第二百四十六話:クエスト「災疫龍の宵玉を手に入れろ」


 遠吠えが響いた。


 猛烈な勢いで迫り来るのは巨大な猿人型の≪オルド・ウゴンド≫というモンスターだ。

 特徴的な所謂ナックルウォークという前傾姿勢での歩行を主に行うため真っ直ぐ立っているわけではないが、それでも三メートルを優に超す体躯。

 そして何よりも全身が筋肉で出来てるのではないかと言わんばかりの厚みのある肉体、肥大化した腕の迫力と言ったらどんなものでも粉砕してしまいそうだ。

 事実としてその突進は進行方向にある木々や岩などの障害物をまるで紙細工のように破壊している。


 単純なパワーという暴力の権化として、その上位モンスターの一角はこちらへと襲い掛かってきた。


「……実物は見たことないけど、モデルとなった生き物は割と好きだったな。結構イケメンだったし、可愛げもあった」


 だが、残念ながら≪オルド・ウゴンド≫の顔は可愛げと対極にあるような強面ぶりであった。

 荒々しく牙を剥き出しにする様子は正しく怪物モンスターの名に相応しい。


「――そこだ」


 突進に合わせ武具を構えつつも俺は冷静に相手を見ながらただ一つ呟いた。

 その声に反応したのか、あるいは自らの判断か……互いの間があと数メートルという距離に近づいたその刹那、茂みの中から一つの影が飛び出て来て≪オルド・ウゴンド≫の顔面めがけて襲い掛かった。


 灰色の影は俊敏な動きで距離を詰めると、手に――ではなく、口に咥えた鋭利な刃での一閃を叩き込んだ。

 ちょうど片目にヒットした一撃に溜まらず≪オルド・ウゴンド≫は呻き声を上げた。

 完全に意識外からの攻撃だったのもあったのだろう、突進を急に止めることも出来ず痛みと動揺からか足をもつれさせそのままの勢いで倒れ込むように地面へと転がった。


 それに巻き込まれまいと灰色の影――フェイルはその俊敏さを活かし退避し、それを横目に確認しながら俺は深々と武具の柄を握った。


 ――特異スキル……発動。


 だが、意識は外だけでなく並列して内へも向ける。

 いや、正しくは纏っている≪龍喰らい≫そのもの……というべきか。


 ――≪白魔≫


 びりッとした感覚が脳内を奔った。

 同時に左腕を突き出すとその腕の部分の噴出口から白銀色をしたナニカが放たれた。


 それは≪龍喰らい≫が生成しているエネルギーが硬質化したものである――と俺は感覚的に気付いていた。

 放たれたそれはまるで意思を持ったかように分裂し細く枝分かれをしながら、≪オルド・ウゴンド≫の四肢を拘束し、あるいは穿ち食い込んだ。


 ――≪無窮≫


 それを手繰り寄せるように引き戻しつつ、同時に加速することで一気に近づく。

 ≪白魔≫によって結晶化したエネルギーは強靭であれど、それを維持することは出来ずにすぐに崩壊してしまう。


 だが、それよりも早く終わらせればいいだけのことだ。


「ウォン!!」


 フェイルが警戒の声を上げたと同時に俺は加速する。

 四肢を拘束されながらも≪オルド・ウゴンド≫は咆哮を放った。


 カウンター気味に放たれたそれは直撃コースではあった。



 衝撃波となって物理的な破壊力を持ち迫る攻撃に、俺は再度≪白魔≫を使う。

 無数の触腕のように結晶化し白銀色をしたそれは、生き物のように一部が周囲の木々へ、さらに一部は地面へととも絡みつき、俺はそれらを手繰り寄せ、あるいは手放すことで≪無窮≫の推進力を活かすように細かく操った。


 ≪無窮≫の推進力はすさまじいが、凄まじいからこそ小回りが利かない。

 それを補う動き、円運動で方向に変化を与えたり、あるいは遠心力で更なる加速すらも加える。

 無論、簡単ではなくこれまでの道程で何度となく失敗を重ねたが……。



 ――うん、この感じだ。



 及第点。

 自らの理想の動きと比べ、今できた動きを採点しながら俺は倒れ伏した≪オルド・ウゴンド≫の背へと目掛け飛び掛かった。


 ――≪陽炎≫


「ぐるぉっ!?」


 ≪オルド・ウゴンド≫の視点からすれば、あるいは自身が放った衝撃波に巻き込まれた俺の姿が見えたのかもしれない。

 そして、まるで幻惑するようにかき消えて微かな火の粉だけが残る様も……。



「狩った」



 ――≪煌刃≫


 ≪龍喰らい≫から溢れ出るエネルギーが刀身へと絡みつき、それに留まらずに光の刃を形作った。

 それは砂漠での戦いの際に、≪マルドゥーク≫を守った時に生み出したあの力――俺はその力にそんな名前を付けた。



「これで終わり」



 ポツリと呟きながら加速した勢いを十分に乗せた一撃は、正確に≪オルド・ウゴンド≫の首の後ろの急所へ叩き込まれ、そして――



                   ◆



「まあ、こんなもんか……ほれ、頑張ったなフェイル」


「くぉん!!」


 そう言って解体した≪オルド・ウゴンド≫の肉を放り投げるとフェイルは喜び勇んで飛びついて食べ始めた。

 筋繊維が硬くて食えたものではなさそうに見えるが美味しそうに齧り付いてる。


「さて、解体はこれぐらいでいいだろう。勿体なくはあるけど今回は狩猟は目的じゃないしな」


 ここは≪グレイシア≫の東、やや南東部に位置するエリアで≪屍の渓谷≫と呼ばれる場所だ。

 荒寥とした風景が広がり、至る所にモンスターの風化した骨や死骸が散乱していた。


 それは正しくモンスターの墓場と称されるに相応しい光景であった。


 この忙しい時期に≪グレイシア≫を離れ、こんなところにまでやってきたのは勿論理由がある。

 というのも、入手方法について困っていた≪災疫龍の宵玉≫の確保のためであったりする。


 スピネル曰く、前回はこの≪屍の渓谷≫にて当時の災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫を討ったという話だ。

 普通の流れなら討ったモンスターの死骸は解体され、回収されるのが一般的だ。

 だが、どうにもその時は何かしらの事件が発生し、それをすることは叶わなかったのだとか。


 何が起こって≪龍種≫の素材を諦める、なんていう事態になったのか気にならないと言えば嘘になるが一先ずは置いておこう。

 重要なのは前回の≪ドグラ・マゴラ≫の死骸はそのままの状態で放置されたということだ。


 無論、その後に地帯一体は「ノア」によるの影響を受けたわけで死骸がそのまま転がっているということはありない。

 だが、


 ――「とはいえ、です。大型モンスターの死骸の処理なんていちいちやっていたら手間ではありますし、そもそもがというシステムの挙動こそが正常ではないのだから可能性はあります!」


 つまりはそういうことであった。

 アンダーマンの地下研究所……ヴルツェルにも似たような資料はあったらしい。

 モンスターの死骸の処理は主に「楽園」の大地へと取り込んで分解を行う方法だ。

 ナノマシンの反応によって通常よりも加速させているとはいえ、それでも大型モンスターほどの生き物を全部分解するにはどうした相応の年月は必要であり、そして≪龍種≫にとって最も重要な器官ともいえる≪宝玉≫は分解されるにしても最後になる可能性が高い。


 ようするにまだ大地の中には残っているかもしれないということ。

 だからこうしてわざわざこんな場所まで足を運んでいるのだ。


「……そろそろ、行くか」


「うぉん!」


 羅針盤のような機具を取り出しながら俺はフェイルに声かけながら立ち上がった。


 これはルキが作ってくれた探知機のようなものだ。

 ≪宝玉≫の解析データから≪災疫龍の宵玉≫のナノマシンが発する微弱な感応波を特定し、それを検知するとその位置を教えてくれるもの……らしい。


「……まあ、今のところ反応はないんだけどね」


 我ながらかなり希望的観測に寄ったことをしているという自覚はある。

 本当に残っているのか、残っていたとしても上手く探知機で見つけられるかもわからない。

 正直な所、あまり結果を期待しての行動ではなかった。


「最低でも力を増した≪龍喰らい≫の調整。それに≪ノルド≫との共同狩猟経験にはなったな」


 どちらかと言えばそちらが主眼でもあった。

 ≪龍喰らい≫の運用は勿論、スピネルたちが話した≪ノルド≫と協力してのモンスター狩猟はとても興味が湧いていた。

 天月翔吾としては死後に出た追加要素というとても気になる事柄であったし、アルマン・ロルツィングとしても今後の狩人の活動にも関わるものであるが故に。


「……前に一度、ルキと一緒に出た時は基本的に荷運びぐらいしか出来なかったのにな。それでも十分に革命的だとは思っていたけど――」


 横をとてとてと歩くフェイルの様子を見ながら俺は思考を巡らせる。


 ――フェイルの動きは確かに異様だった。上位の大型モンスターである≪オルド・ウゴンド≫に立ち向かうあの獰猛さと勇敢さは……どちらも前のフェイルになかったもの。何かの枷が外れたかのように……。


 恐らくはシステム的なロックのようなものだったのだろう。

 それが外れてしまったがために力が解放された≪ノルド≫はなるほど……正直、とても頼りになる相棒であった。

 その野生染みた俊敏な動きもそうだが、どうにも知能の方も上がっているらしくこちらの意図をある程度理解しているらしく連携も組みやすい。


「……ゲームの方でもやりたかったなぁ」


 装備次第で≪ノルド≫の強さも変えられるし、狩人の装備とシナジーを組み合わせるのも悪くはないだろう。

 一人で戦うよりも多岐に渡る選択肢が生まれる。


 恐らく、天月翔吾が生きていたら嵌っていだろうとしみじみと感じていた。

 それぐらいに少し楽しくなっていた。


「フェイル、今後は俺の相棒にならないか? 一緒にモンスターを狩ってさ……だめ? ああ、うん。エヴァが怒りそうだからな」


 俺も≪ノルド≫を飼おうかなー、などと考えながら歩いていると不意に音が鳴り響いた。

 ピピっという電子音で音の出処を探ると、先程胸元に戻しておいた羅針盤が動き始めていた。



 どうやら反応したらしい。



「期待はしてなかったけど……こうなりゃ、見つけて帰るかフェイル」


「くぅん」



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