第二百五十九話:渓谷の雷鳴
雷鳴轟く天にソレは居る。
巨大な剣の如き鋭き一角、
黄雷を纏う一対の両翼と長い尾、
巨体を以って大地を睥睨するモノ。
天から降り注ぐ裁き、
雷雲の主、
全てを呑み込む嵐、
それこそが嵐霆龍≪アン・シャバール≫、滅びの具現である龍。
そのはず……であるはずなのに。
≪アン・シャバール≫は囚われていた。
物理的な意味ではない。
その姿は何者にも束縛されず、威風堂々足る姿で天を翔けている――様に見える。
だが違う。
これは違う。
≪アン・シャバール≫に意思はない、感情など、知性などもありようはずがない。
であるが故に窮屈だと感じるのはモンスターとしての本能がそうさせるのだろう。
敵が居る、居るはずなのだ。
仲間ではなかった、だが同種ではあった存在を葬り去った存在が。
≪アン・シャバール≫としての本能が、刻まれたプログラムがその敵を見つけ出して挑めと叫んでいる。
だが、自身の中の何かがそれを諫め、阻害するのだ。
それが堪らなく苛立たしい。
苛立たしいという感情すらないはずなのに。
縛り付けられたかのように一帯を離れられなくなった激情を吐き出すかのように吠え立てると雷雲は立ち込め、荒れ狂う風は全てをなぎ倒し、雷霆が大地へと降り注いだ。
≪アン・シャバール≫は無軌道な暴威と化し力を揮っていたが――不意にその翡翠色に輝く眼をある方角に向けた。
やってきた。
理屈ではない、本能がそれだけを教えた。
先程までの鬱屈を吐き出したものでは無い、歓喜と闘争に満ちた咆哮を≪アン・シャバール≫は放った。
◆
渓谷に轟々とした音が鳴り響いた。
無数の音が入り混じった音だ。
唸りを上げて荒れ狂う風に、反響する渓谷という地形、そして何よりも――
「ルキ、左だ。エヴァとフェイルは右からだ」
「はい」
「うん、わかった」
襲い掛かるモンスターたちの咆哮が聴覚を遮ってきて仕方がない。
――流石にモンスターがゼロとはいかないか。とはいえ、やはり数は少ない。これなら強引に突破することは可能……かな。
≪霊廟≫のエリアに入る手前、俺たちはモンスターの襲撃を受けた。
それ自体はおかしなことではない、ここは≪ゼドラム大森林≫の深層でありモンスターの生存圏に最も近い場所、それこそ普段からわんさかと大型モンスターが徘徊している地帯なのだから。
――……動きに勢いがある。どうにも侵攻でやって来たモンスターたちとは毛色が違う。野生の方のモンスターか?
プラント産にしては意思があるというか何というか……。
本来であればプラントで製造されたからと言ってもそれほど違いがあるものでも無いのだろう、結局のところどちらも人が享楽によって生み出した創造物であることに違いはない。
ただ、侵攻に加わっていたモンスターらは何かしらの干渉を行っているせいかどうにも動きにも無機質な所が見て取れた。
特に後続になるほどにその特徴は顕著で、その点を考慮すれば彼らは恐らくここら一帯を活動の拠点にしていた野生の大型モンスターなのだろう。
「――しィ!!」
そんな推測を立てながらも半ば無意識には振るった刃は正確にモンスターらの首へと吸い込まれた。
切り裂いた喉笛から鮮血が吹き上がった。
ただの生き物なら致命傷になりかねない傷、それでも大型モンスターの生命力ならば即死には程遠く……だが、それでも確かに動きを鈍らせるには十分過ぎる傷であり――
「そこっ!」
ルキの
「やっ……やった! やったよ、アリー!」
「うん、上出来だエヴァ」
――どっちかというと今のは位置を調整してくれたフェイルの手柄にも見えたけど……。
まあ、喜んでいる様子に水を差すこともないだろう。
それに実際良く動けているのも事実だ。
エヴァンジェルは思った以上に呑み込みが早い。
何度か共に狩りに出かけた経験もあるので多少の成れはあるにしても大したものだ、というのが俺の素直な感想だった。
――何度か狩猟に出かけたのが良かったのか、E・リンカーが活性化しているのもあるんだろうけど……。
狩人を狩人たらしめる身体能力、その源であるナノマシンであるE・リンカー……それはこの「楽園」の純正のエルフィアン以外なら誰しもが保有している。
だからこそ、天月翔吾の記憶にある人類以上のポテンシャルを誰しもが持っているのだが……その本領を発揮するには活性化が必要となる。
というのもモンスターと戦わなければ些か過剰な能力であるのも確かなので、システム的な設定としてモンスターと一定以上の戦闘をしない場合はE・リンカーは抑制されるようになっているらしい。
故にモンスターと普段戦わない人間と狩人とでは同じE・リンカーを保有しているというのに差が出てしまう、という事態になる。
逆に言えばE・リンカーが活性化してしまえば運動能力等は簡単に狩人たちと変わらないレベルにまで上昇する。
何故ならこの「楽園」はあくまでゲームなのだ。
腕や技術、知識などのプレイヤースキルで差が出るのは良しとしてもプレイヤー同士の公平さというのは担保する必要があるからだ。
つまり、E・リンカーが活性化した状態のエヴァンジェルの身体能力と俺やルキの素の身体能力にそれほど大きな差は存在しない。
武具や防具もスキルと合わせてキッチリと決めれば誰でもスペックだけなら一線級の狩人と成りえる。
あとは狩人として大事なのは一つ。
経験や技術、これらは後からでもどうにかなるが一番大切なのはいくらでは――覚悟、精神的な強さだ。
モンスターと向き合い、立ち向かうことのできる心の強さ。
狩猟にとって最も大事なものでありエヴァンジェルにはそれがあった。
――これなら問題は無い……か。
戦いの空気に慣れていないためかやや興奮気味ではあるものの判断力に欠くほどではない。
立ち回りにおいてはやはり甘さはあるが、フェイルがそれを上手くカバーする戦いっぷりだった。
というか本当にフェイルが凄い。
どう考えても知能レベルが向上しているとしか思えない動きであった。
相手モンスターの動きを読み、
攻撃のタイミングを捉え、
果断に距離を詰める。
乗っていたエヴァンジェルはそれに合わせて刃を振るえばいい。
最初こそは勝手が掴めなかったようだが、今では阿吽の呼吸で攻撃を放っている――彼女を乗せて立ち回っているフェイルの巧みさだ。
――流石はプレイヤーの
他のモンスターと違い、特別に知能レベルが強化されていてもおかしくはない。
本当にただの獣では意味がないからだ。
「有難いと思うべきか」
「ですね」
ルキも同じことを考えていたのだろう同意した。
俺はそんな彼女の様子を眺めて言った。
「ルキ、エヴァのことは頼んだ。この様子なら足手まといにはならないはずだ」
「おや、エヴァンジェル様に対して失礼なものの言いようですね」
「素人であるのは事実だからな。それに何が起こるかわからない場所に赴くんだし心配になるのは、な」
「私の心配はしてくれないんですかー?」
「お前は何かサラッと生きてそうだし」
「酷い!?」
「信頼してるってことさ。……まあ、ともかくそっちの方は任せた。俺も余力があれば手助けはしたいところだが――」
「……無理はしなくていいですよ。この無敵のルキちゃんにお任せあれ!」
むふんっと胸を張ったルキの頭を乱暴に撫でると俺はエヴァンジェルたちとは別の方向に向かって歩き出した。
彼女たちはこの≪霊廟≫の中心部とも言える建物へ。
そして俺は――
「さて、今日で色々と終わりにしたいものだ」
雷鳴轟き、黒き風が流れてくる場所に向かって歩き出した。
その先に待ちわびたかのような歓喜に満ちた咆哮の反響を耳にしながら。
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