第二百六十五話:大地より昇る雷
嵐霆龍≪アン・シャバール≫の咆哮が渓谷の底の全てを覆った。
今までの威嚇や怒りを表す声ではない。
天を震わし、大地を揺らし、一帯に響き渡る大咆哮。
俺はその行動を知っている。
最強の≪龍種≫と呼ばれた≪アン・シャバール≫。
変幻自在の機動力を以て他の≪龍種≫よりも高い戦闘AIを持つ奴の攻撃は苛烈にして鋭い。
それでもこちらもこれまで狩人として実際にやってきた経験、そして天月翔吾の記憶という知識、そしてルキという天才の作である
こちらも無傷ではいられなかったが、それでも≪アン・シャバール≫に与えたダメージは少なくはない。
こちらは携帯用で数に限りがあるとはいえ回復アイテムもあるのだ。
全体的な戦いはこちらが優勢に進んでいた……と見るべきであろう。
だが、あくまでそれはこれまでの話。
ダメージを負って弱っているということは次に来るのは――そう、≪激昂状態≫である。
今の大咆哮が状態移行の表す行動であり、それと共に≪アン・シャバール≫は全身の毛が逆立ち、更にはバチバチと全身を紫電で纏う姿となった。
正しく≪激昂状態≫の嵐霆龍≪アン・シャバール≫だ、この状態になると攻撃力が増大し、更には機動力も――
轟っ!!
「――っ!?」
そんなこちらの思考を置き去りにするが如く、気づけば≪アン・シャバール≫は俺のすぐ目の前にまで突進してきていた。
周囲の黒風を利用した自身への電磁加速……肉体による物理的な突進とは違い、予備動作が恐ろしく少く、また加速によって一瞬で距離を詰めてくるのでまるでワープしているような錯覚すらしてしまう。
恐ろしいまでの速さ。
――回避、不可能! 迎撃、一拍遅い!
真正面からもろに食らうわけにはいかない。
咄嗟に横に倒れこむように飛ぶと同時に、突っ込んでくる≪アン・シャバール≫の体との間に≪
「ぐっ、うぅっ!! のぉ……っ!」
刀身にかかる凄まじいまでの威力の圧力。
思わず弾き飛ばされそうになる手を意地で耐え、倒れつつも≪無窮≫によって体勢を立て直し、俺は何とか強引に受け流すことに成功する。
「なん、とか……っぅ!」
腕に痛みが走った。
見れば防具に覆われている右腕だが、まるで鋭い刃物にズタズタにされたかのような傷が刻まれていた。
「やっぱり厄介だな……」
原因は当然の如く≪アン・シャバール≫だ。
やつが≪激昂状態≫になって全身に帯びた紫電の雷光はただのエフェクトではなく、鋭い刃物のようにダメージを与えてくるようになる。
これ自体のダメージはそれほど高くはないが、この技のせいでHPがミリ削りしてくるので一部のスキル構成――HPを低く維持することで大幅に強化をする、といったコンボが使いづらくなっている。
――……ゲームだと大して気にはならなかったけど、痛みもある「楽園」では結構厄介だな。真っ当に強いくせに嫌らしい能力を……。
内心で文句を言いながら俺は片手を一瞬だけ離して懐に手を突っ込むと二つの小瓶を取り出すと握りつぶして右腕に一部かけ、残りは全て飲んだ。
戦いで負っていた大小の傷が急速に回復していくのを感じる。
感じながらも、
「少しは休ませてくれても……いいと思うけどっ、ねっ!」
こちらのことなどお構いなしに突っ込んでくる≪アン・シャバール≫の攻撃を捌く。
周囲に黒風を利用し縦横無尽、変幻自在に跳び回りながら攻め立て来る。
「ゲームの中でここまで動いていたっけ!? いや、そうか……俺も飛んでいるから?」
ゲーム内では確かにジャンプ攻撃とかはできたが地に足は基本的につけて戦っていた。
それが今の俺は特異スキルのせいもあって主戦場が空中になっている、ならば相手プレイヤーである俺があり得ない動きをしている以上、それに対応して≪アン・シャバール≫もおかしくはなっても納得できるというものだ。
ならば、戦闘スタイルを天月翔吾の時のようにした方がパターンの誘導もしやすく戦いが楽になるのではないかと一瞬、考えるも――
「――いや、ダメだな」
≪霊廟≫の中心にある遺跡。
ルキとエヴァンジェル、フェイルが向かった場所の方角をちらりと見やり俺はその案を破棄した。
――あっちがどういった状況になっているのかまるで想像はつかないけど、攻撃の余波で影響が出かねないのはまずい。出来るだけ攻撃は上の方に向けさせないと……。≪激昂状態≫になってから色々と大技が派手になるんだよな、≪アン・シャバール≫……。
≪激昂状態≫に入った場合、モンスターの行動パターンや技の威力、技自体にも変化が出る。
≪アン・シャバール≫もそうだ。単に≪刃雷≫を纏うようになっただけではなく例えば巨大な剣角に雷撃を集中させて放つ巨大な雷刃の一撃、≪ライオット=ブレイド≫も規模が大きくなり攻撃範囲をが縦に異様に伸びてきたり、≪ライオット=フェザー≫も螺旋回転して飛ぶようになり一撃一撃の威力が高くなって飛び交う――などなど。
他にも多くの技がある基本的に攻撃範囲が多くなっているものが多い。
一応、遺跡の方からはある程度離れた場所で戦っているとはいえ……。
「……問題はない。別にパターンが読み辛くなっただけ。それだけで劣勢になるほど修羅場は超えていない」
万が一は常にある。
だからこそ、俺はそのままの戦闘を維持する。
≪無窮≫、≪白魔≫、≪龍氣≫を使いこなし三次元での高速戦闘を≪アン・シャバール≫相手に行う。
一閃、二閃、三閃、五閃、十閃、十二閃――
≪煌刃≫が輝き、雷光を帯びた剣角と刃を散らす。
爪を砕いたかと思えば、龍の牙が首をあわやに掠める。
一歩も引かず、薄氷の上を渡るような戦い。
天地上下も関係なしに幾度も俺は≪アン・シャバール≫とぶつかり続けた。
――いける……さっき飲んだ≪
この時の俺には余裕があった。
死闘であったのは確かで、少しでも油断をすれば負けかけない――そんな緊張感の中に戦っていたのは事実だが、どうしてもこれが最後ではないという意識がどこかにあったのだ。
全く情報のない≪龍種≫――創世龍≪アー・ガイン≫。
その存在が控えている事実が……どうしても今が終わった後のことについて意識させた。
だからこそ、
「っ!? この動き――≪ライオット=バーン≫か!?」
大きく跳び下がり巨大な剣角を天に向け、空から降ってきた雷をその刃に集めた姿――大技の予備動作に俺は判断を間違えた。
≪ライオット=バーン≫とは雷撃を極限まで刃に収束させた≪アン・シャバール≫がその剣角を勢いよく大地に突き刺しエネルギーを開放、プレイヤーの足元から天に昇る雷を発生させる大技……だったのだが。
「なっ、これは……っ!?」
当然、この技のことも知っていた俺はすぐさま回避行動に移った。
≪ライオット=バーン≫は初見時こそ受けやすい技ではあるが、技発生のための前動作がわかりやすいので対処はしやすい。
遠隔攻撃なのでどうしても攻撃発生のためのラグが発生するのでその間にその場から動いてしまえばいいのだ。
だからこそ、俺は地面から天へと昇る雷の一撃をあっさりと回避し――続けて畳みかけるように発生した二発目、三発目の≪ライオット=バーン≫を諸に受けてしまった。
「がっ、ぁあああああっ!!」
気づくべきだったのだろう。
雷を剣角に
敵がこちらの知識にない行動を取ってくるのは知っていたはずなのに。
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