第二百四十二話:≪ノルド≫


「……なあ、なんで引っ搔き傷なんて作ってるんだ?」


「いや、休憩時間中にエヴァとイチャついていたらうっかり忘れてしまって」


「そうか、もっとキツイのを貰えばよかったのに」


 などとルドウィークに言ったら返って来たのは辛辣な言葉であった。

 なんてやつだと俺は思った。


「酷くないか? 俺って凄く頑張ってると思うんだが≪龍種≫の同時討伐をして帰ってきたら英雄様だぞ? ちょっとぐらいイチャついてもいいじゃないか」


「まあ、それは確かにそうなんだが……イチャついていたとは具体的にどんなことをしていたんだ? ちょっと前まではデートの誘い方でオロオロしていたやつが純粋に気になるんだが……」


「まあ、どっちもそういうことには詳しくないからとりあえず話し合いつつ色々と試してみた。とりあえず手を恋人繋ぎにしてみたりとか何となく身体を寄せ合ってみるとか、髪を触ってみたり――」


「もっとやられてしまえばよかったのに」


 わりと真面目に殺意の籠った口調でルドウィークは吐き捨てた。


「ルドウィークって恋人とかいないのか? ほら、スピネルとか……」


「彼女とはそんな関係じゃない」


「そうなのか? てっきりそんな感じかと思ってたんだが」


「見た目にはそこまで違いが見えないだろうがそれはエルフィアンだからだ。実際はスピネルは結構な年齢で私からすればおb――」



「……何の話をしている」


「「なんでもないです」」



 ルドウィークが迂闊なことを言おうとしたタイミングで現れたスピネルに俺たちは押し黙った。

 そんなこちらを彼女は訝しげに一瞬見たがとりあえず気にしないことにしたらしい。


「なら、さっさと来い」


 そう言って前を歩き出した。

 その様子を見ながら俺とルドウィークはホッと息を吐いた。


「……迂闊なことを言うなよ」


「誰のせいだ、誰の」


「しかし、詳しくは知らなかったが結構な年齢差があるんだな」


「ああ。俺は≪神龍教≫の中でも若い方だ。そして、スピネルはかなりの年長者でな。それこそも実際にその目で見て、そして体験もしている」


「ふぅん」


 俺はルドウィークの言葉にチラリと前に視線を向けた。

 華奢な子供のような体格ではあるがその実は一世紀も超えるほどに生き抜いた女性の姿を。


 ――だからこそ、か。


 ≪シャ・ウリシュ≫と≪ザー・ニュロウ≫、その両者を倒し帰る最中に言われた言葉を俺は思い出していた。

 そうこうしていると見慣れた姿が視界の端を過った。


「おっ、フェイルだ」


 俺たちが今居るのはルキの研究所のある地区だ。

 色々と見せられない内容のものや単純に危険な実験も平然とやってしまう天才マッド少女が居るため、ゆとりをもって確保されている場所なのだがそれを利用してモンスターであるフェイルの住処もあった。

 大人しく言うことも聞くとはいえ、モンスターであることには変わらないので市民との関係も考えた結果になる。


 それにフェイル一匹だけならともかく、他にも居るとなると――俺の私邸の庭で飼うのは難しかったのだ。

 それを決めた時はエヴァンジェルは凄く不貞腐れで大変だったものだ。


「……なんか増えたなぁ。エヴァが連れてきた数より多くなってない?」


 実際に共に狩猟に出かけてフェイル――というよりも小型モンスターである≪ノルド≫の利便性を確認した俺は、同じ要領で何匹か増やすようには頼んではいた。

 将来的なことも見越して今から研究なり何なりしておこうかとも思ったのだ。

 とはいえ、そこまで短期的に結果を求めていなかったのだがエヴァンジェルが頑張り過ぎた結果、≪ノルド≫を引き連れて来てしまい最終的にこの地区に住処を作ることになってしまったのだが……。


 明らかに増えている気がする。

 具体的に言うとなんかちっこいのが。


「ああ、あれは≪ノルド≫の子供だな。どうにも身籠っていた個体も居たらしい」


「えっ、なにそれ聞いてない」


「報告書には挙げたはず……いや、あげたか?」


「あとはこの間、フェイルの奴が外に出た時に何匹か子分のように従えて帰って来てたというのもある」


「何時の間にか思った以上に増えてたんだな……。本格的に環境整備するべきか?」


 将来的なことを考えると早めに手を付けておいた方がいいかもしれない。


 ――というかあの小さいのが生まればかりの個体ということになるんだろうけど、それにしては大きいな……。成長が早くないか?


 ≪ノルド≫は小型モンスターである。

 ただ、それはあくまで比較対象が最低でも車よりも大きな大型モンスターだから小型モンスターなのであって、比較対象が人間だと別段小さくもないのが小型モンスターという存在だ。

 スピネルの話からすると生後間もない赤ちゃんであるはずなのに、≪ノルド≫の子供は既に少し大きめの小型犬ぐらいの大きさだ。


「まあ、モンスターの成長は早いからな。基本的に狩られるのを前提にデザインされているわけで、すぐに成長する必要がある。最悪は生産施設プラントがあるとはいえ野生産もプレイヤーの需要に応えるためにも、な」


「狩られる需要を応えるために直ぐに成長するように創られているって、相も変わらず生命倫理に真正面から喧嘩を売っているような内容だな」


「生命倫理か……「楽園」が作られることになった時には形骸化した概念だったと聞く」


「まあ、そりゃそうだろうな」


 モンスターはまあ一万歩譲っても世界観の構築にNPC役が必要だから自前で創ろうはだいぶ狂っている。

 天月翔吾の時代ではそこまでぶっ壊れてはいなかったはずなのだが……。


「まあ、過ぎたことはどうでもいいか。それにしてもこうしてすぐに成長するなら≪ノルド≫の家畜化計画は案外スムーズに行けるか? いや、それよりも環境整備はどうしようか。使われていない地区を開放するとしても、やはり数が多くなると統制が取れなくて事故も……」


「それなら大丈夫だろう」


「なんだって?」


「ほら、フェイルの後ろを見てみろ」


 ルドウィークに言われて見ると何匹もの≪ノルド≫がまるでフェイルについて行くように歩いていた。

 単に偶々一緒だったというわけではなく、明らかにフェイルをリーダーとして認識した動きである。


「どうにもヤツが群れのボス扱いらしい」


「なるほど」


「ヤツが統制している限りは大人しいものさ。とはいえ、リーダーという立場になったせいなのか気難しくもなった様だがな。餌をくれるアンネリーゼや私たちなどには相応に物腰は柔らかいのだが、明確な上位者と認めているのはどうにも≪龍の乙女≫ぐらいでな」


「ああ、なるほど」


「他の≪ノルド≫はそこまでではないのだが――ん?」


 スピネルの言葉が途切れた。

 何事かと思ってみれば走り回っていたフェイルがこちらに気付いたのか、トトトッとやってきたのだ。

 勿論、背後に数匹の子分を引き連れながら。


「おお、久しぶりだなフェイル」


「わふっ」


 とりあえず話しかけて触ろうとするもフェイルは伸ばした手をするりと避け、そして俺の身体の匂いを嗅ぐようにぐるりと一周したかと思う。



「おんっ!!」



 と一声鳴いて、そのまま俺の目の前でお座りの状態になった。

 フェイルだけでなく背後に居た≪ノルド≫たちも同様にお座りの体勢へ。


「……えっ、どういうこと?」


「恐らくは≪龍狩り≫を上位者と認めたのだろう」


「なんで急に」


「≪龍狩り≫は共に外を旅した仲というのもあるし、≪イシ・ユクル≫を倒した強者であることもフェイルは知っているからな。あとは……まあ、≪龍の乙女≫の匂いでもしたんじゃないか?」


「……なるほど」


 スピネルの推測に納得ししつつ、俺は大人しく座っているフェイルの頭に手を伸ばしてワシワシとしてやった。

 中々に手触りがいいななどと思っていると気付く。


 何やらフェイルの身体にはハーネスのようなもの作られており、更には――



「こんなもの誰が……って」


「あー! アルマン様ー! 来ましたねー!」


「犯人は一人しかいないよな……」




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