第二百六十四話:出迎え


 ≪霊廟≫と呼ばれるエリア。

 目的地であるその中心と言うべき遺跡内に入るまではとてもスムーズに事が進んだ。


 中を進んでアルマンが手前まで行って引き返したという扉を見つけるのもさほど手間ではなかった。

 構造自体はそこまで複雑ではなく、ほぼ一本道であったのも大きいだろう。

 拍子抜けするほど簡単に辿り着き、エヴァンジェルの力を使って扉を開け進むのもまた――思いの外、手間はかからなかった。


 故に少しだけ油断、というか楽観があったのは否定できない。

 外からの振動を微かに感じ、誰の手助けも借りずまた一人で≪龍種≫と戦っているアルマンのことを思って焦燥があったのも事実。


 だからこそ、先にどんどんと進もうとして――



「ひぇええええええ!?」


「きゃぁああああああっ!? キモいキモいキモい!」


「ほら、エヴァンジェル様! 武具を振ってくださいよ! もっと来てます!」


「ルキも頑張れよ! キミは僕と違って本職だろ!?」


「本職といっても私は採取が専門だったというか、そこまで狩猟専門だったわけでも……というか最近はもっぱら閉じこもってましたし」


「それでもルキの方が経験があるのは間違いない。ほら、僕はただの美人知的な未来の辺境伯夫人だから……さあ、やるんだ!」


「こんな時に権力を振り翳さないでくださいよ! あとでアルマン様に言いつけますからね!」


 現在、エヴァンジェルとルキは必死に逃げていた。

 何からといえば――



 ガサガサガサガサ。

 ガサガサガサガサガサガサ。


 二人を追ってくる小型モンスターの群れからであった。


「ひィっ!? ちょっ、まだたくさん来てます! カサカサ来てます!」


「カサカサは言わなくても聞こえてる! ああ、もう! そりゃモンスターの一つや二つ、≪エンリル≫のこともあって想定はしていたけど――」


 「楽園」にとって重要な施設、その内部に不法侵入するということでそれなりの想定はしていた。

 具体的に言えば≪深海の遺跡≫の時の経験を踏まえ、改造して完全に支配下に置いたモンスター――合成獣キメラの存在を二人は考慮していた。

 故に内部に入って小型のモンスターに襲われること自体は想定の範囲内だったのである。

 その心の準備もして足を踏み入れた。



 想定していなかったのはそのモンスターの種族……いや、正確に言えば合成獣キメラなのだからベースとなったモンスターの種族というべきか。

 それが問題だったのである。



 多種多様なモンスターが溢れるこの世界において、不人気なモンスターの種族とは一体何だろうか。

 ロルツィング辺境伯領≪グレイシア≫調べ、現場の狩人に聞いて堂々たる不名誉ナンバーワンに輝いたのは――


「なんで虫ィーーー!? しかもワサワサして脚が……脚が!」


「蜘蛛のベースですね。壁とか天上にも上れて便利だから……とかですかね!」


「考察はいいから撃って!」


「施設内だからそうは撃てないですよっと! うぎゃぁ!? 銃身でぶん殴ったら変な汁が!」


「これだから虫は嫌なんだ!」


 ≪食虫種≫と呼ばれる種族のモンスター。

 まあ、言ってしまえばデカい虫だ。


 一部の≪甲殻虫種≫はカッコイイと人気があったりするのだが、基本的に男女問わず「なんか不気味」「キモい」「ワサワサしてる脚とか無理」「変な粘液というか汁とか攻撃すると出すし」「他の生き物を殺す時と違って武具で貫く感触が「ぶちょ」って感じになるのが……」などなど圧倒的な不評な意見で占めるのが≪食虫種≫と呼ばれるモンスターだ。

 例に漏れず、エヴァンジェルもルキも彼らを苦手としていた。


「狩人云々の前に女性的に無理!」


「精神攻撃も兼ねて用意していたとしたら大正解ですよ「ノア」!」


 二人は半泣きになって迫り来る蜘蛛型の合成獣キメラに対処していた。

 見た目があれ過ぎるのを除けば所詮は小型モンスターでしかない、彼女たちの武具で十分に対処可能なレベルではあるのだが……。


 エヴァンジェルが振るった≪鮮血薔薇ブラッド・ローズ≫が二体のモンスターに命中する。

 ぶじゅる、という肉や内臓に刃が通った時は別の奇妙な手応え、それと吹き出る粘性のモンスターの体液。

 特殊な毒によって相手の傷を塞がらなくして追加ダメージを与える≪出血≫状態、それを与えられる≪鮮血薔薇ブラッド・ローズ≫の力が変に悪さをしているのだろう、大量のべちゃっとした粘液が顔や髪に降り注ぐ。


「…………」


 ルキの火焔鐵榴弾砲・弐式ミーシャル・ギルが放たれる。

 大型モンスターにすら効くように設計された威力は小型モンスターである蜘蛛型合成獣キメラを弾けさせた。

 当然のように一帯に散らばる……。


「…………」


 これでも≪グレイシア≫の女、モンスターの血や内臓程度で怯む二人ではなかったが、蜘蛛型合成獣キメラを迎撃すれば迎撃するほどに自分たちの中の精神的な何か減っていくのを感じた。


「……知ってます? 外だと蜘蛛は虫の仲間じゃないらしいですよ? まあ、この世界だと丸ごと≪食虫種≫で括られてますけど」


「心底どうでもいい情報ありがとう、ルキ」


 などと話しているもの敵は無尽蔵化と思えるほどに出て来る。

 エヴァンジェルたちは徐々に追い詰められていった。


 逃げようにも二人の目的は奥にある。

 外に向かえば逃れられるかもしれないが……それでは意味がない。


「というわけでそろそろ行きたいんですけど」


「たぶん、もう少しだとは思うんだが」


 そう呟きながらエヴァンジェルは手に持っていた≪鮮血薔薇ブラッド・ローズ≫を構えると――何やら敵の後方が騒がしくなっていたことに気付いた。


 奥からどんどんと出て来ていた蜘蛛型合成獣キメラ……その群れの後方からこちらに向けて

 道中の敵を吹き飛ばしながらやってきたのは一つの影、



「帰って来たか、フェイル!」


「おん!」



 三人目――ではなく、三体目の仲間PTメンバーの≪ノルド≫のフェイルであった。

 ルキやエヴァンジェルよりも動きは俊敏で、尚且つ周囲の気配にも敏感。

 だからこそ、施設内の奥に先行させていたのだが……。


「その様子だと通路は見つけられた様子ですね! 偉い!!」


「よし、やってやれフェイル!」


 エヴァンジェルの声に応えるようにフェイルは装着していた武具を器用にその口で引き抜いた。

 ≪凍龍剣≫と呼ばれる≪ザー・ニュロウ≫の素材から作られる≪氷≫属性のノルド専用の武具。

 ≪龍種≫の素材使っているだけあって等級は上位、小型モンスターの括りであると思えないほどの攻撃力で以って蜘蛛型合成獣キメラの群れへと勇猛果敢に飛び込むと蹂躙していく。


「ひゃあー、強い」


「確かに……フル装備したフェイルって並の狩人より強いんじゃ」


 武具だけではなく、ステータスを向上させる≪ノルド≫専用の防具までスピネルたちの情報提供の元に用意したフェイルは二人がそう思わず言ってしまうほどに強かった。


「流石はプレイヤーの相棒バディ用のモンスターって感じですね」


 人には出来ない四足の独特の瞬発力で距離を詰め、振るわれる≪凍龍剣≫の冷気を纏った一閃。

 それは蜘蛛型合成獣キメラを粘液を飛び散らせずに絶命させる。

 凍り付いてしまったが故の現象だ。


 その様子に気付いたルキとエヴァンジェルは再度フェイルを褒め称えた。


「≪グレイシア≫の名犬! 名狼! ……あれ、どっちだったっけ?」


「全て終わったらいっぱい美味しいもの食べさせてやるぞー」


 大量の蜘蛛型合成獣キメラの群れ、それを殲滅しきるのはそれからさほど時間はかからなかった。



「よし、あらかた片付いたな。一体何だったんだ? こいつら」


「恐らくは施設内の作業用合成獣キメラだったんじゃないですかね? 警備用にはキモいだけで……。脚は蜘蛛のようで壁も天井も自在。それに何か爪というか鋏みたいなものを運んだり、挟んだりできるような腕もありましたし」


施設作業用合成獣キメラ……か。なるほど……≪深海の遺跡≫の時も思ったけど「ノア」って美的センスは無いよね。≪深海姫セイレム≫もキモかったし」


「所詮は効率厨のAIってことなんですかねー……っと、出来ました!」



 話しをしつつも何やら作業していたルキはそう言うと触っていた板のようなものを取り出した。

 ≪アトラーシス号≫の内部にあった機材のタブレット端末である。

 今回、必要になると思いルキは外して持って来ていたのだ。


「どれどれ、これがフェイルの施設に入ってからの動き?」


「ええ、そうです。記録できるようにちょっとソナーを背負わせて先行させた価値がありました。凡そになりますけどこれが施設内の地図で……向かうべき場所恐らくこっちの奥ですね」


「なるほど、じゃあ行こう」


「ええ、フェイルも一緒に行こ?」


「うォん!」









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