第二百四十話:破天




 狩人にとって至福の時間とは何だろうか。



 強大なモンスターと鎬を削って戦っている時?


 それは確かに。

 自身を温厚で平和を愛している人間であると自負している俺だが、そう言った側面が多少なりともあるのは事実だ。


 闘争心無くして狩人は務まらない。

 であるならば、その時こそ満たされているという考え方もあるだろう。


 なら、その強大なモンスターを倒した時こそが最も至福ではないかという考え方もある。


 それも確かに、と思える。

 相手が難敵であればあるほど勝利を掴んだ時の達成感は得難いものがある。


 他にも新しい装備を買った時とか、難しい≪依頼クエスト≫をこなした帰りに飯を食べた時など、人によって答えは様々だ。

 コレだという答えは無いのかもしれない。


 人の考え方は様々だ。

 ただ一つ、どんな狩人も生き生きとした顔になるタイミングというものがある。


 それは何か。


「うぉーー! 余すところなくばらせ! 鱗の一つでどれだけの価値があるか!」


「くそぉっ! 場所が場所だから全部は持っていけないなんて……」


「遠いからなぁ。≪マルドゥーク≫もこの有様だし」


「回収できるだけ回収しろー!」


「ふはははっ! アルマン様から許可は貰っているんだ! 今が稼ぎ時だー!」


「おーい、手伝ってくれー! ここを切り落としたいんだけど――」


「ひゃあ! 貴重な素材の塊だぜー!」




「元気だなアイツら……」


「割と死にかけたのにな」


「だからこそだろう。元は取らないとな」



 スピネルとルドウィークが何とも言えない顔をしているが、むしろ俺からすれば当然とも言える光景が広がっている。

 倒れ伏した二体の≪龍種≫、≪シャ・ウリシュ≫と≪ザー・ニュロウ≫の遺骸に集まって元気よく解体していく狩人たちの姿だ。

 苦労して倒したモンスターを解体する時ほど、狩人が元気になる時はない。


 それこそ、ほぼほぼ≪マルドゥーク≫ごと突撃したため、そのまま船も半壊横転して死にかけたとしても……だ。


 俺の許可が出るや否や、彼らは元気に遺骸へと纏わりついた。

 ここは≪グレイシア≫からも遠く、その遺骸を丸ごと回収するという手段が取れそうもないから小遣いに許可を出したのだが逞しいものである。


「はあ、あれだけ金をかけたのに≪マルドゥーク≫……」


「まあ、それだけの価値はあっただろう。≪龍種≫を二体も討てたのだ、十分に役目は果たしただろう」


「それはそうなんだけど、実際に掛かった金額を知っている身としてはな」


 ≪マルドゥーク≫はほぼほぼ壊れていた。

 まあ、特攻したようなものなのだから形が残ってるだけ大したものだし、ギリギリ動いて帰れそうなだけでも奇跡……というのは俺としてもわかってはいるのだ。


 それでもたった一度の航海で恐らく廃船になるのは確定になるのはクルものがある。


「シェイラに言ったらどうなるか……怖い」


「相も変わらず、彼女には頭が上がらないんですねアルマン様」


「ふふっ……俺がシェイラに頭が上がる日が来ることはないと言っておこう」


「情けないぞ、領主様」


「馬鹿め、シェイラにストライキを起こされたらロルツィングは終わりだと思え! 土下座すら厭わんぞ!」


「これが五体も≪龍種≫を討った英雄の姿か?」


「仮に英雄であっても優秀な家臣が居ないと領地は回らないんだ……」


「まあ、シェイラちゃんなら話せばわかるでしょう。そんなに無体なことは言いませんよ、彼女は」


「そうだと嬉しいね」


 レメディオスの言葉に俺は肩をすくめた。

 昼からぶっ続けで戦っていた結果、もはや日も暮れている。

 砂漠で一夜を明かしてから帰路につくことになるだろう。


「流石に疲れた……」


「酷い怪我だな全く。凍傷に火傷だらけだ」


「これだけで済んだだけマシだ。≪回復薬ポーション≫があればこのぐらいは傷の内にも入らない、この点だけはよく頑張ってくれたと開発者らを褒めたいよ」


 ≪龍喰らい≫を外し、使えるようになった≪回復薬ポーション≫をちびちびと飲みながら言った。

 じんわりと傷が治っていく感覚はもはや慣れたものだった。


「ふぅ、この感覚が癖になる」


「中毒になってないか?」


「職業病みたいなものだからな」


 そんなことをつらつらとスピネルたちと話していると寄ってくる影が一つ。



「アルマン様ー! ご無事ですかー!」


「おう、お前も元気そうで何よりだ。何せ、帰ってきた俺をスルーして素材の回収に勤しんでいたぐらいだからな」



 まるで小型犬のようによって勢い寄ってくる小さな生き物は当然の如くルキである。

 横転していた≪マルドゥーク≫に乗っていたのだ、相応に怪我をして頭を包帯で覆っているというのに元気なものだ。


「はい、お陰様で! 大量でしたよ!」


 自慢げに背負い袋と丸々と膨らんだポケットを見せつけてくるルキ。

 皮肉で言ったのだが全然効いていないようだ、恐らくはこの素材で何を作るかの方に頭が一杯なのだろう。


「今しがたまた偉業を為した英雄を出迎えるのと素材集め、どっちが大事だと思っているんだ」


「そんなもの素材集めに決まっているでしょう! ≪龍種≫の素材ですよ!? これがあればあんなこともこんなことも……あっ、この分はあくまでも私個人で使う分ですからね! それとは別に研究のための素材に関しては別途請求を――「てい!」って、痛ぁ!?」


 いつも通りの太々しさに俺は感心しながらとりあえずデコピンを叩き込んだ。

 それに対して大袈裟に額を抑えるルキ、一応手加減はしたのだが案外傷にでも響いたのかもしれない。


「あうー。私頑張ったのにー」


「ふっ、そうだな」


 そのことに少し罪悪感を覚えつつ、俺は今度は頭を撫でてやった。


「わふー、な、なんですか急に」


 そしたら急におどおどし始めたのでそのまま髪を乱雑にグシャグシャとしてやった。

 されるがままになっているルキに対して俺は伝えた。



「良くやったな」


「………ぁぅ」


「今回は色々と助かった。大変ではあったし被害が無かったとは言えないが、それでもここまで抑えられて二体も討てたのはお前の働きが大きい。≪マルドゥーク≫にしろ、≪龍殺し≫にしろ」



 正直な俺の気持ちであり、正当な評価だ。

 これまでの分もあるし、ここで改めて言っておこうとふと思ったのだ。


「お前のお陰だよ、ルキ」


「…………ま、まあ? 無敵で天才なルキ様ですしぃ? 当然と言えば当然というか、アルマン様なんて私が居なければ今頃≪龍種≫の餌なんですからもっと感謝して――って痛たた!? 頭の傷に! 頭の傷に響いてますよ! グリグリと撫でてる手のせいで!」


「なんでそこで調子に乗るんだコイツは」


「いや、スピネル。あれはただの照れ隠しで……」


「そこ! 黙ってなさい助手下僕! 余計なことは言わない!」


「おい、今なんてルビふりをした!?」


 ぎゃーぎゃーと騒ぎ始めるルキたちの様子を眺め、俺はようやく戦いが終わったのだと緊張を解くことが出来た。


 ――流石に今回はハードだったな。だが、無理をした甲斐はあった……。


 被害を抑えられた、というのもそうだがこれで俺は五体の≪龍種≫を討伐したことになる。


 ――残るは一体、六龍の中において最強と呼ばれる嵐霆龍≪アン・シャバール≫。だが、一体だけなら……。


 どれほど強くても複数体が何時出て来るかわからない、という緊張状態に常に包まれていた時よりも格段にプレッシャーは緩和される。

 無論、甘く見ているわけではないが……。


 ――二体同時討伐したお陰で余裕は出来た。


 ≪世界依頼ワールド・クエスト≫の終わりが見えてきた。


 ――今はそれを喜ぶべきだろう。


「あっ、アルマン様アルマン様! ≪マルドゥーク≫の方なんですけど、航行には支障は無さそうなんですけど……な、なんと! ≪三重螺旋巨大撃龍槍≫はやっぱり無理そうで」


「へー、残念だなー」


「そう思いますよね! でしたら次の≪巨大撃龍槍≫の草案なんですけど――「却下」なんでぇ!?」


「今回は活躍したとはいえ、やはり運用方法に問題があるわ! ほぼ特攻にしかならない兵器とか」


「そこら辺は今後の改善で! それに一発限りの特攻兵器には浪漫はあるでしょ!」


「浪漫は認めるがそれとこれとは別!」


「そんなー! あっ、それと気になっていたんですけど最後に使っていた光の刃についてもっと詳しく――アルマン様? アルマン様ー!!」




 言い合いをしながら去っていく様子をスピネルはただ眺めていた。


「……………」


 ジッと静かに黙って眺めていた。


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