた。
その隙に≪回復薬≫は使うことが出来た
とはいえ、それも長く続くものではない。
自らの力を奪われている、というのは理解しても≪黄天蝶≫に≪アン・シャバール≫を害する力はない。
事実として戯れに放った放電の一撃で数十にも及ぶ≪黄天蝶≫は許容量を超えた力に消し飛んでしまった。
それを確認した後、≪アン・シャバール≫が行うのは俺という獲物を狩る行為の続行。
俺の視線と嵐霆龍の視線がここに交錯した。
――……これで決めるっ!
一分にも満たない仕切り直し。
荒れた息を整え、俺は深く腰を落とした。
完全に回復する間での時間稼ぎに逃げるという選択肢は敢えて捨てる。
――この瞬間……≪黄天蝶≫の影響で弱体化している今が最も≪アン・シャバール≫の首が近い。
だが、その≪アン・シャバール≫を弱らせている≪黄天蝶≫も何時まで持つかわからない。
今この時も≪アン・シャバール≫が児戯のように放っている黒風で叩き落され、あるいは自壊し数を減らしている。
それでも総数が減ったようには見えないのはそれだけ供給されているからだろう。
とはいえ、その状態が延々と続くとは思えない。
必ず限界は来るだろうし、そうなれば≪アン・シャバール≫は先ほどまでの力を取り戻すだろう。
だからこそ、前に出るのだ。
最も力が弱まっている今というチャンス、二人が作ってくれたであろう好機をものにするために。
――腕の感覚から察するにまともに振れるのは一回か……十分。ダメージ自体は十分に蓄積している。≪激昂状態≫の勢いで誤魔化されてはいたけど……。
≪アン・シャバール≫の身体には確かに無数の深々とした傷が刻まれ血を流していた。
何度となく放った≪煌刃≫の一閃が確かに届いていた証拠だ。
≪龍≫属性のエネルギーの高密度の刃は≪龍種≫の堅牢な肉体を食い破る。
あとはただ致命の一撃を届かせるだけ。
俺は呼吸を整え息を吸い、そして僅かに吐いた。
その瞬間、弾けるように前へと飛び出した。
――≪龍氣≫、≪無窮≫
溜めていた力を一気に開放するが如く、スキルを使用する。
出し惜しみなどはせず、この十数秒に全てを注ぎ込むように感覚という感覚を引き上げる。
世界が白く見えた。
「―――っ!」
迫るこちらに対して雷撃が飛んできた。
まるで意思を持っているかのように俺を貫かんとする雷。
襲い掛かってくる雷光をギリギリで回避しつつ一気に距離を詰めると、その稲光に紛れるように最速の機動力を生かして≪アン・シャバール≫はこちらへと突進を仕掛けてきた。
ただでさ最速であるというのにこちらも≪アン・シャバール≫へと突進しているのだ、彼我の距離は刹那に間に縮まっていく。
――≪無窮≫、≪無窮≫、≪無窮≫
瞬きの間に迫り来る≪アン・シャバール≫の巨体、ぶつかり合えば死ぬのは間違いなくこちら……それでもなお、俺は更に加速する。
――ここ……っ!!
狩人と龍は倒すべき敵を見据え、ただ真っすぐに迫り……交錯するその一瞬、
――≪陽炎≫
直前に俺はスキルを発動させる。
作り出す幻影に紛れ、低く僅かに体勢を修正した。
「……っ!!」
交錯。
殺意を以て食いちぎらんと開かれた顎の一撃を回避すると同時に俺は飛び上がった。
――≪白魔≫
幻影の俺に食らいつき、後ろを取られた≪アン・シャバール≫。
飛び上がったことでその後背を取ったと同時に白銀色の結晶のワイヤーが放たれ突き刺さる。
「これで……っ!」
――≪無窮≫
俺と≪アン・シャバール≫の身体を繋ぐと同時に一気にエネルギーを開放して突撃する。
――≪無窮≫、≪無窮≫、≪無窮≫
大型モンスターを確実に仕留めるなら首を狙うのが一番だ。
何故なら強大な生命力を誇る大型モンスターは身体の一部を奪ったところで、心臓を穿ったところでしばらく暴れていられるようなのが良くいる。
故に確実に殺すならば脳を破壊するか、あるいは首を切り落とす方が手っ取り早い……言うは易く行うは難しとは、この事である。
だが、だからこそ俺は≪アン・シャバール≫の首を狙う。
ただの一撃で決着を決めるとするなら、狙うのはその一点……無防備に晒したその後ろ首、そこに渾身の一振りを叩き込むことだけを考え――全てのエネルギーを開放してその身体ごと吶喊した。
「ぁァああァァァあアァあっーーッ!!」
――≪煌刃≫
≪アン・シャバール≫がこちらの存在に気付いたようだがもう遅い、俺はただありったけの力を以て≪
俺の意思に応じるかのように過剰に放出されたエネルギーによって稲光のような輝きを放つ光の刃、その一閃は間違いなく≪アン・シャバール≫の首を捉え、
「ぉおおおおおっ!!」
咄嗟に放ったのであろう全身から放った黄雷がまるで刃物のように剣山のように襲い掛かる。
それは≪龍喰らい≫を貫き、襲い掛かるも俺は知ったことではないと刃を押し込み、
鱗を砕き、強靭な肉を切り裂き、そしてその奥の骨を断ち切り――そして、嵐霆龍の首は大地へと落ちたのだった。
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