第二幕:生と死が交わる園

第二百六十一話:帝都にて



「ぬぅん!! はぁっ!!」


 豪快な≪大斧≫の一薙ぎが放たれた。

 獅子の紋様が刻まれた上位武具の名は≪獅子王の斧≫、上位武具の名に恥じない攻撃力は当然としてその力強い意匠は彼によく似合うと常々思っていた。


 かれこれ、もう二十年も前の話になるが。


「陛下ぁ! ご無事ですか、陛下ぁ!」


「ええい、騒がしい。怒鳴るでないわ、聞こえておる!」


「ご無事で何よりでございます! しかし、やはり≪モガメット≫を離れたのは問題があったのではないかと。如何に精兵である≪王宮騎士団≫と言えども万が一ということが」


「良いのだ。これで……」


「しかし、御身の安全が」


「よい。儂らの謀りごとじゃ、安穏と結果を待つだけというも道理が通らんじゃろう」


「意味が良く……」


「それよりもじゃ。外の様子はどうじゃ? モンスター共の動きは?」


「はっ、現在この帝都を多数のモンスターが襲撃しています。今までになかった集団的かつ多方面からのもので対応に難儀を……」


「街に潜り込まれたのが厄介じゃの。こっちの主な狩猟法と言えば多人数での圧殺。市街地戦ともなれば連携も難しかろうて」


「……はい、誠にお恥ずかしながら」


「よい、このような異常な襲撃では如何なグリンバルトとて後手に回るじゃろうて」


「陛下の命によって強制的に市民を複数の箇所に集めていなければどれだけの被害が出ていたか……陛下は此度の襲撃の兆候を察知しておられたので?」


「辺境伯からの手紙でな、もしもと思っただけじゃよ。モンスターたちの異変についてはお主とて気付いておったじゃろう?」


「報告については確かに……。ですが、ここまでのことになるとは」


 現在、帝国の誇る帝都≪グラン・パレス≫は多数のモンスターによる襲撃を受けていた。

 今までもモンスターによる被害がなかったわけではなかったが、例外的に帝都のど真ん中で暴れた例の≪リンドヴァーン≫を除けば然したる被害もなく討伐されるのが常だった。

 多数の狩人を運用でき、基本的に頭数も強さも東に劣るモンスターは見つかれば囲んで狩られるのが通例だった。


 だが、今回はそう簡単な話でも無かった。


 多数のモンスターが同時に多方面から現れたのだ。

 慌てて対処しようとするも≪グレイシア≫と違って城壁に囲まれているわけでもない≪グラン・パレス≫はあっさりとモンスターの侵入を許してしまい、混乱した様相を呈している。


「向こうと比べて大型モンスターが主力じゃないだけマシじゃのう?」


「やはり、辺境伯領も?」


「ここがそうなのじゃ、向こうで異変が起きていないと考えるのは些か事態を軽く見過ぎじゃのう。まっ、向こうとの連絡便もどうにも途絶えてしまって様子がわからんからそれも想像でしかないがな」


「ロルツィング辺境伯は大丈夫でしょうか」


「ふはっ、あやつの心配などをするだけ無駄じゃ。辺境伯は英雄ぞ? ≪龍狩り≫という名の英雄――やつでダメならばそれが天命であったのだろうよ」


「陛下……」


 グリンバルトの声に少し言い過ぎたかと後悔するも所詮は今更かとギュスターヴ三世は思い直した。

 既に賽は投げられた。

 もはや、後戻りは出来ず結果を待つだけの身――だとしてもやるべきことはある。


 今、生きている限りは。


「向こうのことは良い、辺境伯に任せよう。儂らは儂らに出来ることをしようぞ」


「……はっ!」


「とにかく、帝都の被害を最小限に抑えるのじゃ」


「ならば、陛下。やはり、御身も≪モガメット≫へ。王城として堅牢に作られたあそこならば安全で守りも易く」


「ならん」


「陛下!」


「違うのだ、グリンバルトよ。儂があそこに籠ればモンスター共は集まってしまう、それは危険ぞ」


「モンスターが集まる……? それはどういう――」


「やつらは儂の首を狙っておるのじゃ。ふふっ、今更この老いぼれの首が美味に見えてきたのかのう?」


「……まさか、そんな――何故、急に?!」


「事実じゃ、グリンバルト。理由はそうじゃな、天が儂に死ねと命じておるのじゃろう」


 それだけの大罪を犯した、その自覚はある。

 だからこそギュスターヴ三世は王城である≪モガメット≫には籠れない。

 本命はあくまでも≪グレイシア≫だろうが十分に今回のことで彼も処罰の対象に入ったのだろう――だからこその襲撃だ。


 ギュスターヴ三世は皇帝役という特殊なエルフィアン。

 だからこそ特権を許されていたがそれを利用して不正に加担したのだから当然だ。


 彼という存在は希少ではあるが代役が居ないわけでもない。

 皇族の血を引いている者はおり、彼らを代役に次の皇帝役をさせるだろうと予測していた。


 つまりは「ノア」としてはギュスターヴ三世さえ排除できればいいのだ。

 逆に彼が近くにいた方が巻き込まれてしまう可能性が高くなる。

 だからこそギュスターヴ三世は年若い皇族らを≪モガメット≫へ置き、自らは外に出ることを選択した。


「標的である儂が常に移動を続ければどうしてもモンスター共も広い範囲でばらけるしかなくなる。そこを狩り取っていくのが上策であろうて」

 

 ≪モガメット≫は確かに堅牢な城ではあれどそれでも年代物だ。

 改修工事こそしてはいるものの、実践的な意味で活躍したのはどれほど昔のことか……集中的に攻撃されても弾き返せるほどギュスターヴ三世は信頼していなかった。

 だからこそのこの手段だ。


「陛下……」


 グリンバルトは何かを言いたげな表情だった。

 それも当然の事だろう、理屈はわかっても危険な手であることは間違いない。

 戦力分散のための陽動という性質上、完全に潜伏するという手段も使えず常に危険を晒しつつモンスターらの意識を誘導する必要がある。


 ハッキリ言って危ない策だ。

 それでもこれで被害が減らせるのなら、ギュスターヴ三世にとって実行しないという選択肢は存在しない。


「なに、栄光ある≪王宮騎士団≫であれば儂の身を守ることなど造作もなかろう?」


「……当然であります、我らは陛下の剣にして盾であればこそ」


「期待しておるぞ、グリンバルト将軍」


 そう言葉をかけるとグリンバルトは去っていった。

 部下の騎士たちに指示を出すためであろう、その隙に人影が一つギュスターヴ三世の居る天幕の中に入って来た。




「おお、フィオか……その恰好は?」


「父上……私は……」


 煌びやかな第一皇子としての服ではなく、限りなく実戦を重視した防具と武具の組み合わせ、戦装束にギュスターヴ三世は言わずとも分かった。


「いくのか、フィオよ」


「私には勇気はありませんでした。英雄にはなれずとも……それでも父上の息子として、皇子としては恥ずべきことは出来ません。ですから――」


「よい、よいのだ。行くがいい、フィオよ」


「……今、この時だけはに戻らさせて頂きます」


 去っていく息子の背を見ながらギュスターヴ三世は呟いた。




「儂らは大罪人よな。のう、そう思わんか……?」




 先に逝ってしまった共犯者たちに向けて唯一皇帝は誰にも聞かれないようにそう零した。


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