第二百五十五話:秘策
そもそもの大前提として、今回の大侵攻は「ノア」が発動した「新生プロトコル」によるものだ。
「ノア」が害悪だと判定したもの、痕跡を諸ともに排除して一から作り直すための所謂リセット行為の前段階である。
当然、こちらとしてはそんなことを受け入れるわけにはいかないので抵抗するわけだが単にモンスターによる侵攻を防いだところで根本的な解決にはならない。
相手はこの「楽園」そのもの……もっと言えばこの世界そのものと言っていい存在だ、真っ当に戦ったところで勝ち目はない。
だからこそ、俺たちはある条件をクリアする必要がある。
一つが嵐霆龍≪アン・シャバール≫および創世龍≪アー・ガイン≫の撃破。
本来ならとっくにクリアされて終わっているはずだったイベントクエストを終わらせることが第一条件。
一つが再起動プログラムの起動。
「総合統括AI」である「ノア」の機能を一時停止させ今まで蓄積していた不正行為認定を一度初期化することで解除することが第二条件となる。
この二つが成し得てこそ、「ノア」は円満な形でイベントがクリアされた――と認識することが出来る。
まあ、希望的観測が強く不確定要素も多々あるがそれでも現状これ以上の案がないためこれに賭けるしかないわけで……つまりはこの二つの条件は最低条件ということになる。
そして、この二つの条件をどうクリアするのかが肝になるわけだが重要なのはこの二つの条件は≪グレイシア≫に留まっていてもクリアできないということだ。
第一条件の二体の撃破について。
嵐霆龍≪アン・シャバール≫については推測でしかないが東の森の奥に居るであろうということはわかっているが、創世龍≪アー・ガイン≫については情報不足で動向もさっぱりだ。
いっそ≪グレイシア≫に来てくれれば楽ではあったのだがその気配は薄い。
第二条件に至っては「ノア」に確実に再起動プログラムを打ち込まないといけない都合上、「楽園」内の重要施設を介する必要がある。
その条件に合致して≪グレイシア≫の近くにある施設と言えば≪霊廟≫しかない。
どちらにしろ≪グレイシア≫に居たままでは条件を達成することは不可能ということだ。
では、何故俺はわざわざ留まってまで迎え撃ってるかと言えば――
「それで敵の軍勢は?」
「ああ、予想通りに後詰めというべきか奥に居たモンスターたちも前に出て来た。このタイミングなら……」
「≪霊廟≫までの間の道程のモンスターは減っている……か」
つまりはそういうことだった。
俺たちは何としても≪霊廟≫に近づきたかったがそもそもがモンスターの生産施設でもある場所だ。
今はそれがフル稼働してこちらを滅ぼすためにモンスターを生産し続け排出している。
当然、近づけば近づくほどにモンスターの数は多くなるわけで真っ当な方法では≪霊廟≫に足を踏み入れる前に食われて終わってしまう。
如何に壊れた性能をしている≪龍殺し≫があったとしても力技で突破するのは不可能だ。
故にまず数を減らす必要があった。
モンスターの生産というのはどれだけ頑張って効率を上げたところで限界があるのはわかっていた。
大型モンスターほどの大きさの生物を生産しようとするのだ、どうしたってパパッと作れるようなものでは無いし、現実に「ノア」が「新生プロトコル」の発動の必要性を認定したのは俺たちが≪深海の遺跡≫に侵入した時のはず。
それなのに実際にこうして侵攻してくるまでに時間がかかったのは数を揃えるのに手間がかかったからだと考察できる。
≪グレイシア≫は強い。
ただでさえ、堅固な城塞都市を更に手を加えて要塞化したのだ。
「ノア」としてもやる以上は≪グレイシア≫を崩壊させるという目的を達成させる必要があるため、十分な数を用意してから初めて実行に移す……そういうプロセスだったのだろう。
だからこそ、大量に戦力を消耗させる必要があったのだ。
最高率で施設を稼働させても一日で生産できるモンスターには限りがあり、何なら侵攻のモンスターに防御力の妙に薄い……殺すと身体が崩壊していく個体が居たが、それも単に生産スピードを重視した結果ではなく生産施設を酷使し過ぎたが故のものかもしれない。
まあ、それは置いておくとして。
とにかく、「ノア」の送り込んできたモンスターの軍勢というのは膨大ではあっても無限ではなく有限、その数には限りがあるのだ。
この二日の激戦で最初に攻め込んできた前線部隊と言うべき勢力は壊滅し、相手は後詰とでも言うべき後方のモンスターの軍勢も前に押し出してきて攻めようとしている。
それはつまり、空白が出来るということだ。
これを見逃す手はない。
敵の勢力が城壁周辺に張り付いたタイミングで脱出し、そして俺はがら空きとなった≪ゼドラム大森林≫の東――≪霊廟≫への道を一気に進んで辿り着く、それが作戦だった。
――どうにも嵐霆龍≪アン・シャバール≫もその先に居るらしいし……。
一石二鳥とはこのことだ。
まあ、十分に強い相手なので油断は出来たものではないが……それでもこの作戦しかない。
この作戦において問題があるとすればそれはどうやって≪グレイシア≫を脱出するかということ。
≪グレイシア≫は既に囲まれている。
最も攻勢の強い東門は勿論、北門、南門も攻撃に晒されておりそこからの脱出は困難。
攻勢の弱い西門ならば脱出は容易かもしれないが反対側なので意味がない。
であるならばどうするか。
答えは簡単だ、地上からの脱出が難しいなら――空を飛んで飛び越えればいいのだ。
「アリー、来たよ!」
広場で待っていると不意に暴風が奔った。
それと同時に上から響いてきた声に俺は視線を上げると、そこには見覚えしない巨大なシルエットの影が羽ばたいており、そのまま着地した。
「よくやったな、エヴァ」
「ははは、思った以上にハッキングには手間取ったけど何とかなったよ」
何処か自慢げな様子で胸を張るエヴァンジェルの姿は何時ものドレス姿ではなく、銀の甲冑とドレスが合わさったかのようなデザインの防具を身に纏い。
そして、彼女は俺の最もよく知るモンスターである≪リンドヴァーン≫の背に乗っていた。
「うわー、凄い! いいなー、エヴァンジェル様。ずるいー」
「今からルキも乗るんだからいいじゃないか」
「そうでした、フェイルもね」
「うぉん!!」
エヴァンジェルが着たタイミングに合わせたかのように他のメンバーが現れた。
作戦上、そして≪グレイシア≫脱出の要と言ってもいい≪リンドヴァーン≫一匹に乗せられる限度の関係上から俺と一緒に行ける人数は少数に絞る必要があった。
その結果がこれである。
「いよいよですねー、アルマン様! 最後の戦いって感じです」
乗りやすいように特別に用意した鞍を≪リンドヴァーン≫に括りつけながらルキは問いかけた。
「そうだな、そうかもしれないが……そういうのは口に出すと縁起が悪いからやめておこう」
「そうなんですか?」
「僕知ってるよ、フラグっていうんでしょ?」
「変なことを知っているなー」
「ゲン担ぎみたいなもんですか……でも、こういういざ出発って時には何かないと締まりません?」
「わからなくもないが――そうだな」
俺は少し考えてルキに返した。
「終わらせるためじゃなく、始めるための戦いに行くとしよう。まだ誰も知らない先の世界を知るために……というのは流石に臭いかな」
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