第二百四十八話:最終フェーズ
「おっ、おおっ……なんだかすごい! 使ったことないはずなのに使い方がわかる」
「貴様が知らなくても貴様の中に流れる血――ナノマシンは覚えている。エルフィアンは「楽園」内の施設、乗り物などを扱う際には適宜使い方がダウンロードされる。≪アトラーシス号≫だってとんでもなく荒かったが乗り回していただろう?」
「≪アトラーシス号≫、そういえばあれっきりだったなぁ。もう一度、今度はのびのびと運転をしたい気が……。その時は二人も誘うね?」
「「結構です」」
「酷い……」
アンネリーゼの言葉にエヴァンジェルとスピネルの声は意図せず重なった。
しょぼんとした姿に罪悪感が浮かばないわけでもなかったが、彼女の運転は色々と荒くこちらにも精神衛生というものがある。
「あれは急いでたからだもん」
めそめそと言葉を重ねるアンネリーゼだが、≪龍種≫相手にひき逃げアタックをかました事実は消えない。
必要性があったのは理解するが、また乗りたいかと言われれば……。
「――よし、これでどうだ?」
「ああ、順調だ。流石に人手があると違うな。施設内のシステムの掌握もスムーズだ」
順調に進めば義母となる女性に対し、敢えて口にしない優しさがエヴァンジェルにもあった。
「はぅ……」
ガックリとしているアンネリーゼを尻目に私は作業を進める。
今やっているのは施設内のシステムの掌握だ。
ここはスピネルの言った通りの施設ではあったが、彼女はここの管理権限があるわけではないので仔細についてまで完全に把握しているわけではない。
よってまずはシステムの掌握からする必要があったのだ。
「よし、これでいけるはず」
これが中々に手間がかかる作業であった。
そもそもがまだ本格的に稼働する前の施設であったので現状で稼働しているのは一部だけだし、更には「ノア」に知られる可能性を考慮するとあまり目立つ真似も出来ない。
細心の注意を払って出来るだけ秘匿回線で連絡を繋げられるように調整する必要があった。
あるいはこれらをスピネルだけでやろうとしたらとても手間がかかっただろうが、三人がかりであったためか思ったよりも順調に事が進んで目途を立てることが出来た。
「それにしても≪神龍教≫……か」
「…………」
「ん? ああ、すまない。気にしないでくれ。思うところが無いとは言わないけど……まあ、君たちに関しては今は過ぎたことだ」
何だかんだとスピネルたちには色々と助けられた。
後は単に「楽園」の真実というものが衝撃的過ぎたのもあるのだろう、エヴァンジェル個人としては今のところは別にどうという気持ちもない。
それはアルマンやアンネリーゼも同じだ。
――精々、生まれの家を焼かれたルキぐらいかな? でも、彼女まるで気にし手にしてないからな……「自由に研究できる今が人生の絶頂!」と言わんばかりの雰囲気だし。
少なくともエヴァンジェルの周りの人間でスピネルとルドウィークに対して今更悪く思っている人は居ない、というのが個人的な所感。
ただし、それはあくまで二人に対して――という話。
「ただ、≪神龍教≫という組織自体はな……大まかな概要こそは知っているとはいえ」
≪神龍教≫はスピネルたちのような純度の高いエルフィアンの集団で、出来るだけ被害を抑えつつ今の「楽園」の世界を維持することを目的としている。
まあ、その「被害を抑える」ための方法が「ノア」の目に止まるような逸脱――不正や邪魔だと判断した存在を排除し、「円滑なやり直しによるサイクル」を回すこと……なのでだいぶ過激的というか物騒な連中ではある。
つまりは彼らの価値観で世界にとって不利益だと認定したら排除する、というとても関わりたくない類の存在。
特にエヴァンジェルなどは≪龍の乙女≫であるのもあって平時なら最優先排除対象となっていだろう。
というか疑いをかけられていた時点でそういう話も出ていたらしいことはルドウィークから聞いたものだ。
「彼らは彼らなりの考え方でやっていることとはいえ、あまり親しくしたくはない相手だ」
「……まあ、言われても仕方なくはあるだろうな」
「そんな人たちに連絡を取るって話だけど、ちゃんと協力してくれるのかしら? というか詳しくは知らないけど、確かアルマンたちって彼らの言っている不正行為を数えきれないほどにやっているような……むしろ、邪魔とかされちゃうんじゃ」
「それはない。基本的に≪神龍教≫の妨害活動というのは≪滅龍闘争≫……災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫から始まるストーリーイベントが始まるまでだ。それ以降の干渉は控えるのが鉄則だからな」
「何故?」
「前も言ったがここ≪グレイシア≫は特別な地だ。特にストーリーが始まってからは、な。下手な干渉をして「ノア」に目を付けられたらことだからな」
「でも、貴方たちは来たわよね?」
「……本来なら止められてはいた。だが、≪龍の乙女≫の存在があったからな」
「僕の?」
「ああ、「ノア」が発見した場合どういう反応をするのかがわからなかった。過剰に反応してしまうことも考えると、多少の危険を考慮してでも確実に仕留めておいた方がいい。そういう判断だった」
なるほど、とエヴァンジェルは思った。
向こうではアンネリーゼがむっとした表情をしているが、自分でも使っていてこの力はいろいろと便利過ぎるという自覚はある。
モンスターにまで干渉できるのだから「ノア」がどんな反応になるか恐ろしかったのだろう。
「それでスピネルとルドウィークが二人で来た、と」
「ああ、他にももう二、三人欲しかったがな。結局付き合ってくれるのはルドウィークぐらいで――よし、繋がったぞ!」
などとエヴァンジェルに答えていたスピネルであったが、突如として操作盤を操る動きを忙しくし始めた。
彼女しかその≪神龍教≫の本部とやらを知らないので回線を繋げるのを任せていたのだが、どうやら喋っている間に準備が終わったらしい。
アンネリーゼが慌てて止めていた操作盤の作業を行い、エヴァジェルもまた手を動かして操作盤の上に手を置くと――膨大な知識が流れ込んで来た。
その情報処理し、必要な物だけを取捨選択。
そして、回線の保全と隠匿を始める。
やり方は全てナノマシンが教えてくれた。
「チェック完了」
「島の地下のバイオコンピューターを介した通信だから秘匿性は高いはず……よし、いいわ!」
「ふぅ……」
アンネリーゼの言葉にスピネルは軽く息を吐いた。
どうやら少し緊張しているようだ。
だが、それでもキッと顔を上げると呟いた。
「よし、繋げてくれ」
◆
「大丈夫? スピネルちゃん」
「ちゃん付けはよせ……まあ、予想はしていたことだ」
結論を先に述べるなら、≪神龍教≫との対話はあまり実入りのあるものでは無かった。
エヴァンジェルとしてはそう受け止めるしかなかった。
――「貴様、良くもこちらにおめおめと連絡など……」
――「ちゃんと始末が出来なかった結果がこれだ! 今、この「楽園」では大きな異常が発生している。これまで何をしていたのだ」
――「「ノア」からの通達もあった。彼の存在は今回で発生した不正やバグに関して深い憂慮を示している。これがどういうことかわかるか?」
――「そうだ、今までにないレベルでの「新生プロトコル」の執行が行われる。恐らくは「ノア」が使える権限を逸脱してでも一度全てをリセットする気だ。我々とてどうなるか……」
――「ことはロルツィング辺境伯領一帯では済まない可能性もある。それもこれも貴様たちの……っ!」
など等、その大半が悪罵に満ちていたのだから相当にあちら側からは恨まれているらしい。
「まあ、私だって目を付けられて当事者側にいなければキレてもおかしくない程度にここはやりたい放題しているからな。大抵は≪龍狩り≫と白黒女だが……」
「そんなになんだ」
「あいつらがやったシステム的に不正判定される行為は百や二百じゃ済まないだろう。そして、不正の量が多ければ多いほどシステム自体にも負担がかかるし、そのぶんだけバグも発生しやすくなる。そうなると修正する立場の「ノア」からの干渉も比例して強くなるわけで……」
「それであんな恐慌状態にってわけね」
「恐らくはな。組織としては最も歴史のある集団だからな、この「楽園」に関する情報なら手広く集まってきているはず。それがこうも焦っているとなるとやはり全域で予兆なり何なりが観測されているに違いない。想定を上回る事態が起きていると見るべきか……」
そう言って考え込むスピネルに対し、エヴァンジェルは話しかけた。
「しかし、結局得るものは特になかったな」
「いや、そうでもない。ロルツィング辺境伯領の外の状況も聞き出せた。特に私やルドウィークには来なかった「新生プロトコル」の通達を考えるとやはり最終的なフェーズへと移行していることもわかったからな」
それに、とスピネルは続けた。
「それにやつらもことここまでの事態に陥ってはわざわざ隠している意味も無くなったんだろう。渋々とだがデータは送って来てくれた」
「そう言えば頼んでたわね。何か凄い怒ってたけど」
「これって……」
「さて、これを使ってどうするか。あまり時間は無さそうだがやれることをやるしかあるまい」
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