第二百六十六話:少女たちの戦い


「アリー! ……っ、アリー!」


「だ、大丈夫です! アルマン様ならきっと……っ!」


 画面の向こうで≪アン・シャバール≫の攻撃にアルマンが呑み込まれる様子にエヴァンジェルは悲鳴を上げ、ルキは自らに言い聞かせるようにそう呟いた。


「くぅーん……」


 二人と一匹がいるのは施設の奥に進んだ一室。

 おそらくは施設内のサブ制御室らしき場所にたどり着いていた。


 全ては先行しているフェイルのお陰。

 メイン制御室ではなかったがそれでも≪霊廟≫一帯のシステム、そして施設には干渉できそうだったのでエヴァンジェルが力を使って情報を引く抜いている最中のことだった。

 外の様子が気になり、サブ制御室の画面に外の様子を写したら――ちょうどそのタイミングだったのだ。


 大地より天を昇る雷の本流。

 人一人なんて軽く呑み込めるほどの雷光の柱にエヴァンジェルもルキも動転した。


 如何なアルマンでも死にかねない。

 いや、生きていたとしても瀕死を免れないほど一撃だと――画面越しでも察してしまったがゆえに。


「あっ、生きてます! 生きてますよ! 流石アルマン様です!」


「アリー……っ!」



 だが、≪龍狩り≫の名を持つ狩人はそれでも生きていた。


 雷の波濤の中を突き破るようにして逃れたアルマンの姿をルキが見つけて歓声を上げた。

 エヴァンジェルも腰の力が抜けたような脱力を覚えるが何とか耐え、自らの恋人であり婚約者の姿を見つめた。


「白い結晶……? そうか咄嗟に≪白魔≫で……」


「たぶんそうですね。避けられないと察してせめて減衰させるためにやったんでしょう。それが功をしてダメージを緩和させることには成功したみたいですけど――」


 そこでルキは言葉を切った。

 彼女たちが言い合っている間にも時間は進んでいく……息の根を止められなかったことを察した≪アン・シャバール≫は当然のように距離を詰め襲い掛かり、アルマンもその攻撃をしのぐように≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫を振るった。

 

「これって……」


 その光景は先ほどまでの焼き直し、一見すると。


「アリーの腕が……」


 だが、よく見るとアルマンの左腕の様子がおかしい。

 本来、両手で握って振るうはずの≪大剣≫を右手だけで振るっていた。


「先ほどの負傷が……やはり無事じゃすまなかったんです」


 身の丈にも匹敵する刀身の武具。

 如何に超人に近い身体能力を与えるE・リンカーの力があったとしても片手で振るう……いや、振るだけならできるかもしれない。


 だが、戦闘が成り立つレベルで操る――というのはいくらなんでも不可能だ。


 持ち手の意思次第で刀身からエネルギーを放出し、推進力を発生させることができる≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫だからこそ、そして≪無窮≫の力があってこそだろう。

 防具である≪龍喰らい≫の各部噴出口からの放出されるエネルギーを利用し、強引に体全体を使って勢いをつけ≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫を振るって渡り合って見せた。


 曲芸、といっても過言ではないほどの絶技。

 アルマン以外の誰がそんなことができようか……とはいえ、



「だめだ、押されている……」


「――アルマン様」



 曲芸は曲芸でしかない。

 ダメージが深く、回復する暇すらなく苛烈な攻撃にさらされているアルマンの姿にエヴァンジェルは悲鳴を上げかけ――そしてかみ殺す。


「ルキ……なにか僕たちにできることは?」


「私たちには私たちの役割があります。とはいえ、嵐霆龍≪アン・シャバール≫がこれほどに強いとは……」


 一対一ならばアルマンは決して負けない。

 ルキはそう思っていた、根拠もなく……だが、信じていた。



 狩人とモンスターとの闘い、そんなのは紙一重でいくらでも結末は変わると――知っていたのに。



「ルーティンの変更? いや、蓄積したバグによる行動の変化……いえ、今は原因の究明は後です。ここから何かできること……」


 ルキは頭をフル回転させる。

 今から彼女たちが造園に向かう……間違いなく悪手だ。

 アルマンですら手間取る高速三次元戦闘。エヴァンジェルは当然としてルキも対応できる気がしなかった。

 一応、E・リンカーの力によって身体能力、反射速度などに大した差はないはずないはずなのに……だ。



 それほどまでに今のアルマンの動き――プレイヤースキルというものは人外に近いレベルに達している。



「……まあ、自覚は薄いようですけど」


「何か言った?」


「いえ、なんでも。……あれで≪金級≫ぐらいの狩人とかだったら、練習したらイケるとか思ってますよ絶対」



 ルキはぶつくさと文句をこぼしながら施設内のデータを漁って行く。

 自分たちが出るのはただの足手まといにしかならない、だがこの状況を見過ごすわけにもいかない。


 ならば、この場所から出来る支援を模索する必要がある。

 幸い、エヴァンジェルの≪龍の乙女≫の力によってハッキングしてデータを抜き出すことは難しいことではなかった。


 とはいえ、データを抜き出しただけでは意味がない。

 得られたデータ、それをどう生かすかが問題となる。


「何か思いついたか? ルキの発想力なら――」


「待ってください。もうちょっと……私はこういう時のために」


 エヴァンジェルの声にうんうんと唸りがながらルキは答えた。

 施設内の大まかな構造図等、目的のためのデータは得ることができた。

 二人の役割についてなら順調に進んでいるといえるが――アルマンが負けてしまっては意味がない。



 戦い、という意味でも。

 そうじゃない意味でも。



「≪アン・シャバール≫が想定よりも強い……なぜ強いかは今はどうでもいい。後において置くとして……アルマンの援護にはどうすればいいか。あの膨大な火力――強さの源泉でもある≪雷≫属性の力をどうにかできれば……。」


「どうにかって?」


「それを考えているとこです。ですが、嵐霆龍≪アン・シャバール≫のあの機動力、そして大火力。妨害を仕掛けてくる黒風も……全て体内から発生させている、あるいはからのエネルギー供給による≪雷≫属性エネルギーによるもの。それを何とか弱めることができれば――ってそうだ!」


 ルキは何かを思いついたこのように喜色を交えて叫んだ。





「この場所だから――できることがあります! エヴァンジェル様、お力をお貸しください!」


「アリーのためになるのなら当然さ! ……何をすればいい?」




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