第二百五十三話:無双
五感の調子がいい。
全身の感覚が何時になく研ぎ澄まされているを感じる。
更に言えば運動能力もだ。
全身に力が張り、何時になく動きがいい。
明らかに変わっているという自覚があった。
それが災疫龍の分のコアを埋めた≪龍喰らい≫の力であるのは間違いない。
スキル風に言うのであればプレイヤーのステータスアップ系統と分類されるものに近い。
俺はこの特異スキルに≪龍氣≫という名を付けた。
元となっているのはやはり同じくプレイヤーのステータスアップ系統である≪黒蛇克服≫なのか、感覚的にはそれに近いものを感じる。
まれで自分の身体が別物になったかのような強化。
流石に≪黒蛇克服≫ほどの強化率ではないものの、反動デメリットが無いということ感覚まで鋭敏にしてくれるという利点が≪龍氣≫にはあった。
「アルマン様ぁ!」
「おおっ、アルマン様だ!」
視界が広くなった気がする。
眼や耳に入ってくる情報量も格段に増え、意識が拡張しているのを感じる。
最初、手始めに使った時は慣れずに酔ってしまった程だ。
だが、それもVRで培ってきた並列思考を活かすことで使いこなすことに成功する。
故に、
「――しっ!」
大型モンスターの群れの中に躊躇いもなく吶喊する。
これまで数多くのモンスターを屠って来たとはいえ、それでも敵は強大でしかもあの数だ。
前を見ても左右を見てもモンスターだらけ。
何だったら上空にも、地面の下にだってモンスターが居る。
ハッキリ言って地獄のような様相。
一つ判断を誤ればそのまま命を落としかねない、そんな死地とも言える場に。
俺は躊躇なく踏み込んでいく。
獲物である存在が近づいたことにより、あらゆる攻撃が飛んで来た。
爪や牙での攻撃は勿論、伸縮自在な触腕や鋭利に尖った尾での攻撃、あるいは周囲のモンスターたちを巻き込むことに躊躇の無いブレス攻撃。
単なる物理攻撃だけでなく、≪属性≫を含んだ攻撃や≪状態異常≫を含んだ攻撃などなど……。
全方位から迫る攻撃。
それを俺は全て回避する。
爪が振るわれればその爪を≪煌刃≫で砕き、牙での攻撃が迫れば≪陽炎≫を使って回避し無防備になったそのモンスターの頭蓋に斬撃を振り下ろし、迫る触腕や鋭利な尾の一撃は≪白魔≫によって結晶化したワイヤーで一纏めに絡めとって両断する。
飛んでくるブレスに関しては、それこそモンスターたちの合間をすり抜けるように移動することでモンスターたちを盾にして被害を広めていく。
俺はただ≪龍喰らい≫の力を十全に発揮して、群れの中で好き放題に暴れていく。
揺らめくように≪陽炎≫を駆使して幻惑し、≪煌刃≫は鋭く強力な刃となってモンスターを襲い、≪白魔≫の自由自在に形を成す結晶化の力はワイヤーになったり、強力な盾となったりと変幻自在に戦いを助ける。
≪無窮≫の瞬間的な加速力にモンスターは対応できず、≪龍氣≫によって強化された身体能力と感覚を駆使することで無防備な背後を取ると情け容赦なく急所に目掛けて刃を振るった。
「凄い、何という戦いっぷりだ」
「ああ、あれこそが我らが領主様。アルマン様の雄姿だ」
「≪龍狩り≫様だ!」
「負けてはおれんぞ! 俺たちだってロルツィングの狩人だ!」
縦横無尽と言っていいほどの戦いぶりに、それを見ていた狩人たちの歓声を上げた。
声援を背に受けながら俺は内心で上手くいっているな、と内心で胸をなでおろした。
――自分で使っておいてなんだけど、やっぱりもうチートの領域だよなコレ……。
改めて実感し「だからこそ」と思い直す。
――俺は誰よりも戦わないといけない。
その姿が皆を鼓舞することに繋がるならやらない理由はない。
ただ英雄らしく暴れること。
それが今の役目であると理解して更にギアを上げ、俺はモンスターの大軍の中に飛び込んだ。
◆
「それで……これが例の?」
「ええ、今回の侵攻してきたモンスターの遺骸なんですが……」
「よく回収出来ましたね」
「いえ、最初に気付いたのは城壁内に侵入し討伐された個体を解体しようとしたところ……それでもしやと思い、外の個体も無理を言ってその一部を回収して来て貰ったのですが」
モンスターの侵攻が始まっておよそ半日。
≪グレイシア≫内の奥にあるモンスターの研究施設にて、シェイラは報告を受けていた。
本来であればギルドとも提携をしつつ≪グレイシア≫における総括的なモンスター研究施設だが、今回の事態においては作戦支部の一つのような扱いとなり普段とは違い忙しく人が行き交っていた。
そこでシェイラが見せられたのはモンスターの遺骸だ。
倒した狩人は余程に豪快だったのかその≪飛竜種≫のモンスターの首は断ち切られていた。
「これは……」
シェイラは狩猟などとは縁が遠い内政官の身であるとはいえ、それでもこのロルツィング辺境伯領の人間である。
今更、モンスターの遺骸程度で動揺したりはしない。
慣れてはいないので匂いや視覚的な意味で少し眉をしかめるもそれだけだ。
「崩れている?」
彼女が注目したのはその遺骸の状態だった。
さっきまで生きていた生物である以上、その遺骸には生きていた痕跡とでもいうべきものが生々しさが残っているのだが、一部がまるで崩れかけた炭のようにボロボロになっているのだ。
「ええ、他の外から回収されたモンスターの一部にもそのような特徴が……」
「どういうこと? これは……何というか普通じゃない」
「わかりません。我々もこのような現象は初めてで」
初めて見る現象にシェイラは困惑し研究員の男に話しかけるも、向こうも困惑した顔で返答してきた。
その表情から察するに嘘とは思えない。
本当にわからないのだろう、モンスターの遺骸が崩れるなどという現象は……。
「これは何か緊急の事態? アルマン様に……けど――」
「いや、問題はないよ。慌てなくてもいい」
異様な現象に当惑するシェイラに声がかけられた。
その声の主を辿るとそこに居たのはエヴァンジェルとルキの二人であった。
「エヴァンジェル様、それはどういう?」
「異常な光景ではあるけど、アリーにわざわざ伝えるほどの事じゃない。ある程度、予想はしていたことだからね。それが形になったというか」
「そうですね、これはたぶん促成培養に弊害でしょう。クローニングを短期間で済ませるために省略した結果が身体組成の脆弱さに繋がっているのかと」
「辛うじて残留していたナノマシンを調べたけど酷いものだ。構築も大分簡略化しているね」
「とにかく数を補うための弊害ですね。攻撃性に関しては維持しているので油断はできませんけど、引き換えに頑丈さをだいぶ犠牲にしてるっぽいです。通りで撃破報告が順調だと思いました」
二人が口々に言っている内容の半分もシェイラに理解できなかった。
恐らくアルマンの周辺らだけで共有されている今回の件に関する秘密、それが関連しているのであろうと優秀な彼女には想像がついた。
自分も話してくれればいいのに、と思う気持ちが無いわけではないが今は問い詰めるべき時でもないこともわかっている。
「とりあえず、この件に関してはアルマン様も想定済みと?」
「まあ、ズバリというわけではないけどね。一先ずは置いておいて構わない。異常ではあるが想定内の異常だということだ。今のところは問題はない」
「モンスターを倒しても素材が手に入らないかもってなってくるといよいよ外れてきた感じがしますねー」
「とにかく、正念場はこれからだ。今まで以上にあらゆる変化に目を光らせてくれ。戦いは始まったばかりだ」
「はい、エヴァンジェル様。それから例のことに関してですけど――」
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