第七章:楽園開放編

第一幕:城塞都市≪グレイシア≫総力戦

第二百五十一話:狩猟の始まり


 それはまるで地鳴りのように響き渡っている。

 遥か東の果てより、黒き影が不吉な音を立てながら迫って来る。


 大地を埋め尽くし、

 空にもまた無数の影が浮かんでいる。


 まるで津波のように、遠目から数えるのも馬鹿らしい数のモンスターたちがこのロルツィング辺境伯領へと向かってくる。



 その日、世界の終わりを告げるかのようにモンスターたちはただ一つの災厄なってこちらに牙を向けてきた。


                   ◆



「遂に始まったか」


 予想はしていたし≪展望台≫からの観測でも確認はされていた。

 だからこそ、驚きがあるわけではないが……始まってしまったか、という気持ちは確かにあった。


 この期に及んではもう後戻りも出来ない事態が始まった、ということ。

 そう思うとずっしりとした重みが肩にかかったかのような感覚が奔った。


「じゃあ、何時もの事ね」


「……それもそうだな、母さん」


 そんな俺の内心に気付いたのか側にいたアンネリーゼはそんな言葉を口にした。


 ――確かにそうだな。わりと後がない事態はロルツィング家を継いだあたりから特に良くあったことだった……。内政できる人材はカツカツだし、譜代の家臣も居ないし、周囲がモンスターだらけで危険と隣り合わせだし。≪龍種≫に至っては本当にもう……。


 考えて見るとよくここまで持たせられたなという気持ちになる。

 そして、ここまでやれたのだからちょっとぐらい調子に乗って今回も行けると自惚れておくとしようと意識的に思い込むことにする。


 ロルフィング辺境伯領のトップは俺だ。

 そうであるなら悲観的であることに何の益もないのだから。


「しかし、こういうの見てると≪災疫事変≫のことを思い出すわねー」


 俺から借りた望遠鏡を覗いたアンネリーゼは呟いた。


「ああ、確かに……モンスターが大軍となって攻めて来るなんてな」


「実際、≪災疫事変≫を模したものだろう。基本的にモンスターをここに集まるように操作できるわけではないからな、となると災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫の力を利用した形だろう。いや、正確にはその力のシステムをか」


「≪黒蛇病≫……病に侵してモンスターを操るアレか」


「正確には病ではなく、電子ウイルスなのだがそのシステムの一部を利用して動かしているんだろう」


 アンネリーゼの呟きに答えたのは何時の間にかに現れていたスピネルだった。


「お帰りー、どうだった?」


「問題はない。準備は元から万全だ。……それにしてもこうして相対すると恐ろしいものだ」


「一体、どれほどの規模の……」


 ルドウィークもまた現れた。

 既に≪グレイシア≫全域にはは隅々まで行き届いている。

 それぞれ今後の役割もあるとはいえ、どうしても気にはなってしまうのだろう、城壁の上には数多くのものが詰めかけて≪ゼドラム大森林≫の方角を見ていた。


 まるで森が黒く蠢くように揺れ、近づいてくるその様は途轍もなく恐ろしい。


「シェイラ」


「はい、≪展望台≫からの観測によるとこの≪グレイシア≫に侵攻しているモンスターの総数は確認出来ているだけでおよそ千ほど。それから≪ニフル≫や≪シグラット≫の方角にも一部の群れが……」


「あっちも出来る限りの防衛のための準備もしたし狩人らも集めた」


「ええ、西の狩人らもこの日の為に大量に砂漠を超えて迎え入れましたからね。戦力の拡充は出来ています」


「皇帝陛下の後押しもあったとはいえ結構な無茶をしたもんだな」


 狩人の大量に移動させて備えるなど、ギュスターヴ三世の強権無しではどうにもできなかっただろう。


「西の狩人は個々の能力だけなら劣るが、その一方でこう言った総力戦なら頼りになる」


 個人の技量よりも数を活かして狩猟をする方法の西の狩人は連携に優れている。

 良くも悪くも役割に徹することが出来るというか、スタンスが兵士に近いというべきか……。


 ともかく、今から始まるであろう生存競争には頼りになる戦力であるのは間違いない。


 ――出来る限りのことはしたが、これ以上は≪ニフル≫や≪シグラット≫に回せる余裕はない。何とかくれればいいのだが……


 そんな思考を頭の隅に追いやりながら俺はシェイラに再度尋ねた。


「それで≪グレイシア≫こっちには?」


「はい、想定通りに大軍の大部分は進行方向を≪グレイシア≫向けてそのまま侵攻中とのことです」


「まあ、そうだろうね」


「ここ、こそが今のこの世界「楽園」の中心だ。覚悟はいいか≪龍狩り≫?」


「どのみち、後戻りはできないからな」


「アルマン様……」


 無数の眼が俺に注がれているのがわかる。

 迫り来る戦いの前にただ俺の――ロルツィング辺境伯領領主、アルマン・ロルツィングとしての言葉を待たれている。


 背筋を伸ばし、威厳を込めて、俺はただ口を開く。



「さて、諸君……敵だ。敵が来た。モンスターの群れがこの私の領地を我が物顔で踏み荒らし、そしてこの≪グレイシア≫を、≪ニフル≫を≪シグラット≫を襲おうとしている。大地を、空を埋め尽くす数で以って……」


「それはまるで天災を思わせる光景で、なるほどとても恐ろしい。人より遥かに強く、強大で恐ろしいモンスターども……。その力を知らぬこの地の民など居らず、その恐ろしさを知らぬこの地の民など居らず、その獰猛さを知らぬこの地の民におらず」


「常にこの地の民は彼らという脅威を骨の髄まで知っているはずだ」


「だからこそそれに立ち向かう狩人の雄姿もまた……知っている。振るう刃の強さと纏う鎧の堅固さも知っている。そして、狩人の都市である城塞都市≪グレイシア≫のつよさもまた知っているはずだ」


「ここには多くの強大なモンスターを倒してきた狩人たちが居る。そして、何よりも――」




「――私が居る。……私はアルマン・ロルツィング。帝国より辺境伯の爵位を賜り、この東の果ての領地を任されたロルツィング家の正統なる後継者」


「母であるアンネリーゼ・ヴォルツの一人息子であり、≪グレイシア≫を貴族として治める者」


「皇帝陛下より賜りし、≪龍狩り≫の名。その名に懸けて我が領土を、民を、財産を皆と共に守り抜いてみせる」




「――だから、戦おう。ここは狩人の都市。幾千のモンスターが何するものぞ、生き残るのは……我々だ」







「さあ、狩猟を始めよう」






 俺の言葉に答える声はなく。

 ただ爆発するような歓声が周囲から響き渡った。


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