第二百六十八話:黄天の河
≪黄天蝶≫、という≪羽蟲種≫という分類の小型のモンスターがいる。
黄色い羽根を持った蝶のモンスター。
とはいえ、モンスターというのはあくまで区分がそうだというだけで、ゲーム内においては攻撃もしてこない無害な存在。
彼らはいわゆる素材モンスターと呼ばれる存在で狩猟ではなく採取として集めることが可能な存在で武具や防具、アイテムの調合に使われる。
戦えるモンスターが多い『Hunters Story』の世界観の中であまり目立つ存在ではなく、大型モンスターならともかく彼らのことはさほど知らないプレイヤーも多いだろう。
だが、世界観の構成という意味で「大型のモンスターだけが生態系を形成しているわけではない」という開発サイドのポリシーのためか、目立つ存在ではなくても独特の生態などを持っていたり、種類によっては大型モンスターとの共生関係を築いているものもいたりと案外その設定は練られており、設定厨と呼ばれる人種を満足させるものだったりしたりするらしい。
まあ、天月翔吾はそういう人物ではなかったが……。
それでも≪黄天蝶≫のことを覚えていたのは単に初めて見たとき、とても綺麗で気まぐれにゲーム内の生態図鑑を見たことがあったからだ。
≪黄天蝶≫は≪グレイシア≫の南の密林地帯に生息する≪羽蟲種≫の小型モンスター。
黄色い文様のある羽を持った蝶の姿をしており、特徴的な生態として特殊な羽の鱗粉は電気を吸い上げる性質を持っているということが挙げられる。
その特徴からとあるモンスターと共生関係を築いているのだが――今はそこは重要ではない。
そう、重要なのは≪黄天蝶≫は周囲の電気を取り込む力があるという点。
「――っ、どういう……ことだ?!」
本来であれば決して避けられなかったはずの未来。
俺は≪アン・シャバール≫の迫り来る爪の一撃を避けることも防ぐことも出来ず、死に絶える――はず、だった。
その一撃が決まる直前、≪アン・シャバール≫が不意に速度を弱めなければそれは必然だった。
――なんで、急に……。
目測を誤ったわけではない。
確実に俺を取れるタイミングだった。
それでもどういうわけか≪アン・シャバール≫の勢いはほんの少しだけ弱まり、そのおかげで九死に一生を得ることが出来た。
≪白魔≫によって障壁を作り防御と同時に距離を取る。
すぐに追撃が来るだろうと思いきや何故か追撃をかけてこない≪アン・シャバール≫に、どういうことかと周囲に意識を移し――
「これ……は……っ!?」
ようやく気付いた。
荒れ狂う黒風に染まった一帯を飛ぶ無数の蝶の姿。
≪黄天蝶≫が空を埋め尽くしていた。
◆
「ぎ、ギリギリセーフ……」
「な、何とか間に合ったぁ」
画面の向こうの様子を息を呑みながら見守っていたエヴァンジェルとルキは同時に息を吐いた。
本当にギリギリと言ってもいいタイミングであったのだ。
彼女たちの手によってコントロールが奪われたプラントの生産施設を使い、生み出された大量の≪黄天蝶≫があの場にたどり着いたのは……。
「≪アン・シャバール≫の力の源は莫大なまでの電力です。攻撃にも移動にもそれらを多用している。逆に言えばそれを弱めることできれば弱体化することが出来るかもしれない。そこで思いついたのが――」
「あの≪黄天蝶≫だと?」
「ええ、資料の方に載っていたのを覚えていたので。あのモンスターは電気を吸い上げる性質があり、また引き寄せられる生態もしています。だから、施設を稼働して生み出してまえば後は勝手に膨大な電気エネルギーを放っている≪アン・シャバール≫の元にたどり着く」
電気を吸い上げる、という性質があるとは言っても限りはあるしその限度もそれほど高くはない。
所詮は小型モンスターでしかない、生態系の頂点である≪龍種≫からすれば存在のスケールが違うため一匹や十匹居たところで大した影響はなかっただろう。
だが、それが百匹ならどうだ。
あるいは千匹居ればどうか。
それでも全く足りない――という可能性は勿論あったが、それでもやらないよりはマシだ。
二人はこのサブ制御室からコントロールシステムに介入し、≪黄天蝶≫を後先考えずに生産するように命令した結果が……この空に流れる黄色い運河のような光景だ。
「構造が比較的簡単な蟲系統のモンスターであったのと小型モンスターだったのが良かったですね。でなければこんなには早く作ることは出来なかったでしょうし、数を揃えることも出来ませんでした。……まあ、だいぶ無理をして成長を促しているので正確に言えば≪黄天蝶≫擬きというべきなのでしょうけど」
ルキが付け足したように画面の向こうにいる大量の≪黄天蝶≫だが、よく見るとひらひらと舞いながらも崩れていく個体が目に入った。
≪グレイシア≫へ攻めてきた大型モンスターの一部にあった光景だ、急速に育てられたことでその肉体に負荷がかかったために自壊した個体だ。
とにかく数を用意するためにエヴァンジェルが生み出されるモンスターへの負荷を考慮せずに生産した結果だ。
自らの都合で生命を作り上げ消費する、その結果。
崩れていく≪黄天蝶≫の姿に冒涜的な何かを感じるも「今はその時ではない」とエヴァンジェルは一先ず意識を切り替えた。
「これでアリーは何とかなるかな?」
「わかりません。少なくとも効果はあったはずです。だからこそ、アルマン様は助かったわけですし……どの程度かはわかりませんけど」
そう言って目の前の計器を弄りルキは答えた。
「でも、アルマン様なら大丈夫です。きっと立て直してここから大逆転してくれると信じましょう」
「そうだね」
「どのみち、これ以上はここから出来ることはありません。……というかですね」
「……ああ、わかってる」
エヴァンジェルは頷いた。
アルマンのことは心配だし、何ならちゃんと倒すところまで確認したいところであったがそうもいかない事情があった。
〈――重大な不正行為を確認。施設内に侵入者あり、施設内のセキュリティレベルを上昇。警告発令。侵入者を排除します〉
「やっちゃいましたねー」
「やっちゃったね」
「くぅーん」
けたたましく鳴り響く警告音声にエヴァンジェルはちょっと懐かしい気持ちになりつつ腰を上げた。
「今までは上手く凌げてたんだけどね。まあ、襲われはしたけど」
「あれはただの作業用のモンスターというか……単に見慣れないものがいたから近づいてきただけなんでしょうね、命令とかでなく。基本的に独立的な端末に近いものでしょうから、だから私たちの存在は気づかれてはなかった。扉を開ける時も気を付けたんですよね?」
「バレないに越したことはないからね。気を遣って誤魔化していたんだけどね」
「流石に生産施設のコントロールを強引に奪うのは……気づかれちゃいますか」
つまりはそういうことだった。
アルマンを助けるために強引な手を使ってしまったために、どうやら上手く凌げていた施設のセキュリティシステムに二人と一匹は認識されてしまったらしい。
先ほどまでと違い、どうにも慌ただしくなってきた気配を感じる。
「ま、仕方ありませんよね」
「そうだね。ここで調べられることは調べ終えた。どのみちどこかで見つかるはずだっただろうし、それが早まっただけと思うことにしよう」
エヴァンジェルはそう言うとスクッと立ち上がると一瞬だけ画面の方を見た。
「頑張ってね、アリー」
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