第二百五十四話:籠城


「状況はどうだ?」


「アルマン様こそ……。今朝から戦い続きじゃないですか」


「適度に休憩は入れているか問題はないさ。……それで?」


「はい、領主様。それでは現在わかっている≪グレイシア≫全域の状況に関することですが――」


 モンスターの大軍が侵攻を開始しておよそ

 俺は前線での戦いを切り上げて一旦後方に下がって報告を受けていた。

 如何に理に反した装備を纏っているとはいえ、流石に無尽蔵に戦い続けられるわけではない。

 単に体力的なものだけなら誤魔化しは効くが、精神的な疲労に関してはどうしようもないので休息を含めて、ということだ。

 アンネリーゼ特製の夕食に舌鼓をうちながら耳を傾ける。


「北門も南門も今のところは無事か……」


「はい、南門の方は一時期押し込まれて危ないところでしたが≪白薔薇≫のレメディオスが≪災疫災禍≫を纏って戦線を押し上げてくれたため事なきを得たようで」


「レメディオスか、よくやってくれている。他には?」


「≪飛竜種≫のブレスによって市街地の一画が全焼したことと……ああ、土中を侵攻して入り込んできたモンスターのせいで上下水道網の一部が寸断された可能性が」


「ああ、なるほど。確かに空からの侵入に関してはそれなりに対策はしたけど、地面を掘り進めるタイプのモンスターに関してはそこまで意識してなかったな……。どのみち、手が回らなかっただろうけど。それにしても上下水道網の損傷か、直す手間を考えると……いや、考えても仕方ないか」


 現状では地下からの侵攻は防ぎようがなく、すぐに対処が出来る問題ではない。

 現れたらその都度対応するしかないだろうとさっさと切り替えて指示を出す。


「他に問題は?」


「≪牙の門ガドゥム・ルゥ≫の一部が使用に耐え切れず稼働が出来ない状況に。それから≪大砲≫の弾や≪バリスタ≫の矢なども貯蓄量が三割を切った所です。この勢いで消費し続けるとなると以ってあと二日という計算です」


「……ふむ」


 もしゃもしゃとじっくりと焼かれたステーキを口にし英気を養いながら、俺は冷静に頭の中で状況を整理する。


 現状は正直良くはない。


 湯水のように貯蓄した砲弾や矢を使ってモンスターの大軍を打倒しつつも、敵の軍勢の勢いに陰りは見えずこの籠城戦に限界が近づいていることが伺える。

 無論、砲弾や矢が尽きたからと言っても戦えなくなるわけではない。

 こちらには大量の腕利きの狩人も居るし、最悪城壁を突破されても内部の市街地での戦闘も考慮に入れて罠や障害物などの設置をさせている。


「人員的な損耗は?」


「今のところは比較的軽微かと。怪我人等はほぼ≪回復薬ポーション≫で治る範囲で留まっており、死者に関しては判明しているだけで数名。城壁外周部での戦闘で……」


「そうか」


 その他にも被害報告について俺は淡々とした説明を受けた。

 度重なるブレスなどの遠距離攻撃を受けた結果、北門で≪大砲≫などの兵器類が一部損壊し迎撃能力が低下。

 現在は無事な予備の≪大砲≫を補填する形で送ることで対応しているとのことや細かい諸問題も色々と。


「皆、よくやってくれているな」


 俺は溜息を吐きつつそう評価した。

 大型モンスターの大軍を相手にこれだけ戦えているのだ、それだけ準備が良かったというのもあるのだろうが……称賛するに余りある成果だと素直に思った。


 ――まあ、「ノア」側の動きが力押しだけだったからってのもあるけど。


 「ノア」がもっとモンスターを有効的に活用して攻めて来ていたら流石に持たなかっただろう。

 例えば飛行できるモンスターや地中を掘り進めるモンスターをもっと用意して来ていたら違っていただろうし、どうしても後回しになっていた防衛施設の少ない西門に回り込まれて攻め入られたら危なかった。

 だが、「ノア」がやっているのはあくまでただの力押しでしかなく、モンスターの動きも一塊になって動きはするものの戦術的な動きというわけではない。


 ――やはり、そこまでコントロールで来てるというわけではないのか。コントロールがのか、のかは判断が付かないところだけど。


 実際、ただの力押しでも追い込まれているのは事実なので向こうの動きに問題があるわけでもない。

 このままの状況が続けば、何れ押し込まれて≪グレイシア≫の城壁を突破されるのは時間の問題だ。

 仮に俺が一騎当千の動きをして暴れてもそれは変わらないだろう。


「雷雲に関してはどうだ? 彼の龍が近くまでやって来ているなら必ず予兆が現れるはずだが……」


「いえ、≪グレイシア≫一帯にはそのような予兆は見られません。ですが、≪展望台≫からの報告ですと東の空に――」


「……そうか」


 嵐霆龍≪アン・シャバール≫がこちらに攻め込む時に合わせ大侵攻は行われると予想してはいたがその予想はどうやら外れたらしい。


 ――動きがおかしいとはスピネルも言っていたからな。創世龍≪アー・ガイン≫はあくまでも番外だ。六龍としては最後の一体になった時点で強制的に≪グレイシア≫襲来イベントが発生するはずなのにその気配がない……って。


 それなのに来る気配が無いのは、あるいは「ノア」からの干渉があったのかあるいはシステム面によるバグのせいか。

 東の奥の空の雷雲のことを考えると前者である可能性は高そうだ。


 ――まあ、実際来られたらどうしたって被害は大きくなっただろうから良かったと見るべきか。いや、でも倒さないと終わらないしな。


 ≪アン・シャバール≫にしろ、≪アー・ガイン≫にしろ倒すのは必須条件である。

 それが引き籠られて出てこないとなるとこちらは解決の糸口がない。

 「ノア」としては既に「新生プロトコル」を発動させ、全てをリセットする気になっている以上それでいいのだろうが。


 ――となるとこちらのやるべきことは……。


「アルマン様、このままで大丈夫なのでしょうか?」


 報告を上げていたギルド職員が心配そうな顔をして尋ねて来た。

 ≪グレイシア≫全体のことがある程度把握できる立場なのだ、今のところ順調に侵攻を跳ね返せているとはいえ心配になるのは無理もないだろう。


「ああ、問題ない。十分に想定内の状況だ」


 多少、想定外ではあったものの想定以上の事態ではない。

 大筋の計画が変わるわけではない。

 やや修正が必要とはなるが、どのみち全てが想定通りに進むとも思っていなかった。


「敵の数、動きはどうだ?」


「依然として……大量に討伐したので総数は減っているはずですが。森の奥から更なる軍勢の動きを観測したため、合流後の明朝には再度大規模な攻勢が始まるとの予測が」


「そうか、森の奥から更に……となるとそこに合わせるか」


 俺はそう言って立ち上がった。

 そこがタイミングとしては一番いいだろう。


「アルマン様?」


「例の件に関してはどうだ?」


「え、ええ。あの件ですね? 確かにエヴァンジェル様からは順調に進んでいるとの報告が……それにしてもまさか、あんな――」


「それならいいんだ。アンネリーゼ」


「はい、アルマン様」


 俺が指示するまでもなくアンネリーゼは案内を行った。

 案内されるがままに≪グレイシア≫の一画の広場へと向かうとそこにはエヴァンジェルとルドウィーク、更には複数の人影、そして――




「ああ、アリー来たのか」


「どうだ?」


「問題は無さそうだよ。少し手間取ったけどね」


「≪龍狩り≫、こっちに来たということは……」


「うん、明日に決めたよ。状況を見るにその時が一番だ」


「そうか、武運を祈っておこう」




 一つの巨大な影が俺たちの会話を眺めていた。


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