第二百三十八話:≪三重螺旋巨大撃龍槍≫



 ガコンっと音がした。


 大型モンスターとの戦闘を想定し、多くの攻撃の被害を受ける前提で作られている戦艦≪マルドゥーク≫。

 それ故に何かしらの衝撃で勝手に起動しないように複数の安全装置セーフティがソレにはつけられていた。


 それらが完全に解除され、起動準備が整った音だった。


「準備は良いですね!!」


「良くないと言ってもやるんだろう? ならやってしまえ」


「ルキちゃん、タイミングは任せたわよ」


「はい、レメディオスさん!」


 嬉々とした私の声に続く、みんなの声。

 そのどれにも威勢が込められていて思わず起動キーを握る手に力が入った。



 ≪三重螺旋巨大撃龍槍≫、その発射キーは私の手に委ねられていた。



 ≪マルドゥーク≫自体の操舵は私の手にはない。

 基本的に船員の皆さんがやっているし、そもそもが真っ直ぐに突っ込むだけなのであまり仕事もないというのもある。


 今からやることはとにかくシンプル。


 ≪シャ・ウリシュ≫と≪ザー・ニュロウ≫らが居る真正面に≪マルドゥーク≫が突っ込み、そして適切なタイミングで≪三重螺旋巨大撃龍槍≫を起動する。

 ただ、それだけ。


 とはいえ、一発勝負であり実戦で使うのは始めてな兵器。

 だからこそ、最も詳しいであろう私の手に起動キーは託されることとなった。


 少しだけ手が震える。


 何時もの調子を装って見たがちゃんとそんな風に見えているだろうかと不安になる。

 ≪マルドゥーク≫の征く先に居る二体の≪龍種≫、その威容と迫力、そして迸り理さえ捻じ曲げんばかりの力に恐れ慄く。


 かつて相対したことのある溶獄龍≪ジグ・ラウド≫、その時も大層に心胆に刻まれるほどの恐怖を味わった。

 地底であった時は逃げるしか出来ず、地上で戦った時は所詮は遠巻きに戦っただけ。

 冥霧龍≪イシ・ユクル≫の時は足手まといであった。


 自分はどちらかといえば戦う者ではなく、作る者であるという自覚はある。

 事実、アルマンらもその役割を期待し、そして私はそれに応えてきた自負はある。


 ――まあ、怒られことがあるけども。


 それはともかくとして、別に思うところがないわけではないのだ。

 悔しく思ったことがないわけではないのだ。



 ≪龍狩り≫であるアルマンは、求めていた自らの≪龍殺し≫を振るうに相応しい英雄であったけれども。

 だからといって、一人で戦わせたことについては……。



「よっしゃ、動かせる分だけだが≪大砲≫は持ってきたぞ!」


「では、有効射程内に入ったら撃ってください。さっき大量に使ったから耐性は出来てるでしょうけど、少しでも効果があれば……」


「おうよ!」


 意地の一つや二つ、こちらにもあるだ。

 そう内心で息巻いて私はプレッシャーを跳ねのける。

 弱気の虫を蹴り飛ばす。


 近づくほどに空気は熱く、あるいは寒く。


 喉まで灼けるような熱が、

 骨の髄まで凍り付きそうな冷気が、


 火焔が、吹き荒ぶ凍気が、次々に襲い掛かって来る。


「撃てー!」


 号令と共に放たれた≪大砲≫から放たれた≪閃光砲弾≫。

 だが、その半数は閃光を炸裂させる前に迎撃されてしまう。


 燃え上がり、あるいは凍り付き、十分な機能を発揮する間もなく落ちていく。


 ≪激昂状態≫になって上昇した力による影響だろう、それでも半数は上手く閃光を放つことにはしたものの、先程のような効果は認められない。

 やはり、耐性が付いてしまったのか僅かに嫌そうに身を震わせるばかり。


「それでもいい。その間に少しでも縮められれば……」


 もはや、既に舵を切っても逃れられないほどに近づいている。

 ≪シャ・ウリシュ≫と≪ザー・ニュロウ≫も既に≪マルドゥーク≫の存在を認識し捉えている。


 何時攻撃が飛んできてもおかしくなく、最大船速を出して突っ込んでいる≪マルドゥーク≫に叩き込まれればどうなるか……それは想像に難くはない。


 だが、怖れはない。


 ただの息吹一つでこちらの命運を終わらせるであろう二体の≪龍種≫。


 紅き煉獄の炎、白銀の凍風。

 それらが荒れ狂う中を紫黒色の閃光が切り裂き、軌跡を描きながら≪シャ・ウリシュ≫と≪ザー・ニュロウ≫を翻弄しているのが見えた。



 それはまるで空を翔ける流星のように。



「無茶苦茶だな、≪龍狩り≫」


「完全に別のゲームだな、アレ」


 スピネルたちの零した言葉が右から左へとすり抜けていく。

 私はその光景を見るのに夢中だからだ。



 偉大であり、強大であり、巨大でもある正真正銘のモンスター。

 それらをただ一人で相手にして見せる英雄ほしの姿に。



 きっと自分の眼は今キラキラと輝いているのだろう。

 そんな風に思いながら――叫ぶ。



「全員何かに捕まってくださいね! ――突っ込みます!」


 もはや≪シャ・ウリシュ≫も≪ザー・ニュロウ≫も逃げようとしても間に合わない距離まで≪マルドゥーク≫は近づいた。

 今更空へと逃れようとしても遅く、そもそも互いが邪魔で出来ず、そしてアルマンもまた許さない。


 故に最早ぶつかることは必定の未来。


 それを回避する手段を取るならば方法は……一つのみ。



「ルキ! ≪シャ・ウリシュ≫が――っ!」



 甲板に居る誰かの声が響いた。

 だが、それが誰かの声だったのかなんて気にしている余裕はない。


 ≪激昂状態≫の≪シャ・ウリシュ≫はその身体全体から一気に火焔全方位に解き放ち、強引に自らが自由に動ける隙を作った。


 そして、自身の顎を≪マルドゥーク≫へ向かって開いた。


 まるで地獄の業火。

 闇色の炎が明らかになった口腔の奥でメラメラと燃え上がっているのが――見えた。


 アレはマズいと誰もが察した。


 圧倒的なまでの全てを燃やしつくような炎のブレス。

 それが解き放たれようとしている。



「ルキまだか!」


「っ、まだです! まだ……もう少し……もう少しだけ!」


「だが、ブレスが!?」


「そっちは――」



 紫黒色の輝きと共に飛んでいた流星が落ちてきた。

 ≪マルドゥーク≫の甲板へと。



「ルキ」


「はい」


「全力で突っ込め」


「はい」


「そっちは――俺がやる」



 ≪シャ・ウリシュ≫からのブレスが今にも解き放たれようとしている。

 そんな短い間、ただそれだけを語り――



 英雄ほしは飛び出した。



「信じます!! 起動確認……よし! 全員、防御態勢!」


 指示を出す私のことなどお構いなしにアルマンは≪龍殺し≫の剣を――≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫を構える。

 そして、≪龍殺し≫の鎧である――未だ未完の≪龍喰らい≫は咆哮をする龍の如く紅き紋様が全身に走り、そして紫黒色のエネルギーが至る所から放たれた。


 ≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫の刃から放たれるエネルギーも勢いを増し、一気に解放されその刃が光を集めたかのように伸びていった。


 長大な闇色をした輝く光の刃。

 ≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫から放たれたその刃を以って、≪マルドゥーク≫の船首から飛び上がったアルマンの一閃、




 それは≪シャ・ウリシュ≫から放たれた絶死の灼熱の奔流を切り裂き、そして――




「狙いは……ここまで近づけば無いようなものですね。一番槍、二番槍――撃てぇ!!」


 アルマンの一振りによって辛くもブレスから逃れ、そして≪マルドゥーク≫は遂に攻撃圏内に捉えることに成功した。


 故に躊躇いなく、ルキは起動キーを使った。


 ≪三重螺旋巨大撃龍槍≫が解き放たれる。


 三つの巨大撃龍槍は船首に三つ搭載されている。

 配置としては横並びに左から一番、右が二番、そして三番が中央……と。


 左右の一番槍、二番槍でまず獲物を捉え、


「捉えた! これで……ダメ押しの三番槍!!」


 そして、最後の三番槍が敵モンスターの身体に確実にその一撃を食い込ませる。


 ≪シャ・ウリシュ≫は≪マルドゥーク≫を意識しつつも≪ザー・ニュロウ≫の長い尾を掴んでいた。

 いや、あるいは≪ザー・ニュロウ≫が尾で≪シャ・ウリシュ≫を絡み掴んでいたのか……どうでもいい。


 とにかく、ほぼ同時のタイミングで放たれた一番槍と二番槍は二体の≪龍種≫の身体に食い込み、そして貫いた。


 それはまるで鋲で縫い留めるが如く。

 莫大な火薬を使った推進力、回転しながら抉り抜く機構が丈夫な≪龍種≫の身体すらも強引に突き破り、


 そして。


 その痛みに二体が苦悶の声を上げるよりも先に、



 三番目の――最も大きな中央の巨大撃龍槍は≪シャ・ウリシュ≫とそしてその後ろの≪ザー・ニュロウ≫の胴体を正確にぶち抜き、




 両者の身体にどデカい風穴を上げた。




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