第二百五十二話:大侵攻
進軍してくるモンスターたちの勢いは留まることを知らず、ただひた向きに進み≪グレイシア≫の城壁を目指していた。
それはなるほど、確かにあの≪災疫事変≫の時のモンスターに似ているな、と当時も参加していた老齢の狩人は冷静に観察していた。
人生の半分以上を狩人ととして費やし、そろそろ体も動かなくなってきたから引退しようかと考えていたのが去年の事だった。
「それが≪災疫事変≫から始まってこんなことになるとはな」
「ああ、全くだ」
「まっ、中々に刺激的ではあったな」
昔馴染みの双剣使いと会話をしながら思いを馳せる。
≪災疫事変≫を皮切りに至る所で起こる事件、伝説の≪龍種≫の襲来、ロルツィング辺境伯領は激動の日々を駆け抜けたものだ。
きっと上の方はとても大変だったろうなと思いつつも、そろそろ上がりを迎え始めていた彼らにとっては楽しんでいたのも事実だった。
そして、今日また一つ刺激的な思い出が増えることになるだろう。
見渡す限りにモンスターの姿が見え、それらがこちらへと向かってくる様子。
それは確かに≪災疫事変≫を想起させるが……。
「違うところがあるな」
「ああ、確かに」
支給された≪アミュレット≫のスキル効果で強化された眼によって群れの様子を確認する。
「あの時と違って独特の紋様が無い。それに確かに自意識が薄く、操られているように見えるが……」
「あの時のような狂想状態ではないな。恐ら≪黒蛇病≫による強化は無いと見てもいいだろう」
「他に気付いたことは?」
「あとは……いや、一先ずはそれぐらいだな」
「では、上に伝えに行く」
そういうと男はサッと後ろに下がっていった。
それを見届けることもなく、≪弓≫を手に取って矢を番える。
若い頃は≪大剣≫を振り回していたものだが、やはり老いが来るとなると戦い方も変わるというもの。
それを情けないとは思わない。
――まだまだ、若いもんには負けん。
そう思っているからこそ、城壁の外で動く活動班に志願したのだ。
大群が迫る中、それは紛れもなく死地で危険な立ち回りである。
だが、必要なことでもある。
彼らの動きや変化を直接、近いところで見るからこそわかることもある。
城壁の上や内からの攻撃するのでは決して得られない情報、あるいは戦場の流れというものがあるのだ。
それは必須なことで、誰かがやらないといけないこと。
だから、やる。
――まあ、そんな殊勝なことを考えているわけじゃなくて、単に楽しんでいるだけなんだけどな。
狩人の血、というやつなのか。
こんな大狩猟に後ろでコソコソとなんてのは性に合わない。
確かに危険なお役目ではあるが……。
「
男は矢を番え、そしてタイミングを見計らい天へと目掛けて放った。
◆
火矢が一つ上がる。
それを確認すると同時にスピネルは命令を出した。
「七番地区に砲撃」
「砲撃開始」
復唱される命令と共に城壁の上と内部にずらりと並べられた≪大砲≫が一斉に火を噴いた。
今日の為に訓練を重ねた甲斐もあり、放たれた砲弾は指示された地区へと違わずに一斉に叩き込まれた。
本来であればこの「楽園」での戦闘は互いのナノマシンによる高度な情報伝達によってダメージの軽減が行われる。
性能の低い武具なら攻撃が通り辛くなるようにモンスター内のナノマシンが反応し肉体が硬化したり、あるいは逆にモンスター側の攻撃力が高ければ性能の低い防具は応じてダメージを通りやすくなるように。
全ては決まっている。
だが、ナノマシンを介さない単純な物理的な破壊は話は別だ。
合金によってナノマシンを無効化した純真なただの物質を改良された火薬の威力で叩き込む。
極めて純粋な物理エネルギーによる破壊力はモンスターの肉体耐性というのを無視して効果的にダメージを与えることが出来る。
数十もの金属の砲弾が先行しているモンスターの群れの一角を吹き飛ばす。
加速によって破壊力を増した砲弾の一つ一つの威力は凄まじく、強靭な大型モンスターの肉体を損傷させ、運悪く頭部に命中したものなど倒れ込むようにして大地へと転がった。
だが、それでも軍勢の勢いは止まらない。
大型モンスターの生命力を以てすればそのダメージも致命には程遠い。
「でも、勢いは弱めることは出来た」
この戦いに重要なのは衝撃力の分散だ。
スピネルは身を以って経験しているが故にそれを第一に考えて備えてきたのだ。
「次だ。≪
彼女の言葉と同時に不意に城壁外周部一帯に振動が奔った。
≪災疫事変≫以降、似たようなことが起きた時の為に城壁外周部近郊に防衛設備を用意する計画があった。
それは≪エンリル≫から帰ってきた後、何れ来るであろうと予想された「ノア」との戦いの為に急ピッチ進められることとなったのだが……。
重々しく動く歯車の音と共に地面から突き出るように出たのは、無数の巨大な木製の先端を尖らせた槍の群れ。
ただの木材ではなく、≪鉄鋼木≫という下手な鉱石よりも遥かに硬い素材を削って作ったものだ。
無数と言っていいほどの数のそれらが勢いよく地面の下から付き上がり、ちょうど上を通過していたモンスターの無防備な腹部を食い破った。
それだけではなく物理的な障害物としてモンスターの群れを前後に分断することに成功。
突出した群れに目掛けて一斉に待機していた狩人たちが襲い掛かった。
あの時とは違い、格段に戦いやすいように整備された外周部で腕利きの狩人たちが孤立した群れへ連携した動きで狩っていく。
当然、後ろに取り残されたモンスターたちも直ぐに障害物と化した≪
大量の群れとなって進行していたが故に前が足を止めると後続が止まれずにぶつかり、その結果≪
「予想通りだな」
動きを止めたモンスターなどただの的である。
ルキの発明した≪アミュレット≫や防具のスキルを持って射撃の命中に補正を入れた砲手から放たれる砲弾や矢は面白いほどに命中していく。
油をたっぷりと入れた大樽を器用に砲撃で飛ばし、叩き込んでそこに火矢を撃てば一気に燃え上がった。
≪鉄鋼木≫は燃えないため、景気よく燃やすのも一つの手だ。
とはいえ、流石に≪
頑丈さを第一に作ったとはいえ、このままでは持たないので一度下げる必要があるなとスピネルは冷静に観察しながら考えた。
元より、攻撃を主眼とした設備ではない。
こういう風に群れを分断することこそが真の役割なのだ。
「≪
「いいんですかい?」
「ああ、十分過ぎる戦果だ。これ以降も頑張って貰わないといけないからな」
「ええ、確かに。北門の方は間に合いましたが、南門の方は用意出来なかったのが残念です」
「短い時間で十分過ぎるほどだ。これほどの絡繰りまでよくもまあ……」
指示こそ出しはしたものの為したのはスピネルは≪グレイシア≫の民の力によるものであると確信している。
「この調子で分断からの殲滅を上手く回していく。どんな不測の事態が起きるかはわからない。常に警戒して逐一、報告をするように。後ろの本部が全体のことはどうにか回すはずだ。一先ず、私たちは東門のことに集中しよう。ここが最も攻撃が激しい場所なのだから……」
「はっ」
「伝令! 飛行型のモンスターが≪グレイシア≫の内部に! 数は三体!」
「やはり飛行型は難しいか。とはいえ、その程度は想定している。そっちは後ろに任せろ」
「≪大砲≫の砲弾、≪バリスタ≫の矢も切らさないように。それから――」
◆
「来た、来た……」
≪グレイシア≫内部の空を自由に飛び交う大型モンスターにギルドマスターであるガノンドは不敵な笑みを浮かべた。
防衛線である城壁を飛び越えて侵入されたのだ、とてもマズい状況であるはずなのに壮年の男の顔に焦りは見えない。
「≪散式閃光砲弾≫を装填! 構えー!」
ガノンドの指示とともとに特殊な形状をした≪大砲≫が射角を上げて空へと方針を向ける。
そんな動きなど気づいた様子もなく、複数の飛行型モンスターは下に蠢く人間をターゲット捉えたようだ。
それぞれ、顎を開いて空というアドバンテージを活かした一方的な狩りを行おうとしようとする。
その刹那、
「撃て」
号令と共に放たれた閃光は――彼らを丸ごと地面へと叩き落した。
「――狩れ」
ガノンドの冷徹な支持の元、速やかに落下地点に集まった狩人たちは反撃の暇さえ与えないように複数で一気に殺しにかかる。
相手に立て直す隙を与えると面倒だからだ。
――いくら、都市内でやり合うのも想定内とはいえ。壊さないに越したことはない。
冷徹に淡々と防衛線を抜けてきたモンスターを処理するように指示を出しつつ、ガノンドは≪グレイシア≫の戦いを俯瞰で確認する。
「どこも滑り出しは上手くいっている。問題は奴らの物量がどれくらいか……」
ここまで準備に準備を重ねて要塞化したのだ、この程度やって貰わなくては困るというもの。
「耐えるしかない。持久戦ってやつだ。さて、予定ではこのまま――なに? アルマン様が? わかった、それで進めろ。俺にアルマン様を止められる権限は無いし、後のことも考えれば――まあ、わかるしな」
「さて、モンスターども。早めの登場だが≪グレイシア≫の誇る英雄様の出番だぞ?」
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