第二百五十八話:≪霊廟≫への道



「≪霊廟≫ってどんなところなんだい?」


 シロと別れしばらく、森の中を行く最中にエヴァンジェルはそんなことを尋ねて来た。

 その声に俺は振り向くとルキも興味深そうな顔をこちらに向けていた。


「あっ、それって私も知りたいです。確か≪龍槍砲≫の設計図もそこで手に入れたんですよね?」


「ん? ああ、そうだな……懐かしい」


 彼女の言葉に俺は思い出した。

 かれこれ五年ほど前の話だった。


「確かギルドの生態系調査の一環で≪依頼クエスト≫が出ていてなその一環として≪霊廟≫の調査も含まれていたんだ」


「へえ……」


「≪霊廟≫は≪ゼドラム大森林≫の奥……つまりは深層部だから狩人の等級としては≪金級≫じゃなければ受領することが出来ない。当時は≪金級≫も少なくて、それで俺が受けたんだ」


「領主が依頼を受けるってのも変な話ですね」


「まあ、確かに冷静に考えると変な話ではあるな……。記憶のせいもあって≪依頼クエスト≫を受ける、という行為に違和感を覚えなかったってのもあるけど単に≪霊廟≫に向かういいきっかけになったことが大きかったんだろう」


「≪霊廟≫に向かう切っ掛けってやっぱり≪龍槍砲≫の設計図のことですか?」


「それもある。当時は『Hunters Story』の世界とこの世界の差異について色々と調べている段階だったからな」


 そういう意味であの≪依頼クエスト≫は渡りに船だった。


「『Hunters Story』の世界では基本的に特殊な≪依頼クエスト≫でもない限り行くこともないエリアでね、別に特殊なモンスターが出てくるわけでもないし行くのもそれなりに大変だから興味もなかった。ただ、その依頼を見た時にふと思い出してね」


「その特殊な≪依頼クエスト≫ってのが≪龍槍砲≫の設計図を手に入れられる≪依頼クエスト≫だったってこと?」


「まあ、そういうことだ。≪依頼クエスト≫の名分も同じような感じで、生態調査の一環として見てきて欲しいって内容でその過程で手に入れられるようになっていたんだ。それを思い出したから受けることにしたんだ」


「なるほど、≪霊廟≫に入ってゲーム内容と同じく設計図が手に入るのか否か試してみようと?」


 ルキの言葉に俺は頷いた。


「そして、結果的に俺は設計図を手に入れて帰ることが出来た。正直、その結果についてどう捉えたものかと当時は悩んだものだ。単にゲームのようにモンスターが出て来たり、地名が同じくらいなら似たような異世界とわからなくもなかったが、ゴースたちの存在にゲーム通りに手に入った設計図の存在……本当にゲームの中にでも居るのかとも考えた」


 だが、それにしてもリアル志向というかスキルの使用やアイテムボックスもなかったりと不便だなと違和感を覚え、どうにも歪な世界だなとは思っていたのだ。


「正解は仮想を現実にした世界だった……と」


「わかるかそんなの」


 事実は小説より奇なり、なんて言葉があったらしいが流石に限度というものがあるというものだ。


「設計図があったってことはやっぱり「ノア」によるものだったんだろうか」


「そう考えるのが自然でしょう、その≪依頼クエスト≫とやらを用意したのも……」


「だろうな」


 この≪依頼クエスト≫自体は特殊ではあっても別に特別なものでは無い。

 ストーリーの進行度に関係なく、受注資格が≪金級≫であることが条件の≪依頼クエスト≫なので≪ドグラ・マゴラ≫侵攻より前に発生していてもおかしくはない。

 というか定期的に発生していて俺以外にも何人も狩人が挑戦はしていたらしい、とはいえその時は見つけられなかったようだが……。


「やり直しているかいちいちそういう≪依頼クエスト≫も復活させているってことか……」


「多分な。ストーリーが始まる年。つまりは≪ドルマ祭≫が近づくにつれて、覚えのある内容の≪依頼クエスト≫をいくつか見たし」


 まあ、別に全てを受けたわけではないが。


「……「ノア」も面倒というか」


「暇なんですねぇ」


 ルキもエヴァンジェルもどことなく呆れ返った声を上げた。

 そうだろうな、と俺は同意した。

 真実を知ってから聞くと何というか滑稽に思えるのだが、当時の俺はやはり混乱したものだった。

 聞いたことのある内容の≪依頼クエスト≫が散見し、やっぱりゲームの世界そのものではないか……と。


 ――思い返してみると色々と精神的に来ていたな……誰かに相談できることも出来ないし。


 だからこそ、どこか心の中で疑いつつも主人公の存在を信じて待っていたのだが……。


「そう考えたら恵まれているか、今の状況の方が……」


「何か言いましたかアルマン様?」


「アリー?」


「いや、なんでもない」


 世界の真実を知って予想を遥かに超える大変な事態になったわけだが、一つだけいいことがあったとしたらこうして話せる相手が出来たことぐらいだろう。


「それよりも≪霊廟≫のことだったな? 俺も結局は表層のところまでしか入ったことはないから内部のことは知らないから詳しくは言えないんだが……そうだな、この先の渓谷の底にある人工物一帯のことを指している」


「人工物?」


「ああ、確か設定での話なら遥か太古の≪龍種≫たちとも戦った超文明の遺跡。文明の遺産と言われている」


「大体あってますね」


「まさか「楽園」を創ったやつらも設定の滅んだ文明が自分たちのことになるとは思っても居なかっただろうけどね」


「違いない。さて、続けるとするが……そういう設定があるからか良い感じに寂れた建物の残骸とか、柱とかモニュメントとかがあってその先に大きな建物がある。三角錐上の建物で、それが渓谷の崖に埋まるような感じで造られているんだ。それが≪霊廟≫の本体と言ってもいい建物だ。俺はその建物の中に入って設計図を見つけた。もっと奥があったのは間違いなさそうではあったけど――」


「入ってないんですよね?」


「ああ、硬く道が扉で閉ざされていたのもあったから。壊してまで奥に進む理由もなかったし……ただ、スピネルの話によれば」


「そのさらに奥にモンスターの生産施設――プラントがある」


「独立したシステムとなっているでしょうから施設内に制御室もあるでしょうね。私とエヴァンジェル様が向かうのはそこでしょうね」


「そうなるな」


 エヴァンジェルは再起動プログラムを始動してもらわなければならない。

 だからどうにかその準備が必要になるのが……やはり彼女だけでは難しいものがある。

 なにせ、施設内がどうなっているかも不明なのだ。


 そこで白羽の矢が立ったのが知識担当のルキであり、移動と戦闘補助担当のフェイルであった。

 成体の≪ノルド≫の体躯ならばエヴァンジェルと小柄なルキぐらいはまとめて乗せられ、武具を持てば勇猛果敢に戦いをサポートしてくれる頼もしい同伴者だ。


「エヴァを頼んだぞ?」


「はい!」


「うぉん!」


 そう声をかけた。



 ――出来れば俺が守ってやりたいところだけど……。



「……アリーも気を付けてね?」


「ああ、任せろ」


 俺には俺でやるべきことがまたあるのだ。


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