第二百六十七話:死線
即死をすることだけは何とか免れた。
咄嗟に使用した≪白魔≫の膜がなければどうなっていたか……恐らくは大ダメージを受けて動けなくなったところを止めを刺されて終わりだったはずだ。
逃れることが出来たのは運がよかった。
「はぁ、はっ……ぁ、エヴァ、母さん……ついでにルキ……」
とはいえ、それだけだ。
現状、最悪だけは回避したというだけで状況がよくなっているわけではない。
雷を纏った爪が牙が掠める。
軌道を変幻自在に変えながら放たれた羽根がこの身を穿たんと迫る。
雷光を放つ剣角が両断せんと振るわれる。
「ぐっ、ぅうう……っ!」
息もつかせぬ怒涛の攻め。
ただ、それを片腕だけで捌く――それは至難の業であった。
――……左腕の感覚が……代償は安くはなかったか。
≪白魔≫のよる膜を作る際、突き出した左腕の被害は大きかった。
防具である≪龍喰らい≫も目に見えるほどの損傷をし、中身である腕もどうにも感覚がなく痺れダランと下がったままの状態。
確認をする暇はなかったが恐らくは焼き爛れてしまっているだろう。
――神経にまではいってない……と思いたい。いくら≪
だからこそ、懐に忍ばせている≪
ヘイトが一人に向くソロでの狩猟のデメリットだ。
メリットも多いがこういった風に一呼吸を置いて体勢を立て直すときに難儀をする。
ゲームでも予想外の大ダメージを受けてからの立て直しというのは難しいが、ゲーム内とは違いこの「楽園」では痛みや怪我自体の影響で動きが鈍ってしまう。
「……っ、ぁ!!」
痛みは思考力を奪い、思い通りに動かぬ体は焦燥を駆り立てる。
――マズイ、マズイマズイ! これは死ぬ……っ!
ただでさえ相手は≪龍種≫の中でも最強と称される嵐霆龍≪アン・シャバール≫だ。
どれだけ強力な攻撃だったとしても隙が大きければ対処すること自体は難しくはないが、隙が少なく速く多様で変幻自在に攻め立ててられ対処の手数が足りなくなってきている。
万全な状態ならともかく、腕を一つ使えない状態で戦える相手ではない。
とはいえ、一旦距離を取ろうにも≪無窮≫による加速にもついてくる機動力を向こうも持っているので振り切るのは不可能。
一度相手に手痛いダメージを与え、怯ませている間に体勢を立て直す――という手段もあるが、それをするにしても片手が使えないのが致命的だ。
引くのも、反撃するのも出来ないからこそ守りに俺は入っているがこれではじり貧だ。
――それはわかってはいるが……っ!
このままではマズイとわかっているのに手段がない。
その事実が俺を焦らせる。
こちらも手負いだが向こうとて手負い。
度重なる攻撃によってダメージが蓄積したからこそ、≪アン・シャバール≫は≪激昂状態≫に移行したのだ。
そういった意味では互いの状態はイーブンとも言える。
だが、明確に違うのは≪激昂状態≫に入ったモンスターは一種のカンフル剤が入って強化されている状態だがこちらはそうもいかないという点。
――このままだと……っ! せめて少しでも勢いが鈍ってくれれば……。
そんなことを考えながらも俺は≪
片手が使えない以上、身体全体を使って独楽のように振るった遠心力を生かした一撃。
振り下ろされそうになった≪アン・シャバール≫の前脚を弾き飛ばし、そのままの勢いを利用して距離を取るように跳躍。
だが、纏わりつくような黒風のせいで飛距離は思う通りの稼げず、すぐ様に距離を潰すように突進をかけてきた≪アン・シャバール≫へ舌打ち交じりに対応する。
――≪陽炎≫、≪無窮≫
ギリギリまで引き寄せ回避行動。
側面を取って≪
――ダメだ、浅い……っ!
放った一閃は≪アン・シャバール≫の身体に傷を刻むことには成功するも、それは相手に怯ませるには足らず、むしろ戦意を高める効果しかなかった。
幻に一瞬気を取られるも攻撃を受けたことによって、こちらを捉えた≪アン・シャバール≫は攻撃を仕掛けてくる。
両前脚を使った三連撃の爪撃。
既に何度も受けた攻撃のパターン。
俺はそれを体捌きだけで逃れ、次の攻撃に備えた。
――このパターンだと、爪の攻撃が終わった後に一度下がってからの≪ライオット=フェザー≫……厄介の技だけど一瞬でも距離を作ってくれるなら……っ!
チャンスではある。
タイミングを間違えないように慎重に測りながら、俺は三連撃目の攻撃を回避し、
――今……っ!
それと同時に≪白魔≫で壁を作って凌ぎ、その隙に――と脳内で描いていた展開は≪アン・シャバール≫の予想外の動きにあっさりとひっくり返された。
「なっ――?!」
一旦距離を置くために後ろに跳んだ……かと思いきや、身を捻り飛んできた尾の一撃に俺は溜まらずに吹き飛ばされた。
「ぐっ?! あ、あぁ……っ!!」
予想外の行動。
――いや、予想外でも何でもない……っ! そもそも今追い込まれているのも≪アン・シャバール≫の想定外の技だったからじゃないか! くそっ、迂闊。
戦闘ルーチンの高さか、あるいはこれもバグの影響故なのかそれはわからないが相手の動きに反応が遅れたのは痛かった。
防御は、できた。
経験のなせる技か、生前の本能か。
咄嗟に≪
人の身体なんて軽々と吹き飛び、全身に走る衝撃に一瞬意識が揺らいだ。
それでも何とか無防備に地面に叩きつけられることは避け、体勢を立て直しつつ着地を図ろうとするもよろけてしまい、
――あっ、しまった。
その硬直を見逃さず、迫ってくる≪アン・シャバール≫の姿にただ思う。
――これは避けられない。
戦い抜いてきた狩人としての経験が残酷に俺に告げてきた。
体勢を立て直すまでにかかる一瞬の時間、その間に加速して迫り来る≪アン・シャバール≫の爪は届く。
それに対して俺は防御も回避も間に合わない。
無防備にその爪は命を奪うだろう。
そんな未来が確かに見えた。
俺が何をするにしても遅く間に合わず、故に未来は変えられない。
その未来から逃れることが出来るとしたら、それは――
走馬灯というやつなのか世界が酷く緩慢に見える中、視界の端で俺は何かが過ったような気がした。
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