第三幕:Heaves World
第二百四十一話:愛しき人、愛したい人
昼下がり。
少し時間も出来たので中庭に出ることにした。
特に何かあったわけでもない、ただの休憩。
外の空気が吸いたくなったのだ。
「ふう、中々に大変だったね」
「死傷者もだいぶ出た。それにあれだけの資金と物資を投入しての≪マルドゥーク≫もあの様だからな。いやー、何とか港に着くまでは保ってくれたが……ダメだったな、うん。少しだけ期待はしていたんだけど」
「損傷が酷過ぎて一からまた作った方が早いんだっけ? シェイラが悲鳴を上げていたなー」
「まあ、それに関しては俺もだけど……」
「見積もりを見た僕もだけどね」
木陰になっている場所を見つけ、ゴロンと俺は寝転がった。
エヴァンジェルからは「はしたないよ」と小言が飛ぶがそれは聞き流すとする。
「でも、まあ、僕としてはキミがこうして無事で帰って来てくれただけで嬉しい。その代償がお金で済むならそれに越したことはないさ」
「まっ、それもそうか」
「そうだよ。そもそも≪龍種≫二体を同時に倒すなんて難行を果たせたんだ、惜しむ気持ちはわかるけど少し強欲に過ぎると思うよ」
そう言ってエヴァンジェルは寝そべる俺の近くに座ったかと思うと、まるで当然のように膝枕へと移行した。
咄嗟に逃れようかとも思ったがジッと見つめてくる彼女の眼のせいで……何というか気を逸してしまった。
「シェイラだってそこら辺分かっているから別に攻めては来なかっただろう」
「涙目になっててジト目で見られたけど……」
「口には出さなかっただろう? ≪シャ・ウリシュ≫も≪ザー・ニュロウ≫も討たれ、領地への影響も最小限の範囲に抑えられて……そして、アリーが帰って来た。これ以上の結果はそうそうないさ。完璧主義というのも行き過ぎると毒だよ?」
「完璧主義というわけじゃないが、もっと上手くやれたなーとは――「ほら、そういうところ」痛っ」
ぺしっと額を叩かれ、俺は抗議の視線を飛ばすもエヴァンジェルはどこ吹く風だ。
「アリーのそういう真面目な所は長所だと思うけど、短所でもあるね」
「はいはい、わかりました」
「全部終わればどうとでも取り返せるさ。僕とアンネリーゼ様だけでもっと稼げるよ? 今回のことで更にネタも増えたからねぇ?」
「もー勝手にしてくれ」
「ふふっ、アリーが悪いんだよー? 功績ばかり上げるからだよ」
「好きで上げてるわけじゃないやい。やらなきゃ死ぬからやってるんだよ」
「知ってる知ってる」
またグッズやら本やらが作られるのかと思うと若干気が重くなる。
まあ、今は領内では戦時体制に近いものを強いているのでしばらくは大丈夫だろうが……。
――またいっぱい作られるんだろうなぁ……。
税収にも繋がってしまうので領主の立場からすると何とも言い難い。
恐るべきはエヴァンジェルの商才とアンネリーゼのグッズ制作技術の向上と合わせ技だ、そのせいで趣味レベルではなく事業として成り立ってしまっている。
何だろう、これが愛のなせる技というやつか。
名声も広められる、税収も上がる、良いことづくめ。
だから質が悪いというか。
「知ってもらいたいからね、アリーがこんなに頑張ったんだよって。それを伝えて形に残したいんだよ。きっとアンネリーゼ様もね」
「……はあ、そう言われると何も言えん。わかってて言ってないか」
「バレた?」
「この……っ!」
ペロリッと舌を出したエヴァンジェルの顔に手を伸ばす、そうすると「きゃー」などと言って躱そうとしてしばしの間戯れる。
そして、ハタと俺は気づいた。
「……なんか凄い恥ずかしいことをしてないか?」
「婚約者同士なんだから別にいいんじゃないかな?」
「いや、なんというかこう……イチャイチャするのは俺のイメージじゃないというか。ほら、英雄って硬派なイメージが大切っていうか。やっぱり節度というものがだな」
「僕としてはもう少し関係を進めてもいいと思うのだけど?」
「……押せ押せになって来たね。ところで顔が赤いぞ」
「ふふっ、アリーには押せ押せぐらいがちょうどいいと学んだからね。あとそういう指摘をするのは紳士的ではないなー?」
「はい、すいません」
「じゃあ、僕を恋人にしてくれる?」
「いや、そもそも婚約者だし。普通は恋人よりも深い関係だと思うんだけど……」
「そうかもしれないけどさ、やっぱり婚約者ってのは先に関係の契約があって……って感じがしないかい? そもそもが陛下の手によってほぼこっちの事情は無視して決められたし」
「それはそうだな。最初はなんてことをしやがる、とか思ったんもんだけど――」
「あー、不敬だー。ここに不敬者が居るぞー!」
「――思ったんだが! ……まあ、結果的に見れば良かったとは思う。あれで善意……だけではなかったんだろうけども」
ギュスターヴ三世にはギュスターヴ三世の、彼なりの謀りの末に≪龍の乙女≫であるエヴァンジェルとくっ付けたのであろう。
だが、だったとしても俺としては構わなかった。
そんなことを呟くとエヴァンジェルは頬を少し赤らめた。
「そ、そりゃまあ……? 僕だって陛下には感謝しているさ。こうして婚約関係にしてくれたのは」
普段ではいつもお淑やかで才媛というに相応しき姿で振る舞っていると、シェイラやアンネリーゼからは聞いている。
実際、巷での風説もそんな感じだ。
そんな彼女がまるでただの少女のように照れる姿は……何というかグッとくるものがある。
俺の前だけだと、勝手に自惚れることにした。
そうすると彼女をモノしたいという気持ちが湧き上がってくる。
独占欲というやつだ、度し難い。
「それでも……さ。婚約という形が先に出て関係が出来たってのが何というか……いや、なんだよ」
「エヴァ……」
「愛してる」
「……ふぁっ!?」
いきなり耳元で囁かれた言葉に、咄嗟に跳び起きそうになるもエヴァンジェルが肩を抑えているせいで膝枕の体勢から逃れることが俺には出来なかった。
「先に関係を作ったからさ、この言葉が……婚約者だから言っているみたいな感じでフィルターを通したように伝わる感じが嫌というか。……僕の気持ちが真っ直ぐ伝わって欲しいっていうか、そして僕の方にも君の言葉を」
何となく言いたいことはわかる。
確かに先に関係が出来てから俺たちは婚約者だった。
だから、何となく届いていないのではないかと不安に思う時もあるのだ。
俺も最初は初めてできた婚約者という女性に、あくまでも婚約者だからこうするべきだ、ああするべきだと付き合い方を試行錯誤を重ねたものだ。
デートやら何やらも、だが……今違う。
婚約者だから、ではなく――
「わかったよ、恋人になろう」
「アリー」
「そして、俺の伴侶となってくれ」
「……ふふふっ。はい、喜んで――愛しているよ」
特に何かが変わるわけでもない。
依然として婚約者である両者の何かが変わるわけではないのだが……まあ、けじめというものなのかもしれない。
「でも、まあ? 婚約者と来たら次は夫婦なんだし、夫婦になってから仲を深めていくってのも全然ありだったんだけどなー」
「その……夫婦云々は流石に勇気が居るというか、ほら、フラグにもなりそうだし。まだ≪
「へたれ」
何も言い返せないので俺は呻き声を上げるしかない。
その様子に満足したのかエヴァンジェルは気分を切り替える様に言った。
「残るは一体だけだね。――嵐霆龍≪アン・シャバール≫」
「…………」
「それを倒せば全てが……それからでもいいかな、うん。結婚も……」
「――そうだといいんだがな」
「えっ、何か言った?」
「いや、何でもない」
ボソリっと呟いてしまった言葉は風の音に遮られ、エヴァンジェルの耳には届かなかったようだ。
俺は誤魔化すように笑いながら彼女の頬に手を伸ばして触れた。
「とりあえず……なんだ、恋人らしいことをしてみるか」
「うん、やってみようか」
そんな思考錯誤は、シェイラが休憩の時間が過ぎても帰ってこない俺たちを探しに来て見つかるまで続くのであった。
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