第二百四十四話:七番目の龍、あるい原初の龍



 創世龍≪アー・ガイン≫

 それは『Hunters Story』の世界観設定の中で語られるモンスターの名だ。


 曰く、世界を創り上げた神話を持つ黄金の龍。

 姿形も公表はされおらず、ゲーム内で登場することもなかった≪龍種≫――だったはずだ。


「もしかして≪アー・ガイン≫も追加のアップデートで……?」


 だが、スピネルがその名を出したというのならもしかしてと尋ねてみたが、彼女は頭を横に振って否定した。


「いや、創世龍≪アー・ガイン≫に関してはあくまで設定の中でしか登場していない。『Hunters Story』の世界観の根底に根差すモンスターだからな。匂わせ程度に触れられたイベントなどはあったが『Hunters Story』で出て来ることはなかった」


「まあ、それはそうか。どれだけ設定上は練られても狩猟できてしまうと格が落ちてしまうからな」


 これはまあ他の≪龍種≫も同じだ。

 最初こそその設定にワクワクしたものの、ゲームで何度も戦っている内に素材の塊にしか見えなくなったものだ。

 実際に現実世界で対面して戦うことで、改めてその超常の力に惧れを再認識したものの……制作会社はそう言った部分を配慮したのだろう。


 設定上、創世龍≪アー・ガイン≫は『Hunters Story』の世界の神に等しいのだ。


「なら、どうして≪アー・ガイン≫の名前が出て来る?」


「これは私たちにも知らされていない情報だった……。恐らくは運営が秘密裏に用意していた要素だったんだろう」


「?」


「本来、創世龍≪アー・ガイン≫は世界を創ったとされる龍であることは知っているな?」


「ああ、公式にもそう載っていた」


「神にも等しい存在という設定もあり、ゲームやメディアミックスの際にも使われることなくあくまで設定上にしか存在しなかった≪アー・ガイン≫という存在だったが……だからこそ、この「楽園」を創るプロジェクトが発足した際に取り上げられたのだと思う。計画。世界を一から創り上げる行為――即ち、……」


「もしかして……」





「ああ、創世龍≪アー・ガイン≫は造られたんだ。――七体目の≪龍種≫として」





                   ◆



「粗茶ですが」


「ビーカーはやめろ」


 スピネルの驚くべき話を聞き、一先ずはゆっくりと話し合う必要があるということで訪れたルキの研究所の室内。

 俺はそこで一息を入れて改めて問い質すことにした。


「……つまり、なんだ。今までのゲームやらメディアミックスやらでも触れられていなかった創世龍≪アー・ガイン≫の存在をこの「楽園」では使用を解禁したってことか? 製作会社は」


「前にも説明した通り、この「楽園」に関しては事業自体の規模も大きくもはや国策レベルまでに巨大化していたからな。あまり嫌とも言えない事情もあったんだろう。運営側としても単にゲームを再現するだけでなく、それとは別に「楽園」版のみの強みというのも欲してた」


「単に現実世界で体験できるってだけでも特色としては強いけど、確かに「楽園」だけでしか戦えないモンスターが居るなら……しかも、それが散々匂わせるだけ匂わせておいて丸っきり情報が出てこない≪アー・ガイン≫なら確かに」


「こんな機会でも無ければそれこそ設定だけは存在して、存在はずっとお蔵入りという事になっていたかもしれん事を考えれば許可が取れたのは不思議ではなかったわけだ」


「とはいえ、だ。≪アー・ガイン≫の解禁については基本的には秘匿されていた。言わば客寄せの目玉として、ここぞという時のイベントために陰で開発は進められていた」


 スピネルの言葉を引き継ぐように語り始めたルドウィーク。

 俺はその言葉に疑問を持った。



「ああ、未完成だったんだ。例の事件が起こった日にはまだ完成はしていなかった。それを知っていたからこそ、我々はつい最近まで≪アー・ガイン≫のことは脅威に感じてはなかったのだ。だが……」


「≪アー・ガイン≫の活動が確認されたのはだ」


「……どういうことだ?」


 俺がそう問うとスピネルは苦しそうな表情で口を開いた。



「前回は……多くの血が流れた。犠牲を払った、運にも恵まれた。それでも力を合わせて六龍の内四体を打倒し、そして残りの二体も当時の≪グレイシア≫の狩人の総力戦に引きづり込んで何とか勝利の眼が見えて来そうになった。そんな段階で――」


「あの黄金の龍は現れた。そして、全てを蹂躙した」


「何も、何も残らなかった。私は瓦礫の中に埋もれ奇跡的に生き延びたが、気付いた時にはもう……」



 そう言ってスピネルは口を噤んだ。

 そんな彼女の代わりをするかのようにルドウィークが口を開いた。


「七体目に≪龍種≫の存在。それは今までの戦いの根底から覆す情報。その後、≪神龍教≫はその正体を掴むためにあらゆる犠牲を払い情報を集め、わかったことがある。それはスピネルが見た黄金の龍の正体、それが製作途中の創世龍≪アー・ガイン≫のであるということだ」


「プロトタイプ……まあ、話の流れからするとあってもおかしくはなさそうですけどそれが何で動いているんですか?」


「一度話しただろうが当時の「楽園」はまだ正式稼働前で、限られたプレイヤーだけに解放されていた。そして、今お前たちが≪世界依頼ワールド・クエスト≫と呼ぶストーリーイベントもその限られたプレイヤー向けに行われた特殊なイベントが発端だ。そして、そのストーリーイベントのプログラムの中にプロトタイプ≪アー・ガイン≫の披露目があったのであろうと推察している」


「……なるほど『Hunters Story』のストーリーを追体験するイベントをやらせて、最後に創世龍≪アー・ガイン≫を登場させるっていうサプライズってやつか」


「恐らくは、な。末端のエルフィアンには知らされていなかった辺り、運営の上層部だけで進めていたことだったんだろうが」


「つまるところ、実は創世龍≪アー・ガイン≫っていう隠れボスモンスターが居て、そいつも倒さないといけない……ってことですか?」


「まあ、そういうことになる」


 ルキが話をまとめると苦虫を嚙み潰したような顔でスピネルは肯定した。

 つまり残る脅威は嵐霆龍≪アン・シャバール≫だけではなく、更にもう一体増えるということだ。


 さっさと言っておけばいいものを……と思わなくもないが、言われていても流石にキャパティオーバーだったろう。

 それに――


「アルマン様、その創世龍≪アー・ガイン≫ってどんなモンスターなんですか? 地下の資料にもなかったですし」


「知らん」


「えっ?」


「いや、知らないんだ。さっきの会話でも言っていたが≪アー・ガイン≫についての情報はさっぱりわからない。どんな姿でどんな攻撃をするかも、だ」


「それじゃあ、対策の取りようがないじゃないですか」


「ああ、だから困っているんだ。因みにだがスピネルは――」


「済まないが私もわけもわからずに攻撃を受けてな。気づけば瓦礫の中で碌に前後の記憶も……」


「つまり――全くの情報がない≪龍種≫であると? これまでのような事前準備が出来ない?」


「そういうことになる」


 俺は頭を抱えながらそう言った。

 ゲームで登場していないのだから当然何の情報もない。


 仮にその創世龍≪アー・ガイン≫が出て来て戦うことになったら、俺は初見討伐をする必要があるというわけだ。

 しかもゲームとは違って残機があるわけでもなく、相手はボス級の相手であることは間違いない。


 ――初見で倒されずにクリア出来たモンスターってどれだけいたっけなー?


 天月翔吾の記憶を探ってみるが、そんな経験は数えるほどしかない。

 しかも、その数えるほどの成功は主に下位や中位モンスターの≪依頼クエストい≫ばかりだ。

 上位モンスターともなると攻撃力やハメ性能が高すぎて、一つのミスでそのまま倒される流れは少ないのだ。


「となると先に嵐霆龍≪アン・シャバール≫を倒すことに集中した方がいいんですかね?」


「それなんだな……その≪アン・シャバール≫の様子も変なんだ」


「様子が変? 領内で異変が起これば直ぐに報告が来るようになっているが、それらしい報告は来ていないぞ?」


。≪龍狩り≫、六龍はどういう順番になってもいいが五体倒した時点で強制イベントにはいるのは知っているな?」


「ああ、ゲームだとストーリーを進行させられるんだよな」


「それと同じで五体が減った時点、このストーリーイベントも佳境に入ることになり、間を置かずに≪アン・シャバール≫も出て来るかと思っていたのだが……」


「出てこない」


「良いことじゃないですかー……と言いたいところですけど」


「≪ノルド≫たちの件もある。度重なる不正行為の使用に「ノア」運営システムに影響が出ているのだとしら……≪アン・シャバール≫の行動にも」


「何というか嫌な感じですねぇ。六龍の内に五体まで倒して、ようやくゴールってところで……」


 ルキの言葉に全員が押し黙った。

 残り一体の≪龍種≫討伐でいい、と終わりが見えたことで気付かぬ内に緩んでいた気持ちを俺は静かに引き締めた。



 まだ終わっていない。



「何が起こるのか私たちなりに調べて見るつもりだ。≪龍の乙女≫を借りるぞ、あと≪龍狩り≫の母親もだ。手数は多いほどいいからな。その間、貴様たちは出来る限りの事態に備えろ。未完成なんだろう? ――≪龍殺し≫は」





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