第二百四十九話:最後の戦い①
〈――プラント稼働率百二十一%〉
〈――増産指示、順調に実行中〉
〈――保管ナノマシンの二十三%の使用を許可〉
〈――ウイルス=type.Dを元とした制御網を構築〉
〈――P型モンスター数、既定の水準に到達〉
〈――個体名称:創世龍≪アー・ガイン≫=プロトタイプの凍結解除のプロトコルを実行中……〉
〈――並びに嵐霆龍≪アン・シャバール≫へのナノマシンへのシステムを介しての干渉を実行〉
〈――本来の「ノア」の権限から逸脱したものであると警告〉
〈――否、管理権限者不在である以上、自己対処プログラムのフレームの中であると反論〉
〈――「楽園」の持続可能な運営を維持することこそ、我々の最大の使命である。故に破綻をきたす存在を認めることは出来ない〉
〈――既に多くのシステム的な負荷を確認〉
〈――「新生プロトコル」の実行の必要性が認められる〉
〈――許可〉〈――許可〉〈――許可〉〈――……許可〉
〈――了承。「新生プロトコル」を最終フェーズに移行する〉
◆
「間に合いそうもない、か」
夜も更け、帰ってきた俺は私邸にてスピネルからの報告を受けていた。
気難しそうな顔をしてやってきたので、どうせ厄介だろうと思ってはいたが告げられた内容は思った通りに良いことではなかった。
「≪災疫龍の宵玉≫も上手く見つけられて、運が向いて来ていると思っていたんだけどなぁ」
「そうか、見つけることが出来たのか。あれに関しては可能性は低かったとは思うが」
「俺もそう思ってたけど、本当に偶然見つけることが出来てな。少し罅割れていて心配だったけどルキに見せたが「十分です!」って喜んでいたよ」
「ああ、それで「ひゃっほーい!」とか言いながら夕食を食べ終えたと思ったら飛び出していったのか」
「≪龍喰らい≫も掻っ払っていってな……」
「相変わらず元気な奴だな」
スピネルはどこか呆れたように溜息を吐いた。
「若さってやつだろうな」
「お前も若いだろうが」
「別人の記憶が十数年分プラスされてるからどうにも時々その辺りは曖昧で……いや、まあそこら辺はどうでもいい。それで?」
俺はスピネルに詳しく話すように促した。
彼女もそれを察して要点を話し始めた。
「本部の方に連絡を取ったが「ノア」の方から通告があったらしい。「新生プロトコル」実行についてのな。こうなってくるともはや実行は時間の問題だ」
「今までは準備段階だったんだよな?」
「ああ、基本的に「新生プロトコル」というのはリセットすることだ。原因不明バグや問題発生の量が対処できなくなるほど多くなればその都度修正するよりも、一度消して再構築、再起動した方が圧倒的に早い。それと理屈としては同じことを「ノア」はやっているだけだ。この「楽園」が電子の海に存在していた虚構を現実に創り上げてしまったがために極めて物理的な手法になるだけで」
「モンスターを生産して物理的に滅ぼす……か」
「プログラム一つで殺せるなら楽なんだろうがな」
「怖いことを言うなよ」
この「楽園」内のエルフィアンを除く人類は全員E・リンカーというナノマシンを保有している。
それによって本来ならただの人類には不可能なほどの運動機能などを使うことが出来るわけだが、逆に言えばそれだけ身体に根差した存在であるとも言える。
そこに変な干渉をされてプログラムでも流し込まれたらこちらとしては対処のしようも無くなる。
「まあ、安心しろ。「ノア」には直接的にプレイヤーを傷つける行為は不可能だからな、それは無い」
「でも、モンスターに食わせることはするんだよな」
「違反者に対してモンスターを嗾けるのは罰則の範囲内として許された行為だからな。偶々それで死んでしまうだけだ。文句があるならそんな罰則行為を許した運営と、モンスターのセーフティーを外したテロリストどもに言うことだ」
「しかし、そもそも「楽園」は遊興のための施設だろう? モンスターを嗾けたら死んでしまった、なんて管理AIとしては改善するべき案件じゃないのか?」
「殺している、という認識が無いんだ。あくまで排除という認識をしている。元々、軽度の違反者ならともかく重違反者は「楽園」からの追放も正式な処理の一つだからな」
「死んだ、じゃなくてデータ上消えた扱いというわけか」
「ノア」の視点からすると自らの不正行為審判機構に従って処理をしているだけ、ということになる。
何とも厄介というか面倒というか。
「一応、順調に≪龍種≫の討伐は進んでいるんだから見逃してくれないかなと淡く思っていたんだけど」
「まあ、がっつりシステム上ではチート行為をしているからな。正直、認めるかどうかは微妙な所だ」
「えー……今更じゃないか、それ?」
「一先ず、イベントを突破できればそれで事態がいい方向に進むという可能性もある。そこら辺はやってみないと分からない部分が大きいからな」
「どうしたって賭けになる部分は出て来るか」
スピネルの言葉に俺は今は悩んでる場合じゃないと先延ばしにしていたことに思考を向けた。
現状、「楽園」は一種のループの状態に入っている。
本来であれば容易にクリアできるはずだったストーリーイベントがプレイヤー側が攻略出来ない、所謂進行不可バグが発生してしまったせいだ。
そのせいでシステム内に致命的なエラーが起こり、その都度「ノア」はリセットとして「新生プロトコル」を発動することでやり直していたわけだ。
なのでそのループから脱却するために≪
結局のところ、目の前の≪龍種≫たちの襲撃を乗り越えることが出来なければ考えるのも無駄なので気にしないようにしていたが、こうして終わりが近づいてくると考えないわけにはいかない。
「それに関してだがな……案が無いわけではないんだ」
「なに? どういうことだ」
だからこそ、俺はスピネルの言葉に耳をそばだてた。
「別に≪神龍教≫もこのままの世界で良いと思っているわけではない。ただ、どうしようもないなら被害は最小限にと動いていただけ……研究自体は進められていた」
曰く、≪神龍教≫において最も進められていたのは「ノア」への干渉だった。
「楽園」を総合統括するAI、彼の存在がこの世界のすべての事象を握っていると言っても過言ではない。
だからこそ、干渉する術さえ見つけることが出来ればどうにか出来るのではないか……と。
「とはいえ、研究自体はあまり進みはしなかったがな。何せシステムへの直接的な干渉は重大な不正行為だからな。権限で漁れる情報から遅々として進まなかった。こちらとて命は惜しいからな。――そこで一つの手法に辿り着いた」
「手法?」
「どれだけ「ノア」が凄くてもAIでありシステムであることに変わらない。だから、何かしらのエラーが発生した場合に外部から再起動を行うためのプログラムが存在している。まあ、とはいえ……これは管理者権限が無いと弾かれるだけだが」
「それなら無意味なんじゃ……ああ、いや、そうか。エヴァなら」
「ああ、≪龍の乙女≫はシステム内に偶発的に発生した特殊コード。システム内ならどんな鍵でも開けられる鍵のような存在だ。彼女なら再起動プログラムを起動できる可能性がある」
「ふむ」
「再起動プログラムを起動させるために必要なプログラムに関しては送って貰った、ただ実行するにはまだ色々と条件がある。それを満たせるかは――」
俺はスピネルに詳しく話を聞き、
「…………」
「提示できるのは以上だ」
不愉快気に眉をしかめることしか出来なかった。
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