第二百四十三話:先行追加要素
「……で? これはまたしてもルキの仕業か」
「おっとぉ? なにか色々と含むを感じる物言いですが、そうです私の仕業です!」
フェイルに着せられたハーネスのような装備、そこに吊るされたものを指さしてルキに問い詰めるも彼女は平然と言い返してきた。
図太いという言葉を体現したかのような態度である。
「これは……武具か?」
俺は疑問符を以って再度尋ねることにした。
フェイルに装着された機具に吊るされているのは一見してただの武具のように見えた。
大振りの子供の背丈よりも長い刀身、正しく狩人の持つ武具のように無骨で剣呑な雰囲気を纏っていた。
ただ、それだけなら良かったのだ。
単にフェイルが狩人の武具を吊るしているだけなら、≪ノルド≫の運搬能力を活かした狩人用の予備の武具を運ぶための機具と捉えることも出来る。
実際、ゲームとは違いこの世界では武具が壊れないということはあり得ないのでそれだけも確かに価値のある発明であるとも言える。
それだけなら俺も普通に称賛するだけで終わっただろう。
だが、違和感があったのはその吊るされた武具に身に覚えが無かったこととそして武具自体が一回り小さかったことだ。
≪片手剣≫や≪双剣≫よりは大きく、だが≪大剣≫や≪長刀≫よりは大きくはない。
狩人が使う武具としてはやや中途半端な大きさの刀剣で、しかも柄の部分が特殊な形状をしている――俺の記憶にない武具であった。
何というか数多くの武具を見てきた俺の感覚からしてどうにも違和感の武具で、だからこそ俺の零した言葉には疑問の色が濃く出てしまったのだろう。
「ふっふーん、これはですねー」
「おまっ……よくもまあ、そこまで」
そんなこちらの様子に満足したのか胸を張るルキ。
そんな彼女に対し呆れた声を上げるスピネルを無視して何やら視線を飛ばすと、フェイルは徐に首を曲げて吊るされた武具の柄の部分を咥えると武具を抜き放った。
「ええぇ……」
もう一度言う。
フェイルは武具を抜き放った。
要するに刀剣を咥えた状態で構えたのだ。
柄の部分の形状に秘密があるのか妙に安定していて様になった様子だ。
更にはまるで剣舞のように一閃二閃と身体の全体を使って斬撃を放って見せた。
それは俺の眼から見ても堂に入った攻撃だった。
下手をすると≪銅級≫の狩人よりも勢いのある一振りを放つモンスターの姿に、さしもの俺も閉口するしかなかった。
「どうですか! フェイルの剣の使いっぷり!」
「……武具を使うモンスターって何なの」
「さあ? なんか気付いたら手慰みに作った武具を咥えて振るってたりしてたから、これはもしかして……と思ったんですよ。人間用だと使い辛そうにしてたからゴースさんに相談して作って貰ったらこの通りで」
「いや、意味が解らない」
「ルドウィーク……」
「ああ、私としてももしかしたら――という気持ちで助言したんだが、思いの外すんなりと通ってしまってな」
「なるほど、思った以上に「楽園」のシステムへの負荷がかかっていると見るべきか」
刀剣を口に咥え、見事なまでの振りを見せるフェイルの姿を何とも言えない眼で見ていた俺の耳にそんな会話が飛び込んできた。
何やら知っていそうな雰囲気に尋ねるとスピネルが神妙な面持ちで口を開いた。
「ああ、実はな――」
曰く、そもそも≪ノルド≫という小型モンスター種にはある特性があるらしい。
「恐らく≪龍の乙女≫の力で従属させやすかったのはそれが理由だと推察している」
「……確かにエヴァの力の実験ではフェイルたちの以外には安全化できる事例はまだ確認されていないな」
早い段階で≪ノルド≫という一定の成果が出てしまったのと、他にも色々とやらなければならないことが増えたために≪龍の乙女≫の力を使ってモンスターを使役する……という実験は停止していた。
だから気付かなかったがどうにも彼女たちが言うには≪ノルド≫という存在は特別であったらしい。
「お前は……いや、天月翔吾は知る由もないのだろうがな。≪ノルド≫というモンスターはver.2.8でアップデートで追加された要素。
「何それ! 知らないんだけど……」
「まあ、アップデートが記憶元の天月翔吾の死後だったんだろうな。所謂、ソロプレイヤー向けの追加要素だ。基本的にソロプレイでも楽しめるが多人数でのパーティプレイでも違った楽しみ方が出来る『Hunters Story』だが、この世の誰もがパーティプレイを出来るわけではないからな。その救済措置として用意されたわけだ」
――急に天月翔吾を刺しに来るのはやめよう。
俺は心の中で呟いた。
別段、生前の天月翔吾はソロ専というわけでもなかったがパーティプレイの記憶はほとんどない。
理由は単純にリア友が居なかったからだ。
一応、イベントによってはオンラインで組んだりすることもあったがその時限りの関係だった、そもそもが余命いくばくも無くなって『Hunters Story』の世界に入ったというもあり、今更関係を作るのを厭った部分も強かったのだろうが――
「いや、まあ、それはいいとして。……なるほど、ソロプレイヤー向けにバディとなる存在を用意したってことか。確かに単純にヘイトを稼いでくれるだけでも戦い方は随分変わるし革命的とも言える」
「相棒の≪ノルド≫はパーティ編制上はプレイヤー扱いになる。つまりは最大三体までつけることが出来る。一人のプレイヤーが三体の≪ノルド≫を率いることも出来るし、プレイヤー二人と≪ノルド≫二体みたいな組み合わせだって出来る。最初こそソロプレイヤー向けの追加要素ではあったが――」
「ちょっと説明されただけでも色々と遊び方が増えそうで……くっ、やってみたかった」
「というか何で教えてくれなかったんですか?」
口を挟んだのはルキだ。
確かに≪ノルド≫――フェイルをこっちに連れ来てからそこそこの時間が経つがスピネルたちはそこら辺のこと話さなかった。
「意味がないと思っていたんだ」
「≪龍の乙女≫のハッキングによって、あらかじめそういう設定を仕込まれてた≪ノルド≫が偶々上手くいった――と判断していたからな」
「……あらかじめ設定を仕込まれていた、と言ったな?」
「そうだ、基本的にゲーム内での再現がこの「楽園」の目指すところだったからな。当然、追加要素についても順次解放されるようだったと聞く」
「順次解放……つまりはまだ制限されている設定だった?」
「ああ、流石だな。前に説明した通り、こうなった直接の原因であるテロが発生するのは完全に運用が始まる前の事だった。運営のスケジュールだと、施設しての運用が開始されてプレイヤーたちが慣れた頃に解放される設定だった」
「だが我々は結局のところ、最初のイベントであったストーリーイベントーー≪龍種≫たちの全討伐をクリアできていない。よって解放されるはずのない設定だったのだが……」
「エヴァの力によって解放されて友好化できてしまった、と?」
「そう判断した。そして、それだけなら良かったのだが――」
スピネルは言葉を区切って、ルキへと話しかけた。
「あのフェイルの持っている武具。あれは≪凍龍剣≫という武具だ」
「初めて聞く武具の名前だ」
「それはそうだろう、あれは≪ノルド≫用の武具だからな」
「≪ノルド≫用の武具……」
俺はなるほど、納得した。
どうにも≪ノルド≫たちには単に共に戦えるだけではなく、狩人のように専用装備を整えることで強化できる要素もあるのだろう。
「ああ、その通りだ。本来は≪ノルド≫の要素が解放されたと同時にそれらも解放される予定だった」
「その……≪ノルド≫用の装備ってのが?」
「だがらこそ、≪龍の乙女≫がフェイルを連れきたとき、我々は≪鍛冶屋のゴース≫の元へと行って確かめたのだ。そこの白黒と同じように、≪ノルド≫用の装備は作れないか――と。その時の答えはノーだった」
「えっ、そうだったんですか?」
「ああ、だから私たちは≪龍の乙女≫の力による偶発的な要素の一部の解放でしかないと結論を付けたのだが……」
「だけど、ゴースさんに頼んだら出来ましたよ?」
「つまりはその時とは事情が違うということだろう。恐らくは度重なる不正行為によって「楽園」自体のシステムに負荷がかかり、その結果本来は今の時点で解放されていない要素がアンロックされたと考えている」
「……良いことのように聞こえるが」
「一面を見ればな。だが、本来は使えるはずのない要素が出てきているというのはバグが発生しているということだ。そして、システム内に起きた不具合が常にこちらに味方をするとも限らない」
スピネルは≪凍狼剣≫を吊るした鞘に器用に戻し、どうだと言わんばかりに胸を張るフェイルを眺めながら続けた。
「≪龍種≫との戦いもいよいよ大詰め。だからこそ、ちゃんと伝えておくべきだと思って今日は呼んだのだ≪龍狩り≫」
「私が話したいことは二つ」
「一つは明らかに不具合が出始めている「楽園」のシステムに対する警戒。それともう一つ――最後の龍についての話だ」
「最後の龍――それは残った嵐霆龍≪アン・シャバール≫についてのことか?」
「惚けるな、あの時に言ったであろう? 最後の龍とは――」
「――創世龍≪アー・ガイン≫のことだ」
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