第二百五十七話:東の果てへ


 轟音が一つ鳴った。

 荒々しい風の音に貫くような破裂音。


 放たれた合金製の弾丸は吹き荒ぶ風を切り裂き真っ直ぐ飛翔し、数十メートルも離れたモンスターの眉間へと吸い込まれた。

 圧倒的な火薬の爆発力と地味にライフリング加工までされた銃砲によって安定性と加速を両立したその一発は純粋な物理エネルギーで頭蓋を砕き、内部に抉り込み――そして爆発。

 特殊弾頭による容赦のない破壊がモンスターの内部を襲い、糸が切れたかのようにそのモンスターは墜落していった。


「あっ、当たった! 当たったよ、アリー!」


「おー、流石ですエヴァンジェル様!」


「いやいや、ルキのお陰だよ。この≪アミュレット≫って凄いねぇ。確か≪自動補正≫とかいうスキルだっけ? 僕、こういう飛び道具なんて使ったこと無かったのに自然と狙えたよ」


 シロの上できゃいきゃいと火焔鐵榴弾砲・弐式ミーシャル・ギルを片手に言い合っているエヴァンジェルとルキであった。


「悪用してるなぁ……」


 地上ほどでは無いと言え、空を翔ける俺たちの存在に気付き襲ってくるモンスターを俺とルキとで迎撃していたのだが、何を思ったのか「僕もやりたい」と主張したのがエヴァンジェルであった。

 彼女の視線の先にあったのはルキの火焔鐵榴弾砲・弐式ミーシャル・ギルで、とても使いたそうに見ていた。


 それはとてもわかる。

 俺だって何ならちょっと使いたい。


 とはいえ、エヴァンジェルの狩人としての腕はそこまでではなく、遠距離系の武具など使ったこともない。

 この状況で無駄に弾を使わせるというのは流石に問題があり、それは彼女もわかっていたのだろう、あくまで後で使ってみたい――程度の話だったのだが、そこは想像の常に斜め上を行く女ルキ。


 ――「あっ、じゃあやってみますか? はい、どうぞ。それからこの≪アミュレット≫もどうぞ。これで当てるの難しくないですよ?」


 そう言ってエヴァンジェルに火焔鐵榴弾砲・弐式ミーシャル・ギルを手渡したのだ。

 流石にその展開には目を白黒させたものの、彼女が言われた通りに≪アミュレット≫を付けて撃ってみると――それはまるで相手のモンスターに吸い込まれるように命中した。


 それもこれも≪アミュレット≫のスキルの力だ。

 エヴァンジェルも言っていたように≪アミュレット≫に込められたスキルの名は≪自動補正≫、遠距離射撃を行う際にエイム……つまりは照準に補正をかけるスキル。


 所謂、オートエイムと呼ばれる類のスキルだ。

 とても便利そうに見えるがあくまで初心者用のスキルで、オートエイム補正を受けられる代わりに武具の攻撃力は低下する――という代償が必要なのだが。



「まあ、火焔鐵榴弾砲・弐式ミーシャル・ギルは私の自作なのでそんなものはないんですけどね!」



 本来、「楽園」には存在しない武具。

 ルキ特製のオリジナル武具であるが故、システムの中には組み込まれず代償である攻撃力低下を踏み倒すという無法を彼女はやっていた。


 「楽園」のゲームシステムの穴を突いた使い方、「ノア」が知ったらキレそうな所業をルキは当たり前のようにやっていた。


 ――大変心強いね、本当に。


 助かっているのは事実なのであまり気にしないことにして、俺は眼下に視線をやった。

 ≪ゼドラム大森林≫の広大な森林地帯がそこには広がっているが、木々の合間に見えた蠢く黒い影――無数の大型モンスターの群れの姿が消えていた。


「無事に抜けることが出来たようだな……」


 シロに乗って≪グレイシア≫を飛び立ってからしばらく経った。

 目論見通りに「ノア」が送り込んできたモンスターの群れを飛び越えることが出来たことを悟った。


「そろそろ下に降りる。エヴァ、頼んだ」


「うん、それはいいけど。いっそのことこのまま≪霊廟≫まで飛んでいくのはダメなのかい?」


「どうしても空を飛んでいると目立つ。気付かれるにしろ出来れば時間は稼ぎたいところだからな」


「そもそも≪霊廟≫内に関しては情報も少ないですからねー、着けば解決というものでも無いですし」


「それもそうか」


 エヴァンジェルは納得するとシロに指示を出して地上へと向かわせた。


「……ルキ、「ノア」はこっちの動きに気付いていると思うか?」


「いやー、無いと思いますよ? 正直、細かく個別の存在を認識出来ているとは思えません。そこまで個々のプレイヤーの行動を把握できていたとしらもっと早くに私やアルマン様は処理されていたと思いますし」


「なら、俺が≪グレイシア≫を離れたことも気付いていないと? なら、後背を突かれる心配は無いか?」


「≪グレイシア≫を攻めている集団が引き返してくる可能性ですか? うーん、それも無いと思いますね。権限で出来る仕様の変更をして無理矢理に動かしてるっぽいですけど、そこまで細かく行動をコントロール出来るものでもないでしょう。たぶん、あいつらはそのまま≪グレイシア≫を襲撃しているはずです」


「ふむ」


「「ノア」の論理思考から考えてまずは≪グレイシア≫の破壊が第一条件です。それさえ終わればあとは虱潰しにロルツィング辺境伯領を滅ぼせば済むだけの話なので、私にしろアルマン様にしろエヴァンジェル様にしろそれからでも十分問題はありませんから」


 皮肉な話ではあるが「ノア」の俺たちの排除の優先度は「新生プロトコル」が発動する以前の時点だったら高かったのだろうが、全てをやり直すオールリセットという決定をしたことで下がっているというのがルキの推測だ。

 確かに全てをリセットするつもりなら順番はさほど問題ではないだろう、やりやすい方から行うというのは別段おかしくはない判断ではある。


 それはそれとして捨て置いてもいい、と判断されるのはなんかムカつく気もするが……。


「ここからが本番ですね」


「ああ、そうだな」


「よし、じゃあシロしばらくのお別れだ。寂しくて泣くんじゃないぞ?」


「グルル……」


「よしよし、僕もキミと離れるのは寂しいよ」


 ヒシっとシロの顔に抱き着くエヴァンジェル、凶悪な唸り声しか上げていないモンスター相手によくもまあ出来るものである。


「うわぁ、凄いですねエヴァンジェル様」


「結構ペットとかに愛情を注ぐタイプっぽいな」


 別れを惜しんでいるようだがシロはどうしても目立ってしまうため離れて貰うしかない。


 というよりも、だ。

 これから行く先にを考えると流石に空を飛んでいく――という手段は控えるしかない。




「さあ、行こうか」




 俺はそう言って足を踏み出した。

 ≪ゼドラム大森林≫の奥、東の空には黒く巨大な雷雲が広がっていた。



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